21-5
「はあっ!」
「やあ!」
続けざまに二つの剣閃が獅童を切り裂く。カナタが持つ桜花は感染者に対してなぜか効果があり、マザーに対しても効力がある事は判明しているが、ハルカが振るう晴香も桜花同様の効力があるように感じる。
「……そういや、師匠はこれを渡すとき、何か確信して渡してた気もするしな……」
そう呟きながらも手を止めずに連撃を放つ。しかし、目の前の獅童の形をした誰かは口元に笑みを浮かべたままだ。実際深いところまで斬り込めていないので、間を置くとすぐに傷はいやされてしまう。
何度目かの大振りの斬り払いをして、一旦息をつくために後方に飛ぶ。何も言わずともハルカもほぼ同時に飛んでカナタの横で息を整える。
「はっはあ~!そんなんじゃこの俺は倒せないみたいだぜぇ?もっと来いよ、俺を倒したいならもっと踏み込んで来いよぉ!お前らにも味合わせてやるよぉ、感染させた後にどこの誰とも知らない人の頭を無理やり食らわせられるんだ。意外とイケルんだぜ?しかもその頭の持ち主が培ってきた技術や記憶が少し自分の物になるんだ。食う時はちっとキツイがよぉ、だんだん快感になる。食うだけで強くなるんだからよ。お前らの頭を食らったらどんな味なんだろうなぁ、その立派そうな刀は俺が使ってやるから安心して俺に喰われロロロ、ガガガァ……」
「またか、何度目だよ……次は誰だ?」
そう言いながらも隙だらけの少ない機会を逃すわけにはいかない。一度納刀して、滑るように間合いを詰めるかなたに、まるで息を合わせたようにハルカもぴたりと動きを合わせる。
「……飛燕」
全身の力を体の動きで刀に乗せ、閃く神速の居合はカナタも知らない間に練習させられていた朱雀流の技だ。ここに来て何度か使ううちに、その技も磨かれて鋭くなっていく。
体を極限まで縮め力をため、放つときには極限まで開いて溜めた力を解放する。ただでさえ間合いの分かりづらい居合という事もあり、受けた相手は想定よりもずっと間合いが広いと感じる。斬撃が飛んでくると評した者もいたらしい。師匠である仁科晴信が見ればまだまだ未熟と言いそうだが、使うたびに磨き抜かれていくのをカナタも実感している。
下段からすりあげ気味に振りぬいた一撃は、獅童の脇腹から入って肋骨を砕き、上腕部の骨も砕いて抜けた。そして残心の姿勢を残したままカナタは全力で横に飛ぶ。
後ろからついてきていたハルカがその時に大上段に構えていた。
「ハアッ!」
するどい気合の声と同時に上段から今度は袈裟懸けに斬り付けられる。ちょうどカナタの斬ったラインと交差して×の字を描いている。
力を込めて斬り付けたハルカの援護をするべく、カナタが軽めに数度斬り付け、ハルカの体勢が整うと同時に後ろに下がる。まるで長年相棒として隣で剣を振り続けたかのような連携を二人は見せている。
獅童はどうやら感染者の頭を無理やり食わされていたらしく、その頭の人格らしきものが入れ替わり出てくる。先ほどの相貌な感じの男、冷静でまるでフェンシングのような剣裁きをする無口な女性。老獪な老人と獅童が入れ替わり表面に出てくるのだ。
それが実験として成功なのかはカナタ達にはわからない。マザーや二類以降の感染者が同じ感染者を食らう姿はカナタ達も見たことがあるので、それを実行したのだろうが……
再び離れたカナタ達は息を整える。すでにそれなりの時間刀を振るっている。傷を再生する相手にどれだけのダメージを与えてこれたのか、まったく計り知れないが人格の入れ替わる時間がだんだん短くなっているような気はする。それに細かい傷はすぐに癒されるが、今のように隙をついて踏み込んで深く斬り付けた場合は癒えるのに時間がかかるのか、深い傷は蓄積されていっている。カナタ達の体力が尽きるか獅童に致命的な攻撃を食らうか、もしくは獅童が蓄積されたダメージで倒れるのか……
全く予想がつかないが、ひたすら斬り付けるしか手はないのだ。それもまともに当たれば一撃で命が吹き飛んでしまいそうな獅童の攻撃をかわしながら……薄氷の上を無造作に歩き続けるような攻防を繰り返すしかないのだ。
「……ハルカ君、お願いだ。一思いに殺してくれ……苦しいんだ。頼む……」
次に出てきたのは獅童本人のようだが、獅童は終始弱音を吐いている。とうとうそんな事を言い出した。
それにハルカの刀がピクリと震える。さすがに真に受けて介錯をしに行くことはしないだろうが、動揺は見て取れる。
「ハルカ……」
心配になったカナタがそっと声をかける。その声にちらりとカナタの方を見たハルカは疲れを隠せなくなった表情に少しだけ笑みを浮かべて小さく頷いた。
「分かってる。…………ありがと」
そう答えると、キッと表情を硬く引き締め、獅童を見る。
「獅童隊長、お世話になったあなたの無様な姿は見たくありません。苦しいのであれば是非自害を……未届けはしますから」
ハルカがそう言うと、獅童は泣きそうな顔でわめきだした。
「自害!?自害だって?どうして僕がそんな事を!まるで犯罪者じゃないか、僕がこんなに苦しんでいるんだどうして助けようとしないんだ!やはり君が邪魔者なのか、カナタぁ……」
とうとう取り繕う事もしなくなった獅童がカナタを深く昏い目で睨みつける。
「まるで、じゃなく間違いなく犯罪者なんだよお前は。ここにはお前の取り巻きなんて誰もいない、ちやほやしてくれていた奴らも今のお前の姿を見たら悲鳴を上げて逃げていくのが関の山だろうさ」
カナタは真正面から獅童の視線を受け止め、そしてそう言い放った。
「きさまがいなかったらこんな事にはならなかったんだぁ……ハルカ君も僕のすばらしさに気付いていたはずなのに。何のためにお前たちを引き裂いたと思ってるんだ、お前も死ねよカナタぁ!」
そう吠えると獅童はおまけのようにぶら下がっていた№4の支給刀を抜いた。体が肥大化している獅童には大きさが合わないがそれでも十分に脅威だろう。
今にもカナタに斬り付けようと、一歩踏み出した獅童だったが、それから動くことができなかった。なぜなら……
「やはり、獅童隊長が仕組んだ事だったんですね……」
少しうつむき加減になったハルカがぽつりと言った。獅童はようやく己の失言に気付いたが、もうどうでもいいと思った。どちらにしてもハルカが普通に自分になびく事はないだろう。それでも近くに置くなら感染させて支配するか、ハルカも食らうしかないと獅童は考えた。
かつて、№4で初めてハルカを見た時、獅童は感動を覚えた。それは№4が動き出して間もなくの頃だった。まだまだ治安が悪く、いたるところで避難民同士の小競り合いが絶えない時期だった。このころから自分は人の上に立ち、ちやほやされるのが当然と思っていた獅童は、分かりやすく周りからあがめられる守備隊に入っていた。その日も巡回途中でならず者に絡まれている避難民がいると知らせを受けて、物陰から様子をみていたのだ。
それは、ならず者の数が多かったり、強そうで自分の手に負えないときにや、助けるほうも自分が助ける価値があるか見定めるためだった。もちろんそのどちらかがダメなら見なかった事にして、その場を立ち去るつもりだった。しかし、パニックがおきて今を生きるので精いっぱいで身なりなど気にする余裕はあまりなくなっていた時期に、きれいな髪を後ろで一つ結びにして、まるで体の中に柱があるかのような凛とした立ち姿に目を止め、そのあと襲い来るならず者たちを一太刀で沈めていった手並み、それらを追い払った後におそらくかばったのだろう子供に向ける優しい微笑みに獅童は自分のそばに立って共に行動をするのは彼女がぴったりだと実に自分勝手な決定を下した。
その頃から付き従っていた長野に№3の佐久間の手下を紹介され、ハルカを篭絡する手段を実行したのだ。
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