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21-3

「うわ~……どうなってんだ?」


声を潜めてスバルは思わず言ってしまった。そして決して音を立てないよう、相手に悟らせないように気を使いながら元の場所に戻ろうとした。


「あ、スバル君。そっちは?」


その途中で反対側を見に行ったダイゴと鉢合わせる。そうスバルに聞いてくるダイゴの顔色を見ると聞くまでもないと分かり、嫌になる。


「ダメだ。隙間もないくらいみっちりいた。今日どこかのアイドルのイベントかなんかやってんのか?」


憮然とした顔でそうスバルが言い放つ。休憩スペースはその用途からいろんな方向からアクセスし易いようになっている。今は手分けして、隔離ゾーンのほうに行く道を探していたのだが、スバルとダイゴが向かった方ははずれのようだった。そこには、広い空間に1人掛けのソファとテーブルがいくつか並んでいて、壁際の中央には受付カウンターがある。


さらにその先には鉄製の格子のシャッターが下りた大きいガラスの扉がある。スバル達が来たのは、この建物の正面玄関だったようだ。そのエントランスにあるカウンターの陰に隠れて、格子のシャッターの隙間から見える外の様子を見たところだ。

外はそこそこ広い駐車場になっている。そこにはここに勤めている人たちの物だろう、今は錆びの浮いた放置車両となってしまっている自動車がたくさん並んでいる。そしてその駐車場を埋める勢いで感染者がいた。


意図的に集めでもしない限りありえない数に、慌てたスバルは絶対に見つからないようにして戻ってきたのだ。


「どこからこんなに来たんだろう?」


「知らねぇよ。ほら、ここに来る前に外部のゲートを壊されてたじゃん。そこから入ってきたんじゃないの?」


スバルは半ば投げやりにダイゴの問いにそう返した。格子の隙間からなので、はっきりとは分からないが百は下らない数がいるように思える。


「あれだけの数で……もし見つかったら、いくら鉄製のシャッターでももたないよねぇ?」


「嫌な事言うなよ!ほら、ここにいてもしょうがないから戻ろうぜ」


怖いことを言うダイゴを押すようにしてスバル達はエントランスを後にする。外にいる感染者たちは普段と様子が異なっていて、ゆらゆらとその場に黙って立っている。うつろに落ちくぼんだ瞳には何も映ってはいないようにあらぬ方向を黙ってみつめながら……




「おう、戻ったか。そっちは何かあったかー?」


スバル達が戻ると、別の方向を調べに行っていたアマネも戻ってきていた。伊織と詩織は別の方に行って戻ってきていないらしい。あと、喰代博士は一人ソファに腰かけ、何かの用紙を熱心によみふけっている。


「何見てんすか?」


スバルが尋ねると、少しだけ読んでいる用紙から目を上げてスバルを見た喰代博士は簡潔に答えた。


「うん、館内見取り図。消防法で防火管理の担当の人は定期的に避難経路なんかを書いて提出しないといけないんだけど、この用紙がそれみたいなの。もちろん詳細な事が書いてあるわけじゃないけど、部屋の数とか間取りとか分かればいいかなって」


そう言うと視線を見取り図に戻し、集中して読みだした。自分の世界に帰って行ったようだ。


「向こうは玄関みたいだった。外にかなりの数の感染者がいたよ。なんか、鉄の格子のシャッターが下りてて簡単には入ってこれないと思うけど、人を認識した時みたいな勢いで突っ込んでこられたらまずいかもと思って……見つかる前に逃げてきた。」


「そうかー。あいつら加減てもんを知らないからなー。私はあっちの廊下を少し先まで行ってみた。途中に部屋がいくつかあったけど、何もない空のへやばっかりだった。その奥に扉が一つあったけどな。とりあえず戻ってきた。」


アマネはスバル達が向かったところとは真逆に伸びている廊下を指しながらそう言った。それで言えばアマネが行った廊下が奥に進む通路みたいだ。


「じゃあ、いおりん達が戻ってきたらそっちに進んでみるか」


それぞれの話を聞いてアマネがそうまとめた時だった。


「キャー!」


静かだった廊下に悲鳴が響き渡る。瞬間、全員が走り出した。


「しおりんの声だったなー」


アマネの口調はいつもののんびりとしたものだが、表情はこころなしか引き締まっている。ように見える。


「こっちは俺たちが来たほうじゃね?」


走りながらスバルが言う。


「そうだよ、ほら。あそこから降りてきたんだもん」


ダイゴがそれに答え、天井の一か所を指さす。そこには四角い格子の換気口がある。


「この先は何もなかったはずじゃ……」


スバル達の後ろを走る喰代博士もそれに加わった。確かに降りてきた時に確認した限り、この先の廊下は左に折れてすぐ行き止まりだったはず。


先頭を走るアマネが角を曲がった瞬間、ハッとした表情になり速度を上げた。その様子にスバル達も顔を見合わせ、走る速度を上げる。

そしてアマネに続いて角を曲がると、思わず足を止めてしまう。


そこには、ぐったりとした伊織を抱きかかえるアマネの姿があった……


「伊織さん!」


ダイゴが驚いて駆け寄る。


伊織は額から一筋の血が流れている。駆け寄った勢いをそのままに、伊織のそばに座り込んだダイゴが普段あまり見せないような焦った様子でアマネを見る。


「大丈夫だ。そこの壁に叩きつけられたみたいだなー。たぶん頭を打ったんだろうけど、怪我は少し頭を切っただけみたいだ。」


アマネのいう事を証明するかのように、伊織の眉が動き低く声を出すとその目を開けた。少しの間気を失っていたみたいだ。伊織が目を覚ました事にダイゴはあからさまに安心した様子を見せる。


「気が付いた?よかった……伊織さん何があったの、詩織さんは?」


ダイゴの声にしばらくぼうっとしていた伊織がハッとした顔になり、身を起こした。


「おいおい、頭を打ってるんだ。急激に動くのは……」


アマネがやんわり制止しようとしたが、伊織は慌てて周りを見回すと小さく「くそ……」と言葉を漏らした。


「何があったー?」


「よくわからんねんけど、ここまで来てやっぱり何もなかったな、って言いながら戻ろうとしてたんやけど……気づいたら後ろに人がいて、そいつウチを突き飛ばして詩織を連れていきよった……」


言いながらも痛むのか、頭をしきりに抑えながら伊織が言った。ここは突き当りになっていてドアどころか、窓もない。壊れた自動販売機が並んでいるだけだ。


「たぶん……どこか抜け道があるはずや。いきなり後ろに現れよってん……」


傷みによるものかはたまた悔恨か。伊織はつらそうな顔をしている。


ダイゴはスバルと目配せし合うと、武器を構えながら袋小路になっているところを調べだした。


「そいつはしおりんを連れ去ったのか?攻撃するわけじゃなくて?何か言ってたか?」


アマネがそう聞くと、伊織は悔しそうに首を振った。


「何も……でも、いきなり事ではっきりと見たわけじゃないけど……詩織を連れていったのは、階さんに化けていた烏間って奴やった……」


階の言葉を聞き、アマネの眉がピクリと動く。


「立てるかー?辛いかもしれないけど、ここは敵地だからなー、どこかで休んどくわけにもいかないからなー」


そう言って、膝を震わせながら立ち上がろうとする伊織に手を貸しているが、アマネは表情が抜け落ちているかのような顔になっていた。


「大丈夫や。詩織をさらわれて呑気に休憩しとくなんてできひんわ。アマネさんも……殺気もれとんで?」


立ち上がった伊織がそう言うと、わずかにアマネの雰囲気が緩んだ。


「瞬間的にイラッとしちまったー。今ならクマとタイマンできる気がするなー」


若干ふらつきながらも、しっかりと立った伊織がアマネの言葉に苦笑いする。そんなんとタイマンしたらいかんやろ。と思わず伊織は、心の中で突っ込みを入れていた。

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