20-20
「いやぁ、ほんとうにごめんね?ありがとう。もう僕二度とあそこからでれないんじゃないかって思っちゃってさ」
頭をかきかきバツが悪そうにダイゴが言った。
あれからロープと石鹸水を爆速で準備した伊織に苦笑いしながらダクト中に入って行ったアマネは、ロープの片方を持って戻ってきた。それから全員でそのロープを引っ張ると涙で顔を濡らしたダイゴが出てきたというわけだ。
「ちょうど分岐のところでひっかかって進むことも戻る事も出来なくて……暗いし狭いし身動き取れないしでもう悲しくなってさぁ」
埃まみれで申し訳なさそうに言うダイゴは、一番離れた場所に背を向けて立っている伊織のほうをチラチラと見る。そしてスバルの方に近寄ってくると声を潜めて話し出した。
「ねえ、なんか伊織さん怒ってない?何かあったの?またアマネさん?」
「ああ~……うん、そうだな。でもお前は一生懸命謝っとけ?ほらほら」
そう言うとスバルはダイゴの背中を押して伊織の方に押しやった。
「さてリア充は放っておいてここからどう進むかだな」
伊織とダイゴをそっちのけにして、残りで話し出す。ダイゴはとりあえず必死に謝っているし、伊織もダイゴ相手に文句は言いづらいが腹は立っているので素直に詫びを受け入れないでいる。ダイゴとしては訳が分からないが怒っているのは間違いなさそうなので必死に謝り倒している。
今いる場所はどうやら研究員たちの休憩するスペースだったようで、たくさんの長椅子が並んでいて電気の切れた自動販売機も複数ある。中央には植え込みや大きい植木鉢に入った植物なども倒れているから憩いの場所ではあったのだろう。今は周りの壁には血が飛び散った跡がシミになって残っていて、植え込みも植木鉢の植物も踏みつぶされて無残な姿をさらしている。
そして一番の問題はその跡が、そう古いものではないという事だ。
「ここが研究員やスタッフのための休憩所なら感染者たちがセーフティエリアまであふれ出てきたことになりますね」
喰代博士が周りをみながらそう言った。
「どういうことだー?」
それを聞きつけたアマネが問い返すと、喰代博士が分かりやすく説明してくれた。
「私が所属していた研究所もそうでしたが、感染するものを扱う施設というのは外に漏れないように過剰に気を遣うものです。ここも完全に外界から隔離された感染者がいるエリアとそれ以外のエリアに分かれていたはずです。そして防疫の視点から感染者のいるエリアとほかのエリアを行き来できるのはごく少ない出入口だけ。余計なものが入っても、出て行っても困りますから。そしてほとんどの場合、その通路は厳重に何重にも隔壁があります。つまり、人もウイルスもそう簡単には出入り出来ない構造になっているはずなんです。そしてここのスペースはおそらく一般のエリア。ここに感染者が来るというのは何かトラブルが起きたとしか考えられません。……もしくは何者かが人為的に感染者を解き放ち、研究所内にいた者を襲わせたか……」
「つまり、佐久間が隔壁を開いて感染者たちを外に出してしまった?」
「もちろんただのミスの可能性もあります。ですがそれはごく低い確率でしょう。なんらかの為に佐久間がやったと考える方が自然です」
それでも全員が首をひねっている。何のためにそうする必要があるかが全く想像がつかないからだ。
「理由は私にも想像もつきませんが、今は結果のみを考えるべきかと。つまり、佐久間は隔壁のロックを操作できる場所、つまり中央管制室もしくは集中管制室。そういうたぐいの場所にいると思います。」
はっきりと喰代博士が言い切ったところで、ラジオのような雑音と一緒に拍手の音がただっ広い休憩所に鳴り響いた。
「……あそこだ」
どこから聞こえるのか全員が目を配ったところ、スバルが見つけ指をさした。休憩所中央にある太い装飾過多な柱に四方に向けてスピーカーが設置されている。音はそこから発されている。
「素晴らしいね。さすが無駄に遠回りしているにも関わらず私に迫る研究結果を出す逸材だ。ご明察の通り私はこの建物をすべて管制できる部屋にいる。そして感染者を隔離ゾーンからだした理由はそう難しい事じゃない。感染者を増やすためだよ。それと同時に感染して発症していく過程を何例も見る事ができる。何度も言うがこの建物のすべてを管制できる所に私はいる。誰一人外に逃がさずに私の研究の成果のために協力いただいたというわけだ。聞いてしまえば単純な答えだったろう?」
つまりは誰もこの建物から出ることができないようにした状態で感染者を放ち、襲わせ感染させてその経過を安全な所から記録していたというわけだ。
「話に聞く以上にくそ野郎だなー」
想像したのか、さすがに渋い顔になったアマネが吐き捨てるように言う。
「私の事はどうでもいいのだよ。それよりも感染者だ。この未知の存在を目の当たりにして何も感じない奴を私は研究者とは認めんよ。そこでだ、喰代くんといったな?私と共に来ないか?これだけ騒ぎになってしまったのではこの場所で研究を続けていくのは難しいだろう。どことは言えんが私には伝手がある。いまこの世界は感染者の手によって絶望に追い込まれている。そんな中で感染者の情報を持つ我々はどこに行っても重宝されるだろう。むしろかけがえのない存在といえる。私は過去は問わんし、すべては感染者の事を理解できるだけの能力があれば連続殺人鬼であっても勧誘するだろう。どうかな?」
自然と全員の視線が喰代に集まる。
喰代は軽く息を吸うとゆっくりと吐いた。そして言った。
「お断りします。私の知識や情熱を買ってくれた事は一研究者として大いに名誉なことです。ただ、私はあなたとは絶対に相容れません。正直あなたと同じ条件で研究ができるのなら間違いなくあなた以上の功績を残すでしょう。その時どうせ邪魔になるにきまってますし」
話にもならないと両手を開いてジェスチャーまでして見せる。
「ふふ……そうか。お前もそこで死んでいった奴らと同じというわけか。研究の結果を見てこれならば私のチームの末席に座る事は出来るだろうと判断しての事だったが……知識の喪失は我々にとっては悪だ。もう一度だけ聞くが……」
「何度聞いても同じです。私と同じ人類であるかすら怪しいと思っている人と共になどとできるわけがありません」
喰代博士は佐久間に最後まで言わせないように食い気味で断った。ここには音声しか聞こえないがそれでも大きいため息が聞こえた。
「ふん。ならば好きにしろ。」
鼻を鳴らしてそれだけ言い残すと声は聞こえなくなった。
「ええ、好きにしますとも……」
聞こえなくなったスピーカーの方を見つめてこぼした、小さなつぶやきを残して……
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