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20-18

「これは!実に興味深い展開になったな。注射はできなかったはずだ、なぜ感染した?しかも改良型の感染体としっかり適合している。見たところ夏芽と同じくらい適合率は高いようだ。気分はどうかね?君は人類を凌駕する存在に生まれ変わったのだ、ぜひ感想を聞きたいね!」


佐久間はそれまでの抑揚のない口調から一転して、まるで弾むような口調で語りだす。その頃にはもう長野の肩と太ももの銃創はきれいに消えてしまっていた。


「フン!感想だと?最高に決まってるではないか。収まるところに収まった気がしているよ。人類を凌駕した存在?実にいい言葉だ、今の私のためのあるような言葉だな」


何故かわからないが、感染したというのに長野からは一切の悲壮感などは見えない。むしろ溢れる歓喜を留める事が出来ないとい様子だ。


「ヒナタ、まずい事になった。どうする?」


ゆずが数歩後退しながらヒナタに問うた。ヒナタも一瞬ゆずと目を合わせただけで返す答えを持っていなかった。ヒナタからの返事が返ってこなかったが、きっかけを作ってしまったと思っているゆずはとりあえずマガジンに残っている弾丸をすべて長野の頭部にめがけて吐き出した。


いくら三点バーストでも連続して撃てば非力なゆずが持つライフルの銃口は跳ね上がる。なので連射するときには少し下を狙うのがゆずの癖だった。


タタタン!タタタン!タタタン!タタン!


一気に残弾を撃ち尽くしたゆずは素早く空のマガジンを外し、ポケットから予備のマガジンを出すと叩きこんだ。そのままの勢いでボルトハンドルを引いて初弾を送り込む。この間にも長野から狙いは外していない。


長野は顎から額まで銃創が縦断していた。とうぜん普通なら即死だ。


「ひゅひゅひゅ…………ひゅもがもも……あ、ああ」


銃弾を受けて、およそ人のものであるとは思えない様相になっている長野から空気が漏れるような音がして、やがて不明瞭な音になり最後には声に戻る。


「痛みは……あるか。我慢できんほどではないから痛覚は鈍くなっているようだな。ただ、この治癒力は我ながら反則と思えるな」


撃たれながら痛みや回復度合いなどを測っていたらしい。やがてすべての傷は癒えて元通りの顔になった長野が愉快そうな笑い声をあげた。


「ふふふ……はあっはっはあ!いいではないか、おい、佐久間。この体について聞かせてもらおうか。弱点や気を付ける事はないのか」


それを自分たちがいる前で聞くか?ヒナタは正気を疑ったが、長野の表情を見るに知られたところで優位は揺るがないと本気で思っていそうだ。


「ふん、それは貴様の体を調べてからだ。一度戻ってきたまえ、ルートは開けておく」


それだけ言うとスピーカーから接続を切ったのか、ブツンという音が聞こえたきり何も聞こえなくなった。


「さて……聞いたとおりだ。私は少し用事ができた、ガキどもに構っている時間は終わりだ。いいか?このまま黙って見ていればよし、さもなくば殺す」


そう言うと大きく口を開けて笑った。少し前にゆずが言った事を真似して言ったのは明らかだ。


「そう言われて素直に通すと思う?お前はここで倒す」


長野を睨みながらゆずがそう言ったのを、以外にもヒナタが遮った。


「待ってゆずちゃん。今戦っても勝ち目は薄いと思う。多分だけどあの人マザー並みに強い気がする。二人だけじゃ火力が足りないよ。」


顔を寄せ、声を潜めてそう言ったヒナタにゆずは心外そうな顔をする。そして何か反論しようとしたがそれを抑えて黙ってしまった。


「私たちの標的は佐久間。きっと佐久間を確保して研究資料なんかを喰代博士が見れば対処法を考えてくれるんじゃないかと思う。今は無理をする時じゃない。」


真剣な目でゆずの目を見つめながら語るヒナタの目には強い意志が感じられた。怯懦や怠惰などの気持ちは一切見えない。ゆずもそう感じて頷いた。


ゆずは長野を睨みながらもライフルを下して、ヒナタと並んで廊下の壁際に立った。ちょうど道を譲ったような形になる。

それを見た長野は満足そうに頷いた。


「賢明な判断だ。まあ君たちも寿命が少しだけ伸びたという事だ。」


そう言いながらゆっくりと特に警戒する様子もなく廊下の中央を歩き出した。そして油断なく見つめるゆずの視線とニヤニヤしながら歩く長野の視線が近距離でぶつかった。


「次に会う時がお前の最後。せいぜい残った時間を楽しむ」


声はささやくように、しかし強い圧を込められて長野に届く。


「ふん、それはこちらのセリフだと言っておこうか。ふふふ……」


あくまで余裕を見せて、長野がゆずの前を通った瞬間だった。


ドゴン!


重そうな音がして、思わずヒナタは短刀を構える。その視線の先では……


長野が裏拳でゆずの顔の右、約5cm程度の隙間を開けて壁に大穴を開けていた。それでもまばたきもせず長野を睨むゆずとあくまで余裕を崩さない長野。


「ふふふ、表情を変えるどころか瞬き一つしないとはな。大した胆力だ、再戦を楽しみにしておくとしよう」


そう言い残して長野は二人の目の前から歩き去る。そして長野の行く先で何もない壁だったところがスライドしてその中に入って行った。再び閉まると、もう普通の壁にしか見えなくなっていた。


「…………ふう」


「大丈夫?ゆずちゃん」


「ん……でも…………悔しい。瞬き一つしないんじゃなくて、ただ反応できなかっただけ!脅しじゃなかったら今頃……くっ!」


さすがのゆずも顔を青ざめさせ、いまさらながら大量の冷や汗を流し始めるのだった。


「みんなと……合流しないと。いっぱい伝えないといけない。」


そう言うとゆずはもたれかかっていた壁から身を起こす。しかし力が抜けているのか、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうな歩き方になっている。


「ゆずちゃん!」


見ていられずヒナタは駆け寄り、ゆずの左腕をとって自分の肩にかける。


「壁の抜け道……長野と今回の感染、そして、佐久間の事……早くみんなに合流しないと」


まるでうわごとのようにゆずは何度も繰り返している。そしてヒナタは改めて感染者の怖さと佐久間の危険性を再確認した。

あの長野の一撃。自分なら反応で来ていただろうか?


これまでの戦いでは何度も危機に陥り、命の危険もあった。それでも誰も大きなけがをすることもなく、もちろん誰一人命を落とすことなく生き抜いてきた。今回もきっとそうなるんだろう。心の中のどこかでそう考えていたのかもしれない。

しかし先ほど間近で感じた脅威は比類なく、佐久間を放置することであんなものがたくさん作り出されるかもしれない。そう考えた時、初めてヒナタの心に焦燥感というものが芽生えた。


(なんだか、嫌な予感がする……お兄ちゃん)


決して口に出すことのできない言葉を心の中でつぶやき、無性に兄に会いたくなるのだった。

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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