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20-17

「貴様……誰に対してそんな事をしたのか分かっているのか……。私が復帰した際には貴様の居場所などないと思え。謂れのない罪にも気を付けることだな」


歯を食いしばり、精一杯の威圧を込め長野は言い放った。


「ふん。お前が復帰することはない。都市に戻って罪に服するかここで死ぬか。それだけ」


長野が精いっぱいに込めた威圧も、これまでにいろんな事を経験してここに立っているゆずには大したことのないものだった。長野は目の前の二人の少女を小娘と見下しているが、崩壊した世界でこれまで生き抜いてきた少女達は長野程度の威圧などものともしないくらいの経験をしてきている。


己の威圧を受けて、平然としている少女達にとうとう長野の堪忍袋は決壊したようだ。ぐいっとネクタイを緩めて足早にゆずに近づいた長野は、拳を握り締めてゆずに殴りかかった。


平時なら殴りかかられた少女はおびえて目をつむり、殴られてしまっていた事だろう。しかしながら相手はゆずだ。狙撃手というポジションではあるが、一応の近接戦もできるゆずに戦闘経験のほとんどないただの中年男性の拳を避けることなど造作もない。


「……ふん」


至極単純な作業をするかのような顔をして、半歩足を引いて長野の拳を避けたゆずは避けた後一歩踏み込んで、勢いをつけて膝を長野の腹にめり込ませた。


「ぐおお…………」


鍛えてもいないと感じる長野の腹筋は柔く膝のダメージは容易く内臓まで届いた。突き上げる痛みと気持ち悪さに長野は両膝を落として腹を抑え悶絶する。


「はっ!」


それを侮蔑の表情でゆずは見下ろした。散々偉そうなことをほざいていたがまともに戦う事もできないのか、と。

それをみていたヒナタも表情を変えることなく、腰のポーチから手錠を取り出すと、長野を後ろ手にしてその手錠をかけた。


「ヒナタ……手錠なんて持ち歩いて…………そういう趣味?」


若干おののいた顔をしながらゆずが言う。


「趣味なんかしゃないよ!守備隊の支給品じゃない!ゆずちゃんのポーチにも入ってるでしょ!」


それにわずかにほほを赤くしたヒナタが言い返すと、ゆずは少し上を向いて何か考えると、己の腰のポーチを探り出した。


「あ、ほんとだ。入ってた」


「いや、入ってたって……え、知らなかったの?今まで!?」


「ん、興味なかった。この大きさでは拳銃のマガジンも入らないし。何なら少し邪魔だと思ってた」


少し驚いた様子のヒナタに、ゆずは平然と言ってのけた。


そんな事を言っているうちにいくらか調子が戻ったのか長野がよろよろとしながらも立ち上がった。


「このガキ……誰に手を挙げたか……後悔するぞ」


膝のダメージか、はたまた悔しさに噛んだ唇か分からないが口の端からわずかに出血しながら長野は言った。


「ん。血を吐くように言うとはまさにこの事。でも私は手をあげてない。やったのはヒザ」


ひょうひょうとした様子でそんな事を言うゆずに長野はさらに歯噛みする。もう血管の一本や二本切れててもおかしくないくらいの形相をしている。


そんな様子を見てか、壁のスピーカーから呆れたような声が聞こえだした。


「やれやれ、小娘と馬鹿にしていたわりには情けない格好だな。私が君に求めたのは研究に対するデータだ。それすらも提示できないお前はもう廃棄してもいいか思っている」


スピーカーから聞こえる佐久間の声は、呆れという感情を含んでいるものの平坦な口調で淡々としている。ただ、その内容はあくまでも長野の事を物としか見ていない事を如実に現していた。


小娘と侮っていた相手にはいいようにやられ、佐久間からは小ばかにされたような事を言われている。プライドの高い長野にはこれ以上にないほどの屈辱だった。

頭が焼き切れるように怒りが体中を駆け巡り、声にならない声が口から洩れている。鼓動は早鐘のように打ち、体中が小刻みに震えている。

そのためかはわからない。この場で長野の体に何が起きているのかは長野当人にすらわからなかった。


怒りに震える長野はだんだんと不思議な感覚に包まれていくのを感じていた。体を駆け巡った怒りが頭に行って、すっと冷やされて帰ってくる感じだ。怒りにより体は震えているし、平時より力がこもっているのも感じる。でも頭は異常なほど冷めているのだ。


「これは……」


自分の身に確かに異変が起きているのを長野は感じている。思わず自分の両手を見ようとした時、背後でじゃらっという音と共に手の動きが阻害される。


「そうか……手錠をかけられていたんだったな」


何かが起きている事は近くで様子を見ていたヒナタたちも感づいていた。何がどうなっているのかはわからないが、ろくでもないのは確かだ。どうにかしたい気持ちはあった。

仮に相手が長野ではなく他の者ならヒナタは斬っていただろう。もちろんその前にゆずが撃っているのは想像に難くない。しかし今回ばかりは二人の動きが鈍い。その原因は長野にあった。


かつてカナタを苦しめて罪に陥れようとしたあげく逃げてしまった主犯といってもいい存在。できれば№4に連れ帰り、ちゃんとした裁きを与えたかった。どこか知らない所で生きているか死んでいるかもわからない、そんな状況よりしっかりとした罰を目の前で与える方がカナタの気持ちがすっきりするだろうと二人とも思っているのだ。


まぁ、ゆずのほうはもう少し過激でカナタが望むなら、カナタに自らの手で叩き切ってもらってもいいとさえ思っていたが……


そんな思いもあって、この場で殺してしまうのに躊躇してしまっていたのだ。二人が対処を躊躇している間にも長野の体では見えない部分で動きが起こっていた。


(なんだこれは……活力が体の奥底からみなぎってくるようだ。何が起きている?幸か不幸か佐久間の薬は注入できなかったのに……もしやこれまで何か盛られていたか?)


声に出さず黙考している長野に焦れたゆずが動きを見せた。何かわからないが何かがおきているのは確実とみたゆずはとりあえず動きを制限させるため、肩にかけているスリングを引っ張って素早くライフルを構えると同時に発砲した。


タタタン!タタタン!


三点バーストの跳ねるような銃声が響いて、ゆずの狙いは外さず長野は右肩を押さえながら膝をついた。押さえる手の隙間と右の太ももから血が流れだす。


「長野、最後の通告。抵抗を諦めて同行する。断れば今度こそ命はない」


こういう時は、ゆずの平坦な口調が怖くかんじる。感情や焦りが言葉にのってくるよりも淡々と作業をするかのように言われる警告は無視すれば確実に撃たれるな、という気にさせるのだ。


「ふむ?……これは…………いや、まさかな」


壁のスピーカーから佐久間の独り言が聞こえてくる。ますます不穏な空気になってきたので、ゆずが一行に返事をしようとしない長野の頭に照準をつけた。


「ふふふ……撃ってみてくれないか。」


膝をつき、肩を押さえてうつむいていた長野がそう言いながらゆっくりと顔を上げた。


「なに?笑ってるの?」


ヒナタがそう言った時、ゆずはライフルの引き金を引いた。直感的に撃たないといけない気になったのだ。


タタタン!


再び銃声が響いたと同時に長野の眉間付近の三つの穴が開いて、血を流しながら長野がのけぞった。


「…………!」


そう、のけぞっただけだった。顔に不遜な笑みを張り付けたまま、ゆっくりと長野が顔を起こす。そしてにやりと笑うの同時に、スピーカーから嬉しそうな声が聞こえてくるのだった。


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