20-15
「せっかく来てくれたのだ。これでも歓迎しているのだよ。その男は私の作品の中では失敗作だったのだが、戦闘能力はそこそこある。吸収した人格の統合に失敗しているために不安定でな。まあ、楽しんで行ってくれたまえ。戦闘の経過は私の方で記録させてもらうよ。」
すこし楽し気な口調になった佐久間がスピーカー越しにそう告げる。こうして侵入されているというのにそれすら己の研究のデータとして見ているらしい。喰代博士も研究対象を前にしたときに我を忘れて突撃しようとしていたが、研究者という人種はやはり変わり者だと思う。
「失敗作……人の命を弄んでよくそんな事が言えますね」
怒りを押し殺した声でハルカが言った。その両こぶしは固く握りしめられている。
「ふむ……弄ぶ、か。私は彼も含めて命を軽んじたことはないよ。一度だってね」
スピーカーから聞こえてくる佐久間の声は全く変わった様子はない。ただ平然と当たり前の事を言っているという感じで後ろめたさもなければ激高する様子も冷笑する様子もない。
「私にとってそれらは研究の経過や検証の結果をもたらしてくれる大事なものだ。なくてはならないものだと思っている。そういうふうに言われるのは私としてはやや心外であると言っておこうかな。世の研究者が実験の検証のためにどれだけラットを殺していると思っているのかね?しかしそのおかげで研究は進み、誰かの役に立っている。そういうものではないかな?」
至って当たり前の事だろう、と言わんばかりの口調で佐久間は言う。それを聞いてさらに反論しようとしたハルカがすっと口を閉じた。
「……何を言っても無駄ね。石か何かに話しかけている気分だわ」
そうハルカが吐き捨てると、佐久間はやや鼻じらんだ様子をみせる。お互いに話しても無駄だと思ったのだろう。
「ふん……まあ、君たちに理解してもらおうとも思ってはいない。まあ、いいデータを提供してくれることだけを望むよ。……ええと、君は……獅童くん、だったか。№4の守備隊の隊長だったな確か」
そう佐久間の声が獅童に向いた途端、獅童はさらに挙動不審な様子を見せる。しまいには膝を震わせて懇願するように言い出した。
「も、もう頭を食べるのは嫌だ、お願いだ。もうたくさんだ!」
そう言うと両手で頭を抱えてうずくまってしまう。その様子にどんな事をされてきたのか、想像がついてしまい吐き気がしてくる。
「ふん……まだ理解しとらんか。それがどれだけ素晴らしい結果を生むのかを。まあいい、その二人を排除したまえ。それができれば君のいう事を聞こうじゃないか」
嘘だな。直感的にカナタはそう思った。さっきから佐久間の話を聞いていただけでも、実験に使える物を佐久間が手放すはずがない。
だが、追い詰められた獅童はそうは思わなかったようだ。それまでのおびえた様子を消して、ゆっくりと立ち上がる。
「ふ、ふふふ。やはり、私は君たちを倒す宿命にあるようだよ、カナタ君。ハルカ君は残念だが君が選んだことだ、もう後悔しても遅いがね。」
さっきまでのおびえた様子はどこへ行ったのか、どこか楽しそうな様子さえ見せながら獅童がカナタ達に向き合った。
「……獅童。お前には思うところはあるが、ここで終わらせてやるよ」
そう言いながらカナタは構えた。
「獅童隊長、お世話になりました。六番隊は私が守っていきます。」
ハルカもカナタの隣まで進み出ると、獅童に対して別れの言葉を告げた。そして祖父から託された刀を抜いて構える。
「ははぁ……私を倒すつもりかい?愚かなことだ。私はあああがががが」
話していた獅童が突然痙攣しだして、また別の人格が表に出てくる。
「はぁ……切り裂いて…………喰らってやるぅ!」
獅童とは違う、狂暴そうな人格が出てきて近くにいたカナタに向かって吠えた。
時は少し戻り、天井裏のダクトの中。
目の前を進む小ぶりのお尻を眺めながら、ライフルを担いだゆずが動きにくそうに進んでいた。
「ゆずちゃんだいじょぶ?どこかひっかかってない?」
「ん、今のとこ通れてる。ヒナタのおしりが通るとこならいけると思う。」
「ちょ、なんで私のおしりが基準なの!?そんなおっきくないよ!?」
ダクトの中はそれほど広くはないため、後ろを振り向くことはできない。後ろの様子がわからないヒナタが慌てた様子でそう言った。
「ごめん、ちょうど目の前にあったから。他意はない。大丈夫、ヒナタのおしりはかわいい、私が保証する」
まじめな口調でそう返すゆずにヒナタはなんともくすぐったいような気持になる。自分のおしりが話題になっているので、隠したい気持ちがあるのだが、いかんせんこのダクトの中ではそうすることもできないのだ。
「もう!私のおしりはどうでもいいから!……あ、ほら。もうすぐ出口だよ明かりが見える」
ややにぎやかな様子でダクトを進んでいるヒナタとゆずは、カナタが通ったであろう分岐を過ぎて体感で10mほど進んでいた。ここでも分岐があり、左に行くと行き止まりになっているのがなんとかわかる。そこの下に四角い格子の枠があって明かりが見えている。
そこを曲がらなければ、まだ直進する事もできるが先はまだ闇に包まれていて様子はわからない。
「さっきの分岐のとこで、たぶんカナタ君たちは曲がった。それなら順番につぶしていった方が見落としがなくていいと思う。」
それまでのふざけた会話などなにもなかったかのように真面目に言い出すゆずに、ヒナタは苦笑いしながら進んで分岐した先の格子枠から下を覗き込む。
「……誰もいないみたいだね。」
まず格子の隙間からしたの様子を見てヒナタが呟く。そこから見える範囲には動くものは見当たらない。どうも倉庫か何かのようでスチールのラックがたくさん並んでいて、書類やヒナタが見ても何に使うのかよくわからない道具や部品が並べられている。
慎重に様子を見てから、ヒナタは格子の枠を止めてある部品を外した。その部品の反対側は蝶番になっていて格子枠はだらんと天井からぶら下がるような形になる。
「いい?降りるよ?」
ヒナタがゆずに確認の声をかけて格子枠がはまっていた部分に手をかける。下から見るとぽっかりと天井に開いた四角い穴から足が降りてくる。
「よっ……丁度下にラックがあってよかった」
ヒナタがそう言いながら、点検口の真下にあった金属のラックにいったん乗って床まで降りた。
ラックに並べてある物のせいかわからないが、ツンとした薬品臭が鼻をつく。くんくんと鼻を鳴らしているうちにゆずも降りてきた。
「ん、倉庫。めぼしいものは……ないみたい」
降りてすぐに周りを見たゆずがラックに並べてある書類を引っ張り出し、すぐに戻した。全く関係がないか見てもわからなかったかのどちらかだろう。
「外も人の気配はないみたい。お兄ちゃんたちは近くにいるのかな?」
ゆずが書類を見ている間に、ヒナタは一つだけある出入口の方に行き、外の様子を確認していた。そしてそっとドアを開け頭を出した時だった。
どこからか、ぷつ……ぷつ……と放送が始まるときにスイッチの音が入るような音が聞こえてきた。
すっとゆずがヒナタの後ろまで移動し、油断なく辺りを警戒しながらライフルのボルトハンドルを引く。ヒナタも腰の梅雪をいつでも抜けるように構える。
「あー。少し調子が悪いな。ああ、すまないね、ようこそ麗しい少女たちよ。君たちのような人が来るには少し花がない場所だがどうか容赦してくれたまえ。本来君たちを迎えるのは克也という実験体の予定だったのだが彼は暴走して飛び出してしまったから急遽別の者を迎えにやろう。」
音をたどると天井に小さいスピーカーが吊り下げられている。そこから聞こえる声の主は場違いなほどのんびりした口調で話している。
話の内容の意味が分からず二人で顔を見合わせていると、それまで何もないと思っていた廊下の一部がスライドして通路が現れた。
「ふん……私の敵はこの娘たちか。約束は守ってもらうぞ」
その通路から現れたのは、守備隊の制服を着た中年の男性だった。ヒナタはピンとこなかったが、ゆずには見覚えがあったようで、わずかに驚きの表情を見せてゆずが男の名を呟いた。
[長野……」と。