20-4
どうやらこの部屋は「部品」置き場のようだ。そのほかにもいろんな体の部位が分けて容器に納められている。
「いくら研究のためとはいえ、人をまるで物のように扱うなんて……人として大事な部分が欠けています。」
憤慨した様子で喰代博士が部屋の中を見ながら言った。そして、これまでの経緯から感染者を捕まえてきて実験に使用するだけではなく、感染していない人をさらってきてここで感染させていたのだろうとも……
部屋の外では、気分が悪くなったのか詩織が座り込んでいて、伊織が心配そうな顔をして介抱している。
「……行きましょう。ここではこれ以上の情報は得られなさそうです。ここにいる人たちは……不憫ですがことが済んでから手厚く葬るのがいいかと」
そう言った喰代博士の言葉にその場にいた者達は無言で頷いた。最後に部屋の一番奥に目をやる。そこには棚にずらっと並べられた頭部があった。きょろきょろと間を動かし、声にならない声をあげている。それらはほとんどが苦悶の表情を浮かべていて、まるで「殺してくれ」と訴えているように感じる。
何かを決意したような顔で、それらに頷くように小さく頭を下げて部屋を出るカナタと、ヒナタが一礼して扉を閉めた。
「くそだな……」
さすがに堪えたのか、壁に背中をもたれかかったアマネがぽつりとこぼした。
「昔は……あんな事をする人には見えんかった……」
それに消え入りそうな声で伊織が答える。
「ああ。伊織ちゃんのお父さんの下で働いていたんだもんな」
「うちの会社は、いかついのばっかおった中で佐久間だけが普通っていうか、理知的な感じでな。まわりのいかついおっさん達は小さいころは正直ウチも怖かったから佐久間とよく話してた記憶があるわ」
昔を思い出しているのか、遠い目をしながら伊織がそう言った。しかしすぐに顔をゆがめて舌打ちをする。
「それやのに、こんな事をするような奴やったなんて……」
「このパニックが起きる前は誰だって本性隠して周りに合わせて生きていたんだろうしなー」
「世界がこんな事になって、政府も警察も抑止力がなくなって……略奪者のグループなんかもそうだな。中には家族や大切な人のためにやむなくって奴もいたけど、早い段階で人から奪った方早いって考えだした奴らも普通を装って暮らしてたって考えたら少し怖いよな」
アマネとスバルが廊下の先を警戒しながら話している。困難な局面に対峙した時に人の本性は試されると昔の人はいった。今の世界がまさしくそれを体現しているのだろう。
そして平気で人から奪って、傷つける事に抵抗がない者ほど生き残りやすいのだ。
「なんか、そう考えるとちゃんと元に暮らしの戻れる日が来るのかなぁって思っちゃうな……」
うつむいたヒナタがそう言うと、しんみりとした空気がひろがった。
「まあ、ここで言ってても始まらないからなー。偉い人がなんとかしてくれるのに期待しとこ」
雰囲気を変えるためか、パンパンと両手を叩いてアマネが言う。
「そうっすね、とりあえず目の前の問題を片づけていけばいつかは……って考えとこう」
アマネの言葉に乗っかったカナタがヒナタの肩をぽんと叩いて言った。それに「そうだね」とぎこちなく笑いながらヒナタは立ち上がった。
「よし、気を取り直していこう。伊織ちゃん達は思うところはあるかもしれないけど……」
「勘違いせんといてくれるか。確かに昔は交流があったけど、今はちゃんと割り切っとる。あんな事許されていいわけない。それにほんとなら身内の不始末や、できるならウチの手でけりをつけたい」
ぐっと拳を握りしめて伊織はそう言い返した。そんな伊織を見て、カナタは少し微笑んで見せる。
「そっか……でも無理しないでくれよ?」
「大丈夫!僕がきっちりガードするよ。伊織ちゃんも詩織ちゃんも傷一つなくお父さんのところに連れて帰る。お父さんにもよろしくって言われたからね!」
警察署で、新しく機動隊が使う盾をもらってきたダイゴがそれを掲げて言った。って、警察署で藤堂さんとしっかりそんなことを話していたらしい。よく考えてみればあれからダイゴはほとんど伊織ちゃんの近くにいたな。とカナタが思い返す。
「そ、こいつがあそこで告白なんかするから、おやじさんからの威圧がすごくて……隣にいる俺の身にもなれってんだ、バカダンゴ……」
「そ、そんな告白なんて!僕はそんなつもりじゃ……」
ダイゴの隣で恨みがましそうな目でスバルが言うと、ダイゴが慌てて否定しだす。
「あれ、守ってくれるいうんは嘘やってん?」
慌てだすダイゴに、わざとらしく泣き崩れるような振りをする伊織。ひとしきり。よよよと鳴きまねをするとぺろりと下を出した。
そんなやりとりで、周りの雰囲気が和らぐ。それまでは張り裂けそうな雰囲気だったので、そっとカナタは息をついた。適度な緊張は必要だが過度な緊張は思考と体の動きから柔軟さを奪う。これから向かう所のことを考えるとさっきの雰囲気のままで進むわけにはいかなかった。
「もしこれが計算されていたとしたらヤバイ相手だな」
「そだなー。あれを見て平常心を保ってられる奴はそういないだろうからなー」
独り言を言っていたつもりだったが、いつの間にか隣に来ていたアマネが返事をした。
「先輩気配を殺して近づくのやめてくれませんかね?」
「んー?むりだなー」
アマネは面白そうな顔で言い切った。これに関してはカナタも半分あきらめているので一つため息をついた後苦笑いをするだけだった。
「いるな……」
それから気持ちを入れ替えて進みだすとすぐに先頭のカナタが止まれの合図を出した。廊下の先に見えていた階段はすぐ先なのだが、その手前の部屋に感染者の姿を見つけたのだ。
「やっぱさっきの部屋で動揺を誘って、ここで待ち伏せするつもりだったかー。したたかだなー」
声を潜めてアマネが言う。しかもこれまでと違い、部屋の扉はきちんと閉まっていないのか時折中の感染者がぶつかってがたがたと動いている。目の前を通って感染者に見つかると両側の部屋からあふれ出してくるのだろう。
「この分だと、階段の上に待ち構えていると思う。いっきに走り抜けてきたやつを待ち伏せて……」
カナタの後ろにいるゆずがそう言ったが、カナタもそうであろうと考えていた。少人数であれば屈んで走り抜ければ部屋を出てくる前に先に行けるだろう。ドアが開かないように何か挟んで時間を稼いでもいい。おそらく相手もそう考えたはずだから、階段の先に何もいないとは考えにくかった。
「じゃあ、どうすんだよ。全部倒してから進むのか?」
後ろで様子を窺っているスバルがそう言うと、それを手で制してハルカが音をたてないようにドアに近づいた。そしてドアに隙間にそっと手を近づける。その手には小さな鏡を持っている。
それを使って両方の部屋の中を確認したハルカが戻ってくると頭を振った。
「だめ、部屋にみっちりとは言わないけどかなりの数がいる。片方の部屋に20体以上はいるんじゃないかな」
「まじか……」
ハルカの報告を聞いたスバルは頭を抱えた。部屋の中、もしくは廊下。どこで戦うにしても狭い……刀は振り回すことはできないだろう。
どうやって突破するか……ここは元とはいえ倉庫にくせに何も置いてない。あったのは感染者の体の一部を入れた容器だけだ。とすると手持ちの道具と体を使って何とか突破しないといけない。早くも行き詰ったとカナタも頭を抱えるのだった。