20-3
ヒナタによる、いきなりのお姉ちゃん呼びに動揺とうれしさを隠せないハルカだったが、その顔も自然と引き締まっていく。名義や人と荷物の動きから割り出した場所だったが、こうして目の前にするといかにもな場所であったことがありありとわかる。
「一応倉庫だよね、ここ」
元は確かに倉庫であっただろう名残はある。でも建物の道路に面した部分の出入口、本来は荷物の出し入れのために開口を広く取ってある部分にはかつてシャッターがあったのだろう。しかし今はその半分以上を壁にしてしまって人用の入り口しかのこっていない。しかもその入り口はセキュリティがしっかりしているようで、入り口のドアにはドアノブもなく横の壁にカードを通すところと番号を入力するようのキーがついたボックスがあるのみだ。
どこからどう見ても荷物を置いたりする倉庫には見えない。
「なんかレーザーとかありそうだよな。映画とかでよくあるじゃん赤いレーザーが迫ってきて、主人公は華麗に飛んでよけるんだけど、それ以外は真っ二つに切られちまうやつ」
そんなことを言うスバルに、そんなわけないだろ?と言いたかったが、あってもおかしくなさそうな雰囲気は出している。
「そんなもんは言ってみればわかるだろー。ほら行くぞー」
入り口が見える建物の陰に隠れながらそんなことを話しているカナタとスバルの間を抜けて、アマネがずんずん入り口に向かって歩いていき……きょろきょろと入り口の周りを見だした。
「ねえ、お兄ちゃん。あれ……」
声を落としてヒナタがカナタに声をかける。ヒナタがさしたところをよく見てみると、天井の近くに一台、端っこの隅にも一台、そして近くに立っている電柱にも一台監視カメラが稼働している。
今まさに録画しているのか微妙に動いてアマネの動きを追いかけている。
「壊しときます?」
詩織が矢をつがえながら言うが、カナタは首を振った。ここまで来てカメラを壊してところで意味はないと思ったからだ。監視カメラが性能のいいAIでも搭載していないかぎり、人が動かしているのだろうと思える動きをしている。
「きっとカメラの向こうでは誰かが見てるんだろうな。接近したのがばれているなら壊したところでな…………できればあまり騒がせないで中に入りたいんだけど……めっちゃ時間稼がれたからな~。待ち構える準備は万端だと思っていいかもな」
倉庫からでてきたたくさんの感染者の包囲網を抜けるのにだいぶ時間がかかってしまっている。こちらの存在に気が付いているのなら手ぐすね引いて待ち構えている可能性が高いだろう。
こっちでそんなこと話していると入り口のところできょろきょろと付近をみていたアマネが振り返って大きな声でカナタに話しかけてきた。
「おーい、かなちん開いたぞー?」
「いや、何言ってんすか。そんな簡単に開くんなら…………開いてる!なんで?」
これからどうやってそのドアを破ろうか考えていたというのに、まるで歓迎されているかのように開いている。普通ならカードキーと暗証番号。下手したらそれに加え、何らかの生体認証まで必要かもしれないと思っていたのに。
「怪しいな。罠かもしれんで」
「でも姉さん、罠があるかもしれないけど行くしかないわけだし……」
伊織も詩織も勝手に開いたドアから中を覗き込み不安げに話している。その横ではヒナタと喰代博士も同じような表情で中を見ている。
「ちょっと、どいて」
そうしていると、ゆずが何かを持ってドアのところに立った。何をするつもりかみんなが見ている中、ゆずはその場にしゃがんでドアのレールに何か細工をしているようだ。
「きっと罠がある。もしかしたら中に足を踏み入れた瞬間ドアが閉まって、ロックされる可能性もある。だからドアがしまらないようにする。退路の確保も大事」
そう言いながらゆずはスライド式であるドアのレールに木片を叩きこんでいた。
「なるほどドアが閉まらなければロックされる心配もないって事か」
そう言うカナタに、ゆずは自慢げな顔を見せていた。
それから一行はゆっくりと建物の中に入った。元が倉庫であったとは思えないほど近代的な雰囲気の廊下がまっすぐ伸びている。幅は三人並ぶと少し窮屈なくらいであるため、二人ずつ並んで進むことになった。
カナタとハルカを先頭にして次にゆずと詩織が続き、その後ろにアマネと喰代博士、そしてダイゴと伊織、最後にスバルとヒナタという並びで進んでいる。
廊下には窓は一切なく、どこからか淡く照明の明かりが照らしている。おそらくパニック後に新しく作られたものなのだろうが、よく見ると廊下のあちこちに血が飛び散った跡がある。
「こんなところで戦うってどんな状況だったんだろうなー」
薄暗い廊下にいつもと変わらない感じのアマネの声が響く。他に侵入者がいてそれと戦闘になったのか、あるいは味方に離反した者がいたのか……もしかしたら実験に使った感染者が暴れたあとかもしれない。
あちこちに残る血痕に目をやりながらしばらく進むと、廊下は左に折れる。ここまでに枝道や部屋などはまったくなかった。
先頭を行くカナタがそっと角から顔を出して様子を窺う。あいかわらず人の気配はないが、両側にドアが並んでいる。
カナタが後ろに(大丈夫)(進む)とハンドサインで伝え、慎重に足を運ぶ。人の気配も物音も一切しない薄暗い廊下は本当にここが佐久間の本拠地であるのか疑わしくさえなってくる。建物の中に入ってから、監視カメラの類も全く見当たらないのだ。
それでも慎重に、途中にある部屋ものぞきながら進む。それぞれの部屋のドアは飾り気もないが、ちょうど目線の高さくらいに窓が一つある。そこから部屋の中を見れるので、部屋の中から急に出てきて襲い掛かるアクションホラーあるあるな展開はさせない。
「まあ、ほとんど何もないカラの部屋なんだけどな」
先頭を進むカナタとハルカがそれぞれの方の部屋を覗き込んで行くが、中には人や感染者どころか荷物のような物もない。ただがらんどうの部屋がるだけだ。
廊下を半分ほど進むと、うっすらと先も見えてきてこの廊下の突き当りに上の階にあがる階段だ見えている。何かあるならきっとその先なんだろうなぁと漠然とした予感を誰しもがもっていた。
「っ!」
そのと感を裏切るようにその部屋はあった。これまでと同じ感覚で部屋を覗き込んだカナタは思わず息をのんで、固まってしまった。
「どうしたの、カナタ!何かあったの?」
カナタの様子に気付いたハルカが素早く寄り添って、顔を並べて部屋の中を見る。
「な!なによ……これ……」
そしてハルカも絶句した。その後からやってきたアマネが二人の後ろから部屋をのぞいて舌打ちをする。
「これわざとやってんなら、かなり性格が悪い奴みたいだなー」
そう言うと、ドアの本来なら取っ手がある部分のボタンを操作すると、プシュと音をさせてドアがスライドして開く。
ちょうど窓から覗いたときに見えるところに人も入りそうな大きいガラスのような容器が置いてある。そしてそこにはおそらく実験で使った後なのだろう。
手や足といった部位ごとに分けられ容器に中に放り込んであった。
「うっ!」
それを見た詩織が口を押えて部屋を出ていく。一緒にいた伊織も顔を青ざめさせながらそれを見ていた。
「あー、これ感染者なのか。ほら見てみろー。この手足達、まだ動いているぞ?」
「ええ?」
アマネの言葉にちゃんと見てみると、確かに手も足も動いている。手は何かをつかむように閉じたり開いたりしているし、足は指の部分がもぞもぞと動いている。
「いくらなんでも、これは……」
これにはさすがの喰代博士も唖然としている。博士は慣れているのでは?と思ったが、こんな人の尊厳をないがしろにするような事はしない、と半ば本気で怒られた。
「例えば献体してくれた場合もそうですし、今なら感染してしまったからと息を引き取った後に遺体を提供していただくことはあります。でも医学の進歩のためや、感染のことが少しでもわかるなら。というりっぱな意志を持って亡くなった方なら、たとえ感染して発症していたとしても粗略に扱うことはない!と口をとがらせながら言われた。
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