20-2
「十一番隊隊長の前が手薄だ、六番隊!押し込んで切り抜ける」
少し高い、凛とした声が感染者の唸り声と№3守備隊の怒号が響く戦場によく通った。そしてカナタの後ろから十人ほどの男性が勢いよく感染者に当たっていった。
この場にいる者達は全員、汗と泥、血にまみれている。それなのにカナタの前に躍り出た隊員はまだ身ぎれいな格好をしている。
これまで張りつめていた緊張の糸が突然の闖入者でぷっつりと切れてしまっていた。戦場で我を忘れ、ぼうっと立っていたように見えたかもしれない。
そしてそんなそんな隙を見逃してくれる感染者はいない。まるでカマキリを模したように両腕が鎌みたいな形に変異している感染者はそんなカナタの死角から鎌を振るった。それにカナタが気付いた時には手遅れのタイミングだった……
「や、ばっ!」
その刃がカナタの首にかからんとする時、カナタの脳裏にはかつての仁科道場で真似事ような剣を振るカナタとヒナタ、そしてハルカの姿があった。これがいわゆる走馬灯というやつか……とカナタはそれに身を委ねようとする。
まだ幼さの残る顔で勝気に笑い、カナタを何度も打ちのめした。頭を押さえて座り込むカナタにやりすぎたかと心配になったハルカが声をかけるのだ。
「「カナタ大丈夫?」」
その時、実は半泣きだったカナタは泣いているのを悟られたくなくて、なぜかハルカに抱き着いてもう一度殴られたのだ。
「え、あ?」
いつの間にか幼いころの映像は消え、現実に戻っていた。カナタの首を刈ろうとしていカマキリの鎌は地面に転がっている。
さっきまで走馬灯らしき映像が見えていたのに、頭が追いついていかない。
その時ふわっと風が吹き、カナタの目の前に束ねた髪の毛がゆらゆらと揺れているの気づいた。それはさっきの映像の中に出てきた色と酷似している。
そして……
「カナタ大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んでくる成長したハルカの顔がそこにあった。
そしてカナタは混乱の極致に至る。ハルカがここにいるはずがないし、走馬灯は現実の世界とリンクするのか?などと訳の分からないことを考えだした。
「どうしたの?どこか打ったの?」
そうして助かったことと意外な人物が目の前にいる事と走馬灯で見ていた事が重なり、カナタの思考回路は情報の整理がおいつかず、突拍子もない行動をしてしまう。
三度聞いてきたハルカに思わず抱き着いてしまっていたのだ。
しかもハルカの姿を見てうれしくなったのか、その横からヒナタも抱き着いてくる。
「ちょ、ヒナタちゃんまで。カナタは離れなさいよ!」
「え。あ?ハルカどうしてってうわぁ!」
「うわぁはこっちのセリフだわ!ヒナタちゃん一回離して?」
そんなことをやっているうちに六番隊の手によって前方に隙間を作ることができた。
「撤退!」
その様子を見た隊長さんは生暖かい視線を向けながらようやく撤退の指示を出した。素早く後方にさがる隊長さんと共に動いたのは3名だけだった。
その様子をちらりと見ながらもアマネも移動するのに邪魔な感染者を二体ほど斬り倒した。安全圏まで戻った隊長さんがこちらをじっと見ている事に気付くと、アマネは軽く手をあげて挨拶を交わすと感染者の包囲から抜け出すためにこの場を離れるのだった。
「と、とにかく佐久間の倉庫に向かおう。ぐずぐずしているとまた感染者を準備してけしかけるかもしれない」
感染者たちの集団から見えない程度まで離れると、全員ついてきているか確認したカナタが、なぜか頭をさすりながらそう言った。
「ハルカ、どうしてここに?」
カナタが足早に移動しながら隣にいるハルカに聞く。ハルカは№4にいるはずなのだ。
「本当は六番隊の再編成も途中なんだけど、来ちゃった。松柴さんも行けって言ってくれたし……カナタ達が必死で頑張っているのに私だけ安全な都市の中にいるなんて耐えられなかったんだもの。それにね?今回の件は松柴さんもかなり危険視しているわ。もし№3が崩壊でもすることになったら№4にもかなりの影響があるって。それで六番隊の中でも信用のおける人だけで編成して急いで来たの。」
六番隊は獅童の離反という事件があり、微妙な立ち位置になってしまっていた。積極的ではなかったにしろ獅童に手を貸していた者もいるはずなのだ。ハルカは仲がいい人もたくさんいる六番隊を放っておけずに根気よく隊を再編成していたのだ。
六番隊の一時凍結の時にカナタが十一番隊にくるようにハルカを誘ったのだが、それを蹴ってハルカは六番隊に残った。
今回は佐久間のやっていることが明るみにでて、座視できないと判断した松柴さんが編成中の六番隊を援軍によこしてくれたそうだ。
「そっか……ありがとうなハルカ。正直助かった。来てくれなかったら感染者の包囲を破ることはできなかった」
そうカナタが礼を言うと、ハルカが微妙な顔をする。
「なんかあった?カナタ、なんか雰囲気がかわったね」
面と向かって礼を言われ、すこし面食らった。心なしか頬が熱い。あまりカナタは自分の思ったことを口に出すのをためらうタイプであるとハルカは思っていたからだ。
「いつどうなるかわかんないから気持ちはちゃんと伝えていくようにしたらしいよ?」
両手を後ろで組んで、うれしそうな顔でヒナタが会話に入ってくる。ヒナタも加えたこの三人は幼いころから一緒にいる事が多かった、いわば幼馴染だ。
ヒナタがカナタの元に戻ってきた時はハルカは獅童の件で六番隊の立て直しに忙しく、三人でゆっくり話すこともできなかったからだ。
「あー。確かに……」
変化の理由を聞いたハルカはそう言って納得した顔を見せる。
「だからねー」
ヒナタが両手を後ろで組んで、ハルカの隣に立つ。ハルカを挟んでカナタの反対側だ。
そして何か含んだ言い方をした。
「だから?」
ハルカがその先を促すように聞くとヒナタはにっこりと笑って、たっぷりとためてから言った。
「わたしもそうしようって思ってるんだ。お姉ちゃん」
「な、ヒナタちゃん?どうしたの、そんな」
いきなりそう呼ばれてハルカは動揺してしまっている。そんなハルカの様子を見て、ヒナタはいたずらが成功した時のような笑顔になっている。
「ふふっ!ほら、私ももう子供じゃないんだから、いつまでも年上の人にハルカって呼び捨てにするのもどうかと思って」
機嫌よさそうにそう告げるヒナタの隣で、ハルカはあわあわしながら答えた。
「いや、そうかもしれないけど……お姉ちゃんって……ええ?いや、私は構わないんだけど……」
幼いころから三人で一緒にいて、カナタがハルカと呼ぶものだから幼いヒナタはまねをして同じように呼んでいた。一度訂正しようとした事があったが、なんかうやむやになって今に至っている。
「ほら、道場に通っていた頃に一度同じこと話した事あったよね?あの時はいわなかったけど、お姉ちゃんってなんかいいなぁって思ってたの。もし嫌じゃなかったらだけど……」
そう言って上目遣いになって見てくるヒナタに、ハルカは断ることができなかった。そもそもそう呼ばれることは、ヒナタが大好きなハルカにとって決して嫌ではない。
以前にそう呼ばれかけた時は思わず顔がにやけたくらいなのだ。
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