20-1 六番隊
それから同じような突撃が二回敢行された。
だが、さすがに無事というわけにはいかず、繰り返すたびに戻ってくる数が減っている。数が減るとライフル部隊から補充されるので、ライフル部隊の数が目に見えて減っているのだ。
人が戦うのを黙って見ているのが、これほど辛いものだとカナタは初めて知った。知らないうちに拳を握りしめて爪が食い込んで血が流れているし、歯を食いしばりすぎて奥歯が痛いし、少し血の味もする。
たまらず隊長さんの方を見るが、まだ動くな、と厳しい目で首を振られる。
「お兄ちゃん……」
ヒナタが心配そうな顔でカナタの手をそっと両手で包むように握る。気づくとみんな心配そうな目でカナタを見ていた。
「はあ……だめだな俺は。」
いつの間にか溜まっていた息を吐いて、何度か深呼吸をする。
「ごめんな、心配かけて」
ヒナタに微笑みかけながら言うと、ヒナタは何も言わず小さく首を振ると手を離した。
「私たちのために道を作ろうとしてくれてるんだ、かなちん。しっかり見ておかないと失礼だぞー。そしてな、私たちの番が来た時に絶対にあそこを抜けて見せるんだ。今からそんなんじゃ力みすぎて失敗するぞ?」
いつになく真剣な表情でアマネが言う。カナタも真剣な顔で頷くと両手で頬をパンと張った。
そして再度突撃をかけようとする№3の守備隊の姿を目に焼き付けるつもりで見る。
それからさらに数回、突撃をかけたが感染者の壁は厚かった……
人数が明らかに少なくなり、もうライフル部隊からの補充もできないくらいになっている。これ以上ライフル部隊を減らせば戻ってくるときの支援に支障が出る。それは黙って見ているカナタにも容易にわかるくらいだった。
隊長さんも厳しい顔になっている。おそらく佐久間の実験でできた感染者が原因だ。ほとんどの犠牲はそれらを相手にした時だから、あれがイレギュラーな存在になっているのだ。
そうでなくても突撃部隊はだいぶ疲弊してきている。
隊長さんを見ると、厳しい顔をしたまましばらく黙考したあと、こちらに向かって歩いてきた。
「すまない、少し想定外の事態になってしまっている。あの見たことがない感染者が佐久間の仕業なんだな?」
カナタが頷くと、隊長さんはうつむいて考え込んだ。おそらく佐久間が作った感染者がいなかったらうまくいっていたんだろう。それくらい初見の感染者というのは厄介な存在なのだ。人型の姿をしているくせに人の常識に当てはまらない動きをする。
やがてたっぷりと黙考した隊長さんが顔を上げた。
「正直もうあと一回が限度だろうし、次の突撃は私も加わろう。大きな口をたたいておいて面目ないのだが、ぎりぎりまで突っ込むから君たちで突破できるか?」
本気で申し訳なさそうな顔をして隊長さんは言った。
「行きます。やってみせますよ。こっちは皆さんの頑張りを見せつけられてやる気がみなぎっています。もともとは俺たちだけで行くつもりだったんです。感謝してもし足りないくらいですよ」
そう言ったカナタの言葉に仲間たちは同じ気持ちだと頷いて見せる。
「このお礼はきっちりさせてもらいますよ?……だから絶対に生きて戻ってください。俺の屍を越えて行けなんてことをしたら引きずってでもここまで戻しますからね?」
カナタがそう言うと、隊長さんは少しだけくしゃりと顔をゆがませて、頭を下げて一言だけ言った。
「すまん」と。
「では私の後ろについてくれ。君たちは突破だけを考えてくれ。君たちには指一本触れさせないから安心してくれ。そしてどうしてもこれ以上進めないところまで行ったら、そこから全力で抜けてくれ。無事を……祈ってるぞ」
そう言ってきた隊長さんに、カナタは黙って頷いた。
そして所定の位置につく。
カナタ達の周りを囲む№3の守備隊の皆さんは、みな傷ついていて、無傷な人は一人としていない。汗と血が混じり薄い赤色の液体にまみれている。
そんな状態にもかかわらず、誰一人カナタ達に文句を言うこともなく位置についた。ただ、カナタの横を通るときに微笑みかけて、軽く肩をたたいていくだけだった。
頼むぞ。無言で伝わってきたその言葉の重みが肩にのしかかってきたが、不思議とプレッシャーだとか余計な気負いを感じることなく、すっとカナタの中に入ってきた。
「みんな、絶対に抜けような」
カナタが仲間たちを振り返ってそう言うと、全員が心強い表情で頷いて返してきた。……あとは、精一杯やるだけだ。絶対に佐久間という男を、ここまで引きずりだしてやる。
心の中でそう決心したカナタは目を閉じて隊長さんの号令を待った。
周りの物音が遠くなり、集中した。ピンと細い糸が張ったような感覚が指先まで届いたように感じる。
「突撃ぃ!」
号令と共に目を開き、走り出す。武器は抜かない、走るのに邪魔だし周りの人たちを信頼している。やがて先頭を走っていた隊長さんが接敵した。支給刀ではなく大振りのナイフみたいなものを感染者に突き刺し、一瞬動きの止まった感染者を大胆にも足で押すように蹴飛ばした。
何歩かたたらを踏んで後ろ向きに倒れたその感染者は後ろにいた3体の感染者を巻き込んだ。次の瞬間にはもう抜刀して次の感染者を斬り付けていた。
無理にとどめを刺そうとはせずに、動きを止めることを目的とした戦い方だ。ちゃんと周りの感染者を巻き込むように倒しているところがさすがと思わせる。
「怯むな、押せぇ!」
怒鳴るようにそう叫ぶと次の感染者を斬る。時には刺さった刃をそのままにして柄だけ外して、予備の支給刀の刃を付けて別の感染者を斬ったりしている。
刃の付け替えができる支給刀ならではの戦い方と言える。
前衛が激しく戦っているなか、それでもカナタたちは武器を構えない。ただひたすら避けて先への道を睨んでいる。
しかし勢いはここまでだった。突撃の勢いをなくした後は純粋な戦闘力の比べあいになる。そして佐久間が実験の過程で作り出した三類感染者は総じて単体での戦闘力に長けている。
しかも三類ともなれば知能も上がるのか、そこらにあったものを武器として振り回す個体もいる。
今、ヒナタの目の前で一人の守備隊の男性が感染者が投げた投石が頭に当たり、盛大な血しぶきをあげて倒れた。近くにいたヒナタがそれを浴びたが集中しているのか、一顧だにせずただ前を見据えている。
しかし、無情にも完全に勢いは失われた。あとは押し返されるだけだ。もう撤退しないと被害が増えるばかりだ。
……隊長さんは撤退の合図を出さない。周りの守備隊の人たちもそれを疑問に思うこともなく、力の限り感染者に斬りかかっている。
「……だめだ、隊長さん……撤退の指示を!」
カナタが叫ぶが隊長さんは振り向きもしない。
「くそ、ならここで!」
自分たちも戦闘に加わればあるいは……。そう考え、桜花の柄に手をかけた。
「くっ…………!」
しかしそこからカナタの手は動かなかった。それをやってしまえば隊長さんたちの頑張りが無駄になると理解しているからだ。
「くそ、どこか。どこかないか手薄なところが……抜けられるところがぁっ!」
しかし、どこもあとわずかのところで押し返されている。目を皿のようにして探すがどこも同じ状況なのだ。わずかに隙間を見つけたが、その手前の感染者の壁が厚い。
あともう少しだけ押す事ができれば……あと少しでいい。天にも祈るような気持ちでそう呟くカナタの耳に聞きなれた声が聞こえてきた。
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