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19-15

「二類感染者の名残があります。この虫型の個体は二類感染者がさらなる変異をした姿、そう思われます。言うならば三類感染者というところでしょうか」


検分と組織のサンプルを取った喰代博士が断じた。しかし表情を曇らせたまま喰代博士は話を続ける。


「気になるのは、時間をかけて自然に変異したわけではないところです。体や皮膚など所々に無理が生じています。これは急激な変化のためと思います。つまり……」


「この虫型は佐久間の手によるもの」


喰代博士の言葉を詩織が引き継ぐ。それに博士も深く頷く。


その博士の隣で博士やゆず、詩織のガードをしているダイゴが腕を組んで考えていたが、おもむろに話し始めた。


「うん、さっきの公園から様子を見ていた時、僕は港湾エリア内はもちろん、ゲートから入ってくる感染者の様子をみんなより長い間見ていたけど、こんな変異をしている個体はいなかった。間違いないよ」


ダイゴが自信ありげに言った。今のカナタたちは前衛にカナタやヒナタ、そしてアマネと腕の立つものがいるのでダイゴやスバルは主に非戦闘員である喰代博士や、間接攻撃を主とするゆずや詩織の周辺のガードに回ることが多い。そのせいか前衛組みよりも周囲の様子を詳しく観察している。


「じゃあこの虫型は私たちに対して佐久間が放ったもの……?」


嫌そうな顔でゆずが言う。その様子からゆずも虫型が苦手のようだ。

そしてそれを裏付けるように、目指す場所との中間くらいにある倉庫のシャッターが激しい音を立ててはじけ飛んだ。煙を立てながら派手な音を立てて地面に落ちたシャッターを踏みつけて倉庫の中から感染者が姿を現している。


「おい、今の」


シャッターが吹き飛ぶ瞬間、素早くそこから走り去った人影をアマネは目ざとく見つけていた。それは隣にいたカナタも気づいていたようで、アマネの言葉に頷くと少しだけ見えた人影の名を呟いた。


「夏芽っていったっけ。俺が斬ったはずの女だ……」


Tシャツにデニムのチョッキ、同じくデニムのショートパンツと場違いなくらい軽装な姿は、世界がこんなことになってからは夏芽以外に見たこともない。


「本当に生きていたのか……」


手応えはあった。だからその後の確認はおろそかだったかもしれない。何しろきれいに首を飛ばしたのだ。

無意識のうちにカナタは歯噛みしていた。喰代博士が言うには佐久間が作り出した感染者で、夏芽や烏間のような完成された個体の感染体は通常と比べて半分以下のサイズで、しかも延髄の深いところに張り付いている。だから首を飛ばしても感染体を斬っていない可能性が高いそうだ。そもそも首を飛ばそうと思ったら頭蓋骨や骨の太い箇所は避ける。その避ける部分に張り付いているのだろう。


「厄介な奴だ……」


思わずそう呟いたが、今は夏芽が引っ張ってきた感染者の集団に対処しないといけない。夏芽が吹き飛ばしたシャッターのところから次々と感染者が出てきている。数ははっきりしない。表に出ているだけでも30はくだらない。


「いったいどれだけの人を実験に……」


ヒナタが前から迫る感染者たちを見て、悲しそうに呟く。彼らが生前どんな人間だったのかはわからない。ただ佐久間の実験に使われた被害者だということは間違いない。


「……やっぱりずいぶんとパーツが違うなー」


アマネが感染者たちを見ながら言った。いつもより平坦なその口調からは静かな怒りを感じる。アマネが見ている先では、手や足のパーツがおかしな形に変異していたりしている。なかには上半身が獣のようになっているのもいるし、立つこともできずに蛇のように這って近づいてくるのもいる。


きっと佐久間はもう人間の心を持っていないのかもしれない。それが世界がこうなったせいでそうなったのか、元からそうだったのかはわからないが……

全員が武器を構え、哀れな被害者が近づくのに備える。


カナタは武器を構えながらも今にも泣きそうになり、鼻をすすっているヒナタの肩に手を置いた。


「可哀そうだとは思うけど、俺たちにできることは限られている。彼らも俺たちなんか食べたくないだろうし、自分の手で感染者を増やしたくはないだろうしな。な、ヒナタ。終わらせてやろう」


ポンポンと肩をたたいて離れる。ヒナタは袖で涙を一度乱暴に拭うと脇差を前に、感染者たちに向けた。


「私は剣崎ひなたと言います!これからあなた達を斬る者の名前です。それと……そんな目にあわせた佐久間という人は絶対にそっちに送りますので、待っててください」


そういうとヒナタは向けていた脇差を大きく振るった。ヒュンと風を切る音がなる。きっとヒナタなりの誓いを込めたものなんだろうな。


……よく見ると感染者たちの中に表情は動いていないが涙を流しているのが数体いた。それを見てカナタは顔をゆがめる。嫌な想像をしたからだ。

彼らは人為的に作られた感染者だ。それゆえにおかしな変異をしている者が多いのだが、意識が残っている者もいるのではないか。そう思ったのだ。意識はあるが感染体に支配された体は言うことをきかず生きている人に襲い掛かる……


「どんな拷問だよ……」


誰にも、特にヒナタに聞かれないように毒づいた。ただの見間違いで考えすぎなのかもしれないが、もしそうであったのならそれがどんなにつらくて苦しいか……想像することもできない。


そして悲しい戦いの火ぶたが切って落とされた。感染者たちはこちらを認識しているので、我先にと向かってくる。中には押し出されて海に落ちる者もいる。


「りゃあ!」


走りこんで桜花を大きく振るう。牽制のために大振りして斬り付ける。致命傷には程遠いが動きは止まる。


「それで十分だ」


口の中でそういうと同時にカナタの左右からヒナタとアマネが飛び出した。二人とも小柄だが、アマネは怪力の持ち主だしヒナタは速度を上手に威力に変えている。

ヒナタとアマネがそれぞれ斬り付けた後、一度下がったと同時に今度はカナタが前に出て刀を振るった。


倉庫前の道路は広いがコンテナや木製の箱が大量に積んであり、実際通れる幅は車一台分ほどしかない。そのため同時に当たるには3~4体くらいだ。


そしてカナタが大きく刀を振るえば、感染者の動きを阻害してその隙にヒナタとアマネが斬りこむ。咄嗟のコンビネーションだったが意外にうまくいっている。


「カナタ君!」


そう考えていると、ゆずが声をかけてきた。振り向くとゆずは倉庫のわきに高く積んであるパレットの上に登ってライフルを構えていた。高いところから狙撃をするつもりなんだろう。ゆずはライフルのスコープから目を離さずに続けた。


「カナタ君、まだ倉庫から出てきてる。すごい数。さすがにまずいと思う」


ゆずが端的に伝える。


「大体でいい数はわかるか」


「見えるだけで、ざっと100。でもまだ出てきてる」


「それは……」


カナタはゆずの言葉を聞いて絶句してしまう。ヒナタとアマネも思わず振り返ってゆずを見た。高い位置にいるゆずには後の方まで見ようと伏せていた姿勢から膝立ちになっている。

そしてどこで手に入れたのかグレネードを出すとピンを抜いて感染者たちの中に放り込んだ。


轟音が響き、感染者の動きに隙間ができた。これまではひっきりなしに押し寄せて来ていたのだ。


「かなちん、それはさすがに多すぎるぞ。」


さすがのアマネも焦りを隠しきれないようだ。いくらうまく動けているといっても無尽蔵に動けるわけじゃない。実際カナタもアマネも、そしてヒナタも肩で息をしている。

通路の狭さと息の合った動きでなんとかしのいでいたが一人でも遅れが出たら……


「一度引くか?」


喰代博士をカバーしながらスバルが聞いてきた。カナタはそれに一瞬だけ考えたが首を振った。


「それはできない」

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