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19-10

「ウゴオアアアァァッッ!」


ヒナタの言葉に激高したのか、あるいは他の感染者と同じような状態になってしまったのか、もう克也の口からは獣じみた音しか発せられない。


「ふん。まるでゴリラ。わずかの理性も感じられない。」


そこに追い打ちをかけるようにゆずが言う。


「ゆずちゃん、さすがにそれはちょっと……」


「ああ、そうか。ゴリラって頭いいもんね。今度ゴリラに会ったら謝っとく」


「……ゴリラ、会えますかねぇ」


そんなやり取りをする間に克也は無造作に間合いを詰めてきた。これまでは自分の強さを誇示するためと、恐らく戦いが怖かったのだろう、自分から間合いを詰めてくることはなかった。昔を知っているヒナタは克也らしいと思っていたのだ。

だが、今はお構いなしに近づいて来る。これは多分感染が進行して自我がなくなっているな、とヒナタは気持ちを引き締めなおす。

目のまえに何があろうとも構わずただまっすぐヒナタに向かってくる。その足が看板を蹴飛ばして破壊した。看板委は海浜公園と書いてある。


やがて、自分の攻撃が届く位置までやってきた克也は、やはりこれまでと違い四本の腕全てを使って攻撃を繰り出してきた。


「ふっ……はあっ!」


狙われたのは当然一番前にいるヒナタで、まったく遠慮のない攻撃が迫ってくるが、逆に言えば対人戦のような駆け引きを気にする必要がなくなったという事でもある。獣じみた反射や動きは脅威だが、それはただ速くて強いだけでしかない。

「克也」だったときは意表を突こうとしたり、戦いの素人であるために斜め上の事をしてきたりしていたので、あらゆることを想定して動く必要があった。

しかし愚直に目の前の相手を殺そうとかかってくる「獣」はそんな事はしない。


ヒナタは殴りかかってきた腕の二本目までをギリギリで躱すと、三本目の腕に梅雪を添えた。はじいたり受けたりするのではなくただ添えただけだ。

それに食い込んだ梅雪が突きの勢いでそのまま腕を斬り裂いていく。


「ガアア!」


痛みはなくても不快なのか、克也が唸り声をあげる。そして残った腕でヒナタを弾き飛ばそうと横殴りに払おうとうごかす。


「りゃっ!」


凛々しさの中にかわいらしさを含ませた気合の声を上げて、ヒナタは腕が迫るギリギリに梅雪を力一杯払うと、腕の勢いの逆らわず、むしろ勢いを利用して蹴ると宙を舞って着地した。最後に払ったヒナタの刀は克也の胸まで切り裂いていた。


「ガアアアァァッ!」


いら立ちの声を克也があげる。そしてヒナタに近づいて来る。その目は詩織もゆずもその他のものも捉えず、ただヒナタを見ている。


そんな克也の目を見て、ヒナタは一言だけ呟いた。


「さよなら」


次に瞬間、轟音が響いて克也の頭が跳ねる。ゆずのへカートが再度克也の顔の半分を吹き飛ばした。それと同時に無音で飛来した数本の矢が膝の関節を狙って集中的にささる。


「グゥオオオオッ!!」


関節をやられ、片膝をつく克也。そこに走り込んできたヒナタがその膝を利用してジャンプすると克也の首を斬った。今度は右手に持つ無銘の脇差と左手の梅雪。目にも止まらぬ二連の斬撃。ぱくりと口を開けるように喉が切り裂かれる。

しかし、ここまではさっきの再現でしかない。最後の一撃が梅雪だけではなき脇差も使った二連切りになっているが、それをもってしても感染体までは届かなかった。しかしヒナタの目に諦念は浮かんでいない。


なぜならば……


切り払った残心に姿勢のまま降下していくヒナタの背中から躍り出るようにして出てきた影がある。その影はヒナタと同じように克也の体を利用して大きく跳びあがり、頂点に達した時に居合の姿勢を取っていた。


「朱雀流…………飛燕!」


そう呟いたカナタは、もう再生を始めている首の後ろ。延髄を意識して刀を振りぬいた。その頭の中では道場に通っていた頃の事を思い出しながら……最後にいつか見た夢でビンを断ち切るアマネ先輩の姿と自分を重ねて……


ひゅん!


桜花はカナタの意思を忠実に再現して、高めの風切音と共に克也の首を切り払った。


ゴン!


キン!


着地と同時に納刀する。残心もそこそこにカナタが克也を見上げた時、そこにあったはずの頭部はなかった。


「あら……」


「おう。目の前に飛んできたからついなー。」


呆気にとられたカナタに後詰していたアマネが一方を指した。そこにはかつて克也の頭部だった物がコンクリートの塀にめり込んでいた。いや、めり込んでいるように見えるだけでつぶれてるな、あれ。


「そんな事より、出来たな。飛燕。きれいだったぞー」


天音がカナタに向かってパチパチと拍手をする。夢中だったが何とかやれたようだ。やはり体は覚えているらしい。


「お兄ちゃん!よかった、間に合ってくれて!」


そう言いながらヒナタはカナタに飛びつくようにして抱き着いた。


「お、おいヒナタ。どうしたんだ?」


「むふー。お兄ちゃんが前に言ったじゃん。いつ死んじゃうかわかんないから思った事は言うようにしてるって。私もそうすることにしたんだ。今はね、久しぶりに甘えたい気分!」


そう言うヒナタは、慌てるカナタに構わず止めるつもりはないらしい。苦笑いしながらもヒナタの事を邪険にするつもりもないカナタは、片手でヒナタを支えた。そして克也だった物に意識を向ける。


首を飛ばされた克也の体はその時の姿勢のまま動きを止めていた。今はスバルとダイゴが動かないか確認している。


「ねえ、お兄ちゃん最後のあれなに?いつの間にあんな技覚えたの?なによ朱雀流って!」


その時を思い出したのか、ヒナタが立て続けに責めるような口調で聞いてきた。まるで浮気を咎められている彼氏みたいだなと思いながらふくれっ面のヒナタに説明を始めるカナタだった。



「へー。うちの道場で習ってる剣術って朱雀流っていうんだー」


真面目に通っていたヒナタも聞いていなかったらしい。


「おー。人を斬るためにある流派だからな。先生も広めるつもりはなかったらしいぞー。でもあそこで習った剣術は朱雀流が基礎だからなー、ヒナちゃんも名乗っていいんじゃないかー?」


「むー。朱雀流かー。お兄ちゃん今度さっきの教えてよ」


「分かったから、そろそろ降りないか?」


いまだにコアラ状態のヒナタにやんわりと言ったが、それについては華麗に無視される。それどころか……


「いーじゃん、誰が見てるわけでもなし」


などと言い出す。


「いや、みんながいるだろ、ほら」


そう言うと伊織や詩織。スバルとダイゴも生暖かい目で見ている。ヒナタはちょっとだけそっちに目をやったが、プイっと顔を逸らすと「問題なーし」と言うだけだった。





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