19-8
「くそっ!お前らは邪魔なんだよ!」
ヒナタが斬った喉から空気を漏らしながら叫ぶので、やや明瞭ではないが克也がそう言ったのを聞いて、ヒナタは慌てて振り返った。
そこには、散開するゆずと詩織、慌てて下がる喰代博士がいた。そして克也が今度の攻撃では無事だった腕をそこに向かって振り下ろした。
あんな雑な攻撃が当たるはずがない。ヒナタはそう信じてはいるが、ついい動きを止めて克也が振り下ろした腕を見つめてしまう。
タタタとライフルが連射される音がした。ゆずが克也の腕を避け、移動しながらライフルを撃っている。その逆側で克也が腕を振り下ろした事で起きた土煙の中から詩織が走り出てくるのが見えた。最初から離れた位置にいた喰代博士は距離を開けて様子を見ている。
「よかった……」
思わず言葉がもれた。心配しつつもゆず達を狙った克也の背後から斬りつけようかとしたのだが、本来の腕でないほう、後から生えてきた腕はヒナタの動きに合わせている。
やはりヒナタの攻撃には特に警戒しているようだ。
「それで、もっ!」
ヒナタはあえて斬りかかる。ゆず達のために隙を作らないといけないのだ。
右手の脇差と左手の梅雪を続けざまに振るうが、やはりヒナタを警戒している腕がしっかりとガードしてくる。それでも深くは踏み込まずに何度か攻撃することで、ゆずと詩織がこっち側にくる時間は稼いだ。喰代博士は大きく迂回して移動している。克也の方も脅威ではないとみているのか、今の所喰代博士を標的にすることはない。
「くそう……ちょこまかと。さっさと俺にやられればいいんだよ。雑魚が時間とらせんなよ!」
勝手な事を言いながら克也もヒナタ達の方に振り向いた。これで最初とは位置が逆になった事になった。
「ふふん」
喰代博士の位置を気にしながらゆずが鼻歌交じりに何かを取り出して、克也の方に投げつけた。それほど大きくもなく山なりに放り投げられたそれを、わずらわしそうに克也が腕で払おうとした。その時。
「ぐわあっ!目が、目がぁっ!」
ゆずが放ったのはフラッシュバン。激しい音と光発するスタングレネードとも言われる物だった。圧倒的な力に酔っている克也は無警戒にそれをくらってしまい、目を押さえて悶えだした。
「つまんない真似しやがって!雑魚のくせにっ……」
本来ならしばらく効力が続くのだが、そういったものの回復も早いのか目をこすりながらヒナタ達の居る所を睨みつける。
「はあっ!?」
そこには誰もいない。そういえば、わずかな間とはいえ目が見えない間に攻撃もなかった。そして視線を動かした克也が見た物は……
克也に背を向け、一目散に走るヒナタ達の姿だった。
一瞬ぽかんとするが、すぐに怒りの形相をむき出しにする。
「逃げるだとぉ?させるかよ!」
言うが早いか克也も走り出した。ゆっくりとしか動かない一次感染者とは違い、動きも早い克也はあっという間にヒナタ達との差を埋めてしまう。克也自身の運動能力は大したことが無いのだが、単純に大きいので一歩ごとに稼ぐ距離が段違いだ。
そして、それも想定内のヒナタ達は少しでも距離を稼ぐため、全力で走る。
めきっ
そのどこか不穏な音に、走りながら後ろに視線をやったヒナタは慌てて一緒に走るゆずと詩織に叫んだ。
「伏せて!」
ゆず達は、その声になぜかと確認することもなく、走る勢いもそのままに伏せる。いわばヘッドスライディングの形だ。
その頭のすぐ上を異様なうなりを上げて飛んで行ったものがあった。それはゆず達の先にあった割と太い気を数本なぎ倒してやっと止まった。それは道路わきに立っている交通標識だった。柱ごと引っこ抜かれてバットでも投げるように克也が投げた。
ちなみに標識は「一時停止」だった。
結果、標識に従って止まったヒナタ達は、再度克也と向き合う。
「詩織ちゃんどう?」
視線は克也に向けたまま、ヒナタが問う。詩織は付近を見回すと小さな声で返答する。
「欲を言えばもう少し先まで行きたかったですが……十分です。」
「よかった……あんな走ったの久しぶりだよ。今なら体育の持久走もそこまで辛くないかも」
詩織の返答にホッとした様子でヒナタがそう言うと、ゆずがそれに乗っかる。
「体育の時間は運動着だけだから、もっと記録は伸びてる。こんな鉄の塊持って走ることなんかない」
そういうとゆずはライフルの側面をポンポンと叩いた。
少しだけそう言い合いながら笑いあう。しかしそこにすぐに割り込んでくるものがある。
「どおしたのさ?もう逃げないのかなあ?今度は当ててみせるけどな」
そう言う克也は、一時停止と同じところにあったと思われる標識をもう一本抜いて持っている。生身のヒナタ達とは違い、息を切らしている事もない。
「ぷっ……」
だが、そんな克也を見てゆずが噴き出した。地の沸点が低い克也がそれにカチンときた顔をする。
「そこのお前ぇ!何がおかしい。さては恐ろしすぎておかしくなったかぁ?」
頭の横に指を持っていき、小馬鹿にしたように克也は言うが、ゆずはもうそれにはとりあわず真剣な顔で言った。
「お前の事を暗示していたからおかしかっただけ。もういい、お前はヒナタの障害そのものだ。ここで終わらせる」
言いながらゆずは後ろにまた走り出した。
「ああ!てめえ、また逃げ……」
走る途中で、喰代博士が差し出したへカートを受け取る。本来のポジションに向かっただけの事だ。
克也も幾度となく強力な弾丸を喰らっているため、軽くは見ていない。見ると詩織も距離を取って、弓を構えているし、その前にはヒナタが両手に刀を持って構えている。
「へっ。やる気かよ。これが最後だひなたぁ、俺の所に来ないならここで死ぬ事になるぞぉ!オアア!」
感情が昂っているのか、それとも感染のせいなのか。克也の呂律がだんだんおかしくなっている。
「最後に一言だけ言いたい!前から言いたかったんだけど…………気安く名前で呼ばないで」
「うがああぁぁっっ!」
ヒナタにしては珍しく、冷たい感じで言い放った言葉を聞いた克也は獣のような咆哮をあげる。そして、茂みに伏せながらそれを聞いたゆずの口角が少しあがるのだった。
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