19-8
「はぁっ!」
裂帛の気合と共に振りぬかれたヒナタの斬撃が、克也の右腕の先を斬り飛ばした。それを見てヒナタは思わず唇を噛んだ。本当は首を狙って振ったのだが、人の構造ではありえない動きをした克也が、首との間に右腕を滑り込ませたのだ。
もう幾度目になるだろうか……
これまで戦ってきて、克也に人格が残っているのは把握している。しかしそれ以外は感染者、いやマザーと戦っているような焦燥感をヒナタ達は覚えていた。
詩織やゆずが弓矢ライフルで援護射撃をして、隙を見つけてはヒナタが斬りこむというスタンスで攻撃を繰り返しているのだが、詩織やゆずの攻撃はマザーと同じように致命的なダメージを与える事ができないようだ。
しかし、威力でのけ反ったり、関節などに当てて機能をはたせない様にはできる。そこに本命のヒナタが致命の一撃を加える。
基本的にはそれでいいのだが、なまじ意識がある分ヒナタの攻撃だけは急所に至らないように克也が動く。ベースは感染者と同じなので延髄付近に寄生している感染体を斬れば勝負は決まる。克也もそれを分かっているので、腕だろうが頭だろうが犠牲にしてでも弱点部分を斬らせないのだ。
時間が経つにつれ、ヒナタ達の方が不利になっていく。感染者であるためか、またはそういうふうに改良されているのか克也は動いて息が上がるようなことがない。動きが鈍る事もない。はじめから同じコンディションで動いている。
対してヒナタ達は激しく動けば息も切れるし、時間が経つにつれてスタミナも消耗していく。
顔に出しこそしないが、ヒナタは焦っている。これまでに何回会心の攻撃をつぶされたか……
目的はこの先にあるし、この戦いも心情的に負けるわけにはいかない。避けて通る選択肢はないと言っていい。
ただ、決定力に欠けたままじりじりと時間が過ぎていっている。
「ヒナタ!このままじゃ……」
ゆず達が作った隙をついて、これ以上はないくらい鋭い斬撃を両腕を犠牲にして躱した克也が怯んだ隙に少しだけ下がって息を整えるヒナタに、同じく効果的な攻撃をするため、走り回りながら射撃をして息を切らしているゆずが話しかけた。
「わかってる……けど!」
克也は大きく攻撃をしないで、ひたすら防御に専念している。ほんの少し攻撃の感覚を開けただけだというのに、さっき斬り飛ばした両腕はもう手のひら付近まで復活している。
「このままではじり貧です。何か策を講じないと……」
矢を二本同時に放った詩織が近寄ってくるとそう言った。詩織も半分感染しているが、こちらは発症を止めているのであの驚異的な持久力もなければ、そこまでの治癒力もない。
あせった様子を見せるヒナタ達の姿を認めた克也がニイッと唇を歪めた。
「ねえ、ヒナタちゃあん。俺に逆らった事は水に流してあげるよ。俺は心が広いからね。だから、こんな無駄な事はしないでさ、俺の所においでよ。俺が守ってあげるからさあ」
生きていた頃とちっとも変わらないいやらしい笑みを浮かべた克也はそう言って、両手を広げる。
「わかっただろぉ!俺は最強なんだよ、だれも俺を止める事なんてできないのさ。そんな俺にふさわしいと言ってるんだよ?ちょっとはありがたく思ってほしいなぁ」
そう言うと何がおかしいのか声をあげて笑っている。
しかし今の所そんな克也の守りを崩すことができないでいる。それどころか時折無造作に振り回すような攻撃は感染者特有の怪力も加わって、一度でもまともに当たったら動けなくなるだろうと思わせる威力を感じさせる。特に接近しないと攻撃できないヒナタは背筋が凍るような思いをしたのは一度や二度ではない。
「手数が足りない……」
高らかに笑っている克也を悔しそうに睨みながらゆずがそうこぼした。詩織やゆずの攻撃は致命傷には至らなくてもダメージは通る。そこにヒナタが攻撃することで克也は腕なりなんなりを犠牲にしてようやくかわしている。そこにもう一度有効な攻撃をできれば一度で倒せなくてもダメージを蓄積させることはできそうに思える。
しかし現状の戦力ではそこができないのだ。無理してヒナタが追撃すれば克也が攻撃に出た場合避ける余裕はなくなる。そしてこっちは一回でも喰らったら瀕死とまではいかなくても大きいダメージを受ける事は間違いないだろう。
それゆえにこれまで攻めあぐねているのだから……
「ゆずさんの言う通りですが、これ以上踏み込んだ攻撃は危険です。あと何人かいれば状況は変わっていたと思うんですが……」
そう言う詩織もだいぶ悔しそうにしている。
「手数……か。それなら」
黙って聞いていたヒナタが何かを思いついたように顔を上げた。そして、二人に顔を寄せると小声で思いついたことを話す。
「なるほど、それがうまくいけばもう少しまとまった攻撃ができるかもしれませんね。幸いとは言いにくいですが、あの男はヒナタさんに執着しているようですし」
詩織の言葉にヒナタはすごく嫌そうな顔になっている。一方ゆずはずっと思案顔をしている。
「ゆずちゃんはどう思う?どっちみちこのまま同じことをしていても良くはならないよ?」
「それは分かってる。けど……ヒナタの危険度が高すぎる。もし捕まったらと思うと……」
そう言うとゆずは不安げにヒナタを見る。ヒナタはそんなゆずにあえて明るく言った。
「そこは私を信用して欲しいな。考えてみて?あんな人に捕まったら何されるかわかんないよ。そりゃー私も必死だよぉ」
あえて明るく振舞うヒナタにゆずはしょうがない奴だなといった視線を向ける。
「わかった。でももしヒナタが捕まったら私も突撃する。頭に飛びついて急所を噛みちぎってやるから」
そう言ってやや獰猛な雰囲気を発するゆずに、今度はヒナタが仕方ない奴だなぁと言わんばかりの顔になっていた。
そんな二人を見て、詩織は無性に伊織に会いたくなってきていた。
「相談は終わったかいヒナタちゃん?言っとくけど何をしても無駄だよ?あまり暴れられるとさぁ、間違って殺しちゃうかもしれないからおとなしく捕まってくれないかなぁ?」
あいかわらずの笑みを顔に張り付けたまま、そう言う克也の顔を精一杯の侮蔑を込めて睨み返す。
「行くよ、ゆずちゃん。詩織ちゃん。援護はお願いね?」
そう告げたヒナタは、これまでにない速度で克也との距離を詰めた。克也からしたら瞬間移動したと思われるくらいの速度だ。
それに怯んだ克也の顔に、轟音と共にはげしい衝撃が襲った。
ゆずが撃った後のへカートを喰代博士に返すと、かわりのM4を受け取る。そしてそれを撃ちながら克也との距離を詰めていく。喰代博士もゆずの後に続いて走っている。
頭部の左半分を吹き飛ばされた克也が、残ったほうの目でぎょろりと走り寄るゆずを捉えた。しかしその目に今度は矢が三本立て続けに刺さった。
「ぐうおおおっ!」
たまらずうめき声をあげ、おおきくのけぞった克也に肉薄したヒナタの持つ梅雪が振りぬかれた。
「ぎいひゅうううぅ」
のけ反った克也の喉を斬って反対側に着地したヒナタの後に克也の空気の抜けるような音が混じった唸り声が響いた。
着地してすぐに克也の後ろの方に走り出したヒナタは梅雪を見つめる。今のはタイミングはよかったのだが、短刀である梅雪では刃渡りが足りず、喉を斬るので精一杯だった。
やはり感染体に直接刃を届かせるには、後ろから斬る必要がある。そしてそれがどれだけ難しい事であるか……
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