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19-7

その男は、次々と侵入してくる感染者など興味はないという感じで、こちらを見ている。逆に感染者達も自分らに背中を見せて立っているその男に興味を示すものはいない。


「……あの男からも感染体の存在を感じます。あれも佐久間が作った……」


「いわば人工感染者ってとこかしら。解剖させてって言っても応じてくれそうにないわね」


詩織に続いて言った喰代博士の言葉は、気を紛らわせる冗談と思っていたが、表情はわりと本気で悔しそうに見える。


……解剖、してもいいよって言ったらほんとにするのかな?


と、一瞬本気でヒナタは考えて、頭を振って考えを追い出した。立ちはだかるのなら排除するしかない。気持ちを入れ替えて心を無にし、……て?


「ん?ヒナタどうした、大丈夫か?」


ゆずがヒナタの様子がおかしい事に気づいて声をかけるが、ヒナタから返事はない。ゆっくりと歩いてこちらに向かってくる男に目をやったまま、よく見ると小刻みに震えてすらいる。


「ヒナタ?」


ゆずがヒナタの肩に手を置くと、びくっ!と想像していないほど激しい反応を示した。そしてゆっくりと振り向いたヒナタの両目からは涙があふれていた。


「どうした、ヒナタ?しっかり!」


両肩を掴んで、ヒナタに語り掛けるが、ヒナタは瞳の焦点もあっていない。なんで……どうして……と消え入りそうな声でつぶやくばかりだ。


慌ててこっちに向かってくる男を見る。両肩が尋常じゃないくらい筋肉で盛り上がっている。それほど背は高くないが腕も足も筋肉ではちきれんばかりになっている。 当然そんな奴は見たことが無い。ヒナタはなんでここまで……と、そこでゆずの記憶を刺激するものがあった。

近づくにつれ、だんだんと見えて来た男の顔は醜悪な笑みを浮かべている。ゆずの記憶にある男とは似ても似つかない雰囲気と体格だ。ただ。その醜悪な顔だけはわずかに面影を残している。


ゆずは何も言わずヒナタを背中にかばった。そしてライフルを構えるとなんの躊躇もなく撃った。


いきなり射撃し始めたので、近くにいた詩織と喰代博士が慌てて耳を押さえてしゃがみ込んだ。

ゆずはそのままマガジンに入っているだけの弾を全部撃ち尽くすと、すばやく次のマガジンを入れるとコッキングレバーを操作して初弾を装填する。


ゆずの持つ銃は50口径のへカートⅡというライフルだ。人を撃つことを主目的にしていないそのライフルは対物狙撃銃というカテゴリーに入っている。それだけに飛距離も威力も凄まじいものがある。本来体格の小さなゆずが立ったまま撃てるようなライフルではない。

しかし、この時のゆずは怒りのためか普段発揮できないほどの力で撃ってみせた。


撃たれたほうはたまったものではない。本来なら……


ゆずの撃った弾丸は、立ったままの速射だったにもかかわらず全弾が命中し、そのほとんどが弱点の延髄を破壊できるコースで命中していた。実際に男は歩みを止め、身じろぎもしなくなっている。なにしろ首から肩にかけて大穴があいているのだから。


肩で息をしながらも、それでもゆずはスコープから目を離さない。拡大されてゆずが見ている光景は撃たれてえぐれた部分の筋肉が盛り上がって、組織を修復していたのだ。


「博士は下がって!詩織、博士と……ヒナタをお願い」


早口でそう言うと、素早く詩織は喰代博士をかばいながら後ろに下がる。そしてゆずの背中にいるヒナタに手を伸ばそうとした。


だがその手は途中で止まってしまう。なぜならば、ヒナタがみずから手で制したからだ。

勢いよく鼻をすすると、ヒナタはゆずに隣にならんだ。ぐしっと音をたてて袖で顔をぬぐうと、凛々しい顔つきに戻ったヒナタの顔がある。目と鼻が赤いのは見ない事にした。


「ごめん。いきなりだったから動揺した。ゆずちゃんのライフルの音で目が覚めた。ありがと」


そう言うと、右手で腰に下げた脇差を抜く。左手は腰の後ろに固定してある梅雪の柄を握っている。ヒナタがここまで

動揺したのには当然訳がある。本当をいえば、いまだに膝に力が入っていないくらいなのだ。


目の前には気味悪く蠢いて、ゆずに撃ち抜かれた部分が元通りになった男……かつてヒナタを悪辣な罠にはめて精神的に支配していた。ヒナタ自身は意識が朦朧としていて覚えていないのだが、至近距離で爆発に巻き込まれて死んだだろうと聞いていた。


「生きて……はいないかな。大倉克也君……キミとの因縁も終わらせてもらいます」


力のこもった声でそう言うと、左手の梅雪も力強く抜いた。しゃらんという鞘鳴りの音が、応援してくれている気がした。


「ヒナタ……無理しなくてもいい。あいつは私がハチの巣にする。二度とあの顔を見せないように粉微塵にしてやる!だから。ヒナタ……」


心配そうな顔でゆずはヒナタを見る。正直ヒナタに一番思い出させたくもない奴だ。その時の話題すらしないように全員が気を使っていた。


「く……どの面下げてっ!」


ヒナタに向けていた顔とはまるで違う、怒りと悔しさがないまぜになった表情で男を見る。すでにほとんど元通りの形になっているその男、克也を……


「ありがと……だいじょぶだよ、ゆずちゃん。これはきっと私にチャンスをくれたんだと思う。ほんとを言えば、私も未だに辛くて苦しい気持ちはあるよ。でも自分で断ち切らないといけないんだと思う。そしてその機会を与えてくれたんだよ」


そう言ったヒナタの顔は、やや不安気な顔の上に無理やり笑顔を貼り付けたような不自然な笑顔をしている。無理をしているのが一目でわかるくらいに……


それでもそう言えるヒナタを純粋に強いとゆずは思った。


「……わかった。でも辛くなったらすぐに言う事。以前とは違う。今は私が後ろにいる、忘れないで」


そう言うとゆずはライフルを構えたまま一歩下がった。ヒナタが接近戦を始めたらこの武器では援護も難しい。単純に威力がありすぎるし、でかくて反動も強い。本来は伏せて撃つようなライフルなのだから。

そう考えたゆずは喰代博士にへカートを預け、かわりに持っていてもらっていた№4の支給品であるM4コピーに持ち替えた。

これならば自分も動きながら援護射撃ができると考えたからだ。


「大倉克也君。君が何を考えていたか私にはわからない。でも君は私にとって障害になる。」


ヒナタの言った事が理解できたのかどうかは分からないが、克也はニヤリと笑った。その嫌らしい笑いだけは当時を思い出させて、足がすくんでしまう。ともすれば立ち止まってしまいそうになる自分の脚を叱咤してヒナタは克也に向かって歩くのだった。

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