19-3
建設工事の現場とそれ以外を区切って、関係者以外の進入禁止や工事で出る粉じんや残骸などの飛散防止のために立てる仮設の仮囲い。
鉄やアルミでできていて、きちんと補強すれば感染者の侵入防止には十分な役割を果たす。車輪のついた単管パイプで組んだゲートもあるので出入り口にはそれを設置する。今は全開になっているが両脇に歩哨は立っていて、通行する者の監視をしている。
今はそれが目視できるギリギリの所で建物の影から様子を伺っているところだ。
「あそこを抜けたら中心部や。いちおう庁舎や武器、食料の保管場所もあるから警戒も厳重になってくるで」
ゲートの方を見ながら伊織が二人にだけ聞こえる程度の音量で言った。
「お前二番隊なんだろー?顔パスとかじゃないのかー?」
そんな伊織を指で突っつきながらアマネが言うが、伊織は渋い顔をするだけだ。ここまで来た感じで、佐久間が手を回している事を感じているのだろう。一番外のゲートみたいに勢いで通る事はできそうにない。
「中心部だけ迂回するのは?」
カナタがそう提案してみたが、それにもいい顔をしなかった。
「ここまできて遠回りするのも意味がないと思う。それにオヤジが捕まっとるのは庁舎の裏の警察署や。助けんと人質にされたり、最悪……」
殺されるかもしれない。伊織はその言葉を口に出さずに飲み込んだ。口に出し実現してしまうのをおそれるように。
「そうか……人質はやりにくいな。じゃあまずは警察署に乗り込んで伊織ちゃんのオヤジさんを救出するってことか」
カナタが言うと伊織は遠慮がちにうなづいた。身内の事なので気が引けてるのだろう。
「あとはどうやってそこまで行くかだなー……」
さすがのアマネも腕を組んで考え込んだ。仮囲いで囲まれていて入り口は一か所のゲート。そこには見張りがいて、見つかるとかなり動きにくくなる。
「あんな、ウチに考えがあんねん」
そこで伊織が顔を寄せてきてそう言った。その顔はいたずらでもするような笑みがうかんでいる。
「ほー、よくこんなとこ知ってたなー」
目的の場所に案内した伊織の横でアマネが感心している。ここはゲートから少し離れた仮囲いの外周部分。見つからないように隠れながら来てみると、アルミと鉄でできている仮囲いの下の土がえぐれていて通り抜けれるくらいになっている。
「以前アイドルの真似事させられていた時にみつけたんや。休憩してたら子供がここを抜けて遊びに行ってた。」
「ああ、子供が……」
いつの時代も子供はこう言った所を見つけるのがうまいようだ。おそらく外構工事の時に何かの目的で掘った後と思われる。埋戻していたけど時間が経って地面が締まって、元の地面との差が出来たんだろう。
少しきついがカナタでも十分に通り抜けられそうだ。
感心していると、伊織もアマネもじっと自分を見つめている事に気づく。
「何、どうしたの?」
少したじろぎながらカナタが訊ねると、伊織が手で先に行けと示す。
「え?別にいいけど……この先の事知らないから伊織ちゃんが確認したほうが……」
そう言いかけると、予想もしていないくらい睨まれる。なんで睨まれるのかわからず引いていると、伊織が少し顔を赤らめながら言った。
「…………くやろ」
「え?」
「のぞくやろ」
「何を?」
そう言ってようやく気付く。仮囲いの下のくぼみを通り抜けようとしたら、四つん這いになる必要がある。伊織もアマネもスカートをはいているし、まあまあ短い。
それは分かったが……
「いや、覗かないよ!」
慌ててそれを否定するが疑わしそうな視線は消えない。むしろ強くなっている。
「かなちん……これまでの自分の行動をよく考えてみなー。」
そう言われて考えてみる。
「冤罪だ!」
そう主張したが聞き入れてもらう事はできなかった。別に先に行くのはなんでもないが……納得がいかない!
結局カナタが先に行く事になった。そうをしないとのぞきたいと思われるからだ。
道理で階段とかでやたら気にする仕草を目にするわけだよちくしょう!
気を取り直して、仮囲いをくぐると何かの建物の駐車場のようだった。道路からは裏手だし、見える範囲に人影はない。
「んしょっと」
そう言って伊織もくぐってくる。
「ここはもともと市民センターやったとこや。イベントで来た事あんねん。」
服の汚れをパンパンと払いながら伊織が言った。そのイベントの休憩中にここを見かけたのか。そうしているとアマネもくぐってきて移動を再開する。
伊織が言うには警察署はもうすぐそこらしい。実際に駐車場から通りに出ると50mほど先にそれらしい建物がある。
「お、あれかー?」
アマネが言うと、伊織は黙って頷いた。緊張しているのがわかる。あまり硬くなるのも良くないのだが、と思っているとアマネがチラチラとカナタの方を見ていた。
「かなちん、緊張をほぐすためにいつもみたいに盛大にスカートめくりでもしたらどーだ?」
アマネがそんな事を言うので、バッと伊織がスカートを押さえた。
「やった事ないでしょうが!風評被害拡げんでください!」
けらけらと笑うアマネにそう言ったが、しばらく伊織の警戒がとける事はなかった。その横でがっくりとカナタは肩を落とす。
緊張はほぐれたかもしれないけど自分の尊厳が崩れていく音を聞こえる気がする……
肩を落としたまま警察署の門扉に手をかける。カギはかかってないようで、押すとキイッという音を立てて門扉が開いた。
それと同時にこめかみの所に固いものをごりっと押しつけられた。
「動くな」
低い声でそう言われ、カナタはその場で両手をあげる。どうやらコンクリート製の門の柱の陰に隠れていたらしい。
「え、お巡りさん?」
横目で相手を見ると、警察の制服を着ている。コピーとはいえ様々な銃器が流通している今、少し懐かしさを感じるリボルバーを両手で持ってカナタの頭に向けている。
「あ、あの。俺たち怪しい者じゃ……」
「警察署に無断で侵入しようとしておいて、怪しくないだと?」
その警官が冷たい口調でカナタの言葉をさえぎった。そうしているとさらに三人ほどの警官が姿を現した。みな銃を構えている。
「おいおい物騒だなー。市民に対していきなり銃をつきつけるのかー?」
カナタの後ろからそう言いながらアマネが姿を見せる。するとアマネの方に2名の警官が素早く狙いをかえた。
伊織はまだ、門柱に隠れている。
「黙れ!市民には署には進入禁止が通達されている。つまり侵入しようとして時点で貴様らは不審者というわけだ。」
一番年かさの警官がそう言った。よく見ると周りはほとんどが若い警官ばかりだ。拳銃を構えてはいるがどこか申し訳なさそうな雰囲気も透けて見える。
「ほーん。その侵入禁止の原因はここに捕まっとる人のせいなんか?」
そこで伊織がそう言いながら姿を見せると、年かさの警官の目が丸く見開かれる。
「お、お前!おい、こいつは手配されているやつだ。早く捕らえろ!何やっている!」
年かさの警官は周りの若手警官に向けて怒鳴るように言うが、若手警官の中から積極的に動こうとする者はいなかった。
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