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18-9

「準備はいいかー。いくぞー」


声を潜めてアマネ先輩が先頭に立って言った。周りは薄暗く、人も輪郭くらいしかわからない。夕方と夜の境。逢魔が時っていったっけ。ライトをつけても微妙に見えづらくて事故なんかも多い時間帯だ。


アマネ先輩と伊織ちゃんが先頭に立って、俺がとヒナタが即席で作った担架で詩織ちゃんを運んでいる。その後ろに喰代博士がいて、殿がゆずだ。


アマネ先輩がゲートの方を窺っている。感染者の声と戦闘の音からまだまだ感染者は攻め寄せているようだ。少し途切れて、かつ手薄な時に突入する。タイミングはアマネ先輩に任せてある。


「あの感染者がもう少し近づいたら………………今!」


アマネ先輩の号令で一気に走り出す。ゲートまではおよそ30m。障害は……なし。時折後ろを気にして調整しながらアマネ先輩は走っている。人間という物は思っているより重たい。担架みたいな物で運ぶ時には頭側が特に重いのだ。まあ乗ってるのが詩織ちゃんなので、重いなんて事は口が裂けても言えないんだけど。


半分ほど走った頃、ようやくゲート側の守備隊がこっちに気づいた。何か言っているようだが、ここまでは届かない。やがてこっちにライトが向けられた時に伊織ちゃんが叫んだ。


「二番隊の藤堂や!道を開けてくれ。けが人や、妹がやばいねん!」


演技とは思えないほど悲壮な感じをだしつつ走る。制止しようとする声も聞こえるが、止まるつもりはない。


「誰かおらんか、医者は!二番隊の藤堂や!同じく二番隊の藤堂詩織が負傷した。医者はおらんかあ!」


伊織ちゃんが叫ぶ。医師などいない事は分かっている。貴重な人材である医師をこんな前線に配置するわけがないし、確認もしている。


「止まれ!検めさせてもらう。おい!」


ゲートの方から男が一人部下らしき者を伴って走ってくる。その間にもできるだけゲートに近づく。


「二番隊と言ったな!証明できるものは?」


男が伊織ちゃんに話しかけた。部下らしき男は数歩下がってライフルを構えている。まあまあの練度に見えるな。


「ほら、二番隊の徽章や。これが詩織の分。急いでんねん。一刻も早く医者に診せたらないかんのや」


伊織ちゃんが用意していた徽章を男に示す。男は部隊の隊長のようで徽章を確認すると、ぐいとアマネ先輩を押しのけ、詩織ちゃんを寝かせている担架に近寄った。


「これは……斬り傷か。感染者によるケガではないな。」


「うう……」


軽く隊長が触れると詩織ちゃんは苦しそうに声を上げた。この二人女優みたいなこともしてたのかな。違和感がない。


「なにがあった?」


「任務で№4の連中と合同で動いとった帰りに襲われたんや。たぶん略奪が目当てやったと思う。こっちも必死で応戦して追い返したからな。もうええか?わかるやろ、急いでんねん!」


声にいら立ちを含ませて伊織が男隊長に言う。まじで演技とはとても思えないな。

感心していると隊長が苦い物でも噛んだかのような顔をしているのに気づいた。視線は詩織ちゃんと伊織ちゃんの間をせわしなく行き来している。この様子では俺たちに気を配る余裕はないだろう。だからってアマネ先輩……俺に向かって周りに分からないように変顔するのやめてください。鬼かあんたは!


「すまないが、今都市に入れる訳にはいかないんだ。俺にも理由はわからんのだが、何者も入れるなと通達があった。例え都市に住まう住民でも守備隊の一員であっても例外はない。と……」


隊長は苦虫を噛んで飲み下すような表情をしている。よく見るとゲートの周りに張ってある簡易的なテントには寝かされている隊員の姿がある。それもかなりの数だ。


「出入りを制限するなんて!ひっきりなしに感染者が押し寄せてきているのに!」


「ん?君は……」


あまりの事につい口に出してしまった。


「あ、ああ。僕は都市の外に住んでる者です。その……感染者に襲われていた所を藤堂さん達に助けてもらいまして。ケガをされたんで運ぶのを手伝っていたんですよ。ハハ」


「そうか、それは大変だったね。都市がもう少し避難民を受け入れる余裕があればいいんだが」


隊長はカナタの話を聞いて沈痛な顔をした。№3にも彼のようなまともな守備隊もいるらしい。


「しかし命令は絶対だ。もし君たちを入れてしまえば他の者も入れないわけにはいかなくなる。そのせいで都市に住む住民に危険が及ぶような事になるわけにはいかないのでね」


「真面目な……いい隊長さんだなぁ。きっと部下にも慕われているんだろうな。」


少し離れて様子を見ていたヒナタがこぼす。


「そして悪い事考える奴らからは疎まれるんだぜー。もしかしたら封鎖の原因は彼にもあるのかもなー」


ヒナタの横に立ち都市のゲートを睨みながらアマネは言った。気配を感じるので、今もどうやら監視がいるようだ。


不自然にならないように視線を戻す。隊長はカナタと何か話しているようだが、伊織は焦りが見え始めている。

この様子ではどこのゲートも固く閉ざされているだろう。感染者が押し寄せてきているここが一番手薄なのは確かなのだ。しかしあの隊長は決して命令に背くことはないと思える。もし無理に通ろうとして争いになったらあの隊長を斬らなくてはならない状況になるかもしれない。


「なー隊長さん。」


とことこと歩きながらアマネが隊長に話しかけるのをぎょっとした顔で伊織が見ている。アマネが口を開く予定はなかったのだ。


「わりーな、いおりん。このままじゃいつまでたっても進まないし、隊長さんとも敵対したくないしなー」


アマネがそう言った事で、隊長が位置を調整したのがわかった。そっと腰の拳銃に手も添えられている。


「まずはこちらに敵対の意思はない。それを前提に考えてくれなー。」


「しかし私と敵対する可能性はあるのだろう?」


「うーん。例えば私たちがゲートを通してくれって言ったらどうする?」


「さっきも言っただろう。我々は何者も通すなと命令を受けている。通せるわけがない」


「その命令がちゃんとした指揮系統を通ってきていなくてもかー?」


アマネが言った言葉に隊長はほんの少し体をこわばらせた。


「……われわれは部隊で、どういう流れだろうが命令は命令だ。それ以上も以下もない」


「やっぱり頭かてーな。隊長さんの存在が煙たい連中はたくさんいるだろーなー」


「何が言いたい?」


「隊長さんみたいなのを煙たい奴らのトップを私たちはぶっとばそうとしてんだ。だから通してくんないかなー」


「………………」


隊長はとんでもない事を真顔で言うアマネの顔をじっと見ている。


「彼女に言う事は本当です」


「君は…………そう言う事か。」


詩織が寝転んだ体勢のまま声を潜めて隊長に話しかけた。けが人と思っていた詩織に話しかけられた隊長は一瞬驚いたようだが、すぐに状況を理解したようだ。


「少なくとも藤堂が……父が代表だった事はこう言う事はなかったはずです。違いますか?」


「………………」


静かに問いかける詩織に隊長は口をつぐんでしまった。


「……何をする気だ?」


絞り出すように隊長は聞いてきた。きっと胸の中で様々な葛藤と戦っているんだろう。


「そこの人が言うように中に入りたいだけです。後の事は隊長さんは知らないほうが逆にいいかと。住民に被害を与える気も都市に不利益をあたえるつもりもありません」


「それをどう証明する?私は何を信じればいい?」


隊長さんの口調が初めて乱れた。揺れているようだ。


「カナタさん、アマネさん。ちょっといいですか?」


そんな隊長をしばらくじっと見つめた詩織がカナタとアマネを呼ぶ。二人が詩織に近づくと小声で何か話した。


「……いいのか?大丈夫なんだよね?」


繰り返し確認するカナタに詩織は周囲に分からないように微笑んだ。


「少し付き合ってもらえませんか?もしかしたら証明ってやつに代わる物をみせれるかもしれません」


カナタが隊長に近寄りそう告げた。隊長はしばし声もでなかった。意識の外から一瞬で詰められた間合い。さらにいつの間にか腰の桜花の鯉口を切っている。

そしてその目が断ればここで斬り合う事も辞さない事を語っていた。


「ふっ……断るという選択肢はなさそうだ。しかし持ち場をあまり離れる事はできんぞ」


「心配ないですよ。ほんのそこまでです」


カナタは近所のコンビニにでも行くような気軽な感じで言うと、さっさと歩き始めていた。後ろにはいつの間にかアマネが立っている。


知らないうちに肩に入っていた力を抜くと、隊長はカナタの後に続いて歩き出した。

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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