18-8
軽く踏み込むと、お互いの右腕が動いた。
「じゃ~んけ~ん、ぽん!」
伊織はグー。詩織はチョキだった。詩織が頭を抱えてその場にうずくまった。伊織は両手を天に向かって伸ばしている。
「なんなんだこれ……」 「ハハ…………」
スバルが呆れた声を出す横ではダイゴが苦笑いをしている。
「そんなにいやか?え、服がだめになるのが嫌なの?」
理解できないと言うか顔でカナタが言うが、それを聞いた伊織が食って掛かった。
「嫌に決まっとるやないか!。こんな服なんかどーでもいいねん。重体の人間のふりをするなんて苦痛すぎるわ」
プリプリと怒った伊織はそのままいまだ地面に両手をついている詩織の元に歩いて行った。
「でもアイデア出したのそっちじゃないか……」
つまりはこうである。
伊織と詩織は紛れもなく№3の人間で、地方のアイドルみたいなことをやっていたので、知名度はそこそこあるはず。だからどちらかが大けがをしたふりをして、どさくさ紛れにゲートを通ってしまおうという作戦だ。ちなみにカナタ達は知り合いの避難民で、けがをしたこの場合詩織を運ぶ役だ。
「ふふ、じゃあ詩織さん、そこで洋服を脱いでちょうだい」
喰代博士が微笑みを浮かべたまま指示をしている。渋々ながら、詩織がヒナタと一緒に茂みの中に入って行った。
しばらくすると、洋服だけ持ってヒナタが出てくると、低木に拡げて引っ掛けた。人が立っているような形だ。
「なーんか、あんまりいい気分じゃないな」
腰の桜花の柄に手をかけたまま、そこにカナタがやってくる。
「お兄ちゃん早く!詩織ちゃんが半裸で待ってるんだから!」
「言い方!ますます変な気分になるじゃないか」
「もう!いいから早く斬って!」
そう言ってヒナタはカナタの背を押して、洋服を掛けた低木の前に立つ。
「はあ……」
ため息をついて、カナタは抜刀した。次の瞬間、袈裟懸けに刀を振るう。
掛けてあった洋服の右の首元から入って、左の脇腹まで裂けた。人が着ているとしたら、間違いなく重傷だろう。
「ありがと!じゃ離れて、ほら!」
まるで犬猫を追い払うような仕草だ。決して兄に向かってやっていい仕草ではないとおもうんだが……
それからごそごそと音がしていたが、一行に出てこない。どうしたんだろうと思い始めた頃二人はようやく茂みの中から姿を現した。
最初ヒナタが出てきたが、なぜだろうやたら睨まれている気がする……
それから詩織ちゃんが姿を見せた。顔を真っ赤に染めて、上着を両側から抑えて斬った部分が見えないように……
「あ……」
それを見たカナタはしまったと思った。もう少し考えて斬ればよかったと思ったが、もう遅い。思い切り斜めに走った切断の跡は、身に着けた時に抑えてないと下着を露わにしてしまうものだった。ケガをしたという設定上傷は見えたほうがいい。というか、確実に確認されるだろう。
その間詩織ちゃんは碌に動けないだろうから、切断面の隙間からとはいえ下着をさらすことになってしまう。
「お兄ちゃんのえっち……」
スッと近づいたヒナタがぽそっと呟いた。
「まって!わざとじゃないから……」
しかし弁明は受け入れてもらえず、帰ってきたのは極寒の視線だった……
「はい、詩織ちゃんそこに寝てくれる?血糊を塗っていくわね……あらやだ。……カナタ君ちょっと」
何かを調合して血糊を作っていた喰代博士がそれを詩織ちゃんに塗ろうとして止まった。何かまずい事でもあったのか……そう考えていると、これまた抑揚のない低音で呼ばれた。
「……はあい。」
寝かされている詩織ちゃんのほうは極力見ないようにして喰代博士の元に行く。よし、ここなら博士が壁になって詩織ちゃんは見えない。
「カナタ君?アレを見てちょうだい」
せっかく見えない位置を選んできたというのに、喰代博士が場所を譲った。しかも見ろと言われたので恐る恐るみると、寝ているしおりちゃんと斜めに裂かれた洋服が見える。
しかも抑えてもいないので、下着と白い肌が隙間から見えていて、大変よろしくない。
すぐに体ごと視線を逸らして喰代博士の方を向くと、博士は少し怒ったように言った。
「胸の部分を斬ったら傷跡がごまかせないでしょ?それにあんな斬り方だったら下着も斬れていないとおかしいじゃない。もしかして斬りたいの?」
喰代博士の問いに激しく首を振って否定する。っていうか何てこと聞くんだこの人は……。さっきから伊織ちゃんとヒナタの視線が痛いというのに。あ、ゆずも見てるな……俺の周りの気温はもう氷点下ですよ!
「あの、博士……もしできたらやり直しとか……今の部分は体にはギリ届かなかった事にして、お腹辺りに横にいれなおすんで……」
そう言ってみると、周りの温度がまた一段と低くなった気がした。
「何、まだ斬りたりないの?もしかして……詩織ちゃんが恥ずかしがってるのを見て……」
「お兄ちゃんのえっち……」
「がるるるるるぅ」
止めてください、博士そういう趣味みたいに言うのはやめて!お腹辺りに比較的マシな部分を斬って、上着を羽織って隠せばいいと思ったんですよ!
ヒナタもそんな目で見ないで。それは家族に向けちゃいけない目だって!伊織ちゃん威嚇をやめて、人間側に戻ってきて!
ちなみにスバルとアマネ先輩は少し離れた所で爆笑中。ダイゴは困ったような顔で見ているが止めに入る気はなさそうだ。そして、少し離れて様子を見ていたゆずも歩いて来て伊織の横に並んだ。
そして詩織ちゃんの状態をしばらく見ると、おもむろに言い出した。
「そういうのがカナタ君の性癖なら、私は甘んじて受け入れる。詩織ちゃんの服を斬るまでもない。さあ!」
「え?」
「ん?」
「やめなさい、何を言い出してんだ!性癖とか言うな。さあ!じゃないんだよ。ほら、ヒナタと伊織ちゃんがぽかんとしてるだろ!もう」
なんなのこのカオス空間!
結局アマネ先輩がいい塩梅の所を斬って偽装してた。おれの心理的ダメージを誰か癒してほしい……
そう言って落ち込むカナタの肩をポンと叩いてダイゴが慰めている。
「いいかー、ゲートをくぐったら敵地だ。気を引き締めていくぞー。」
そう言うアマネ先輩の気が引き締まっているようには聞こえないんですが……
ここはゲートにほど近い無人のお宅の庭だ。周りを高いブロック塀で囲われているために外から見られる恐れはない。家の方は埃などの状態から誰も訪れていない事は確認されている。都市から近いので物資の回収も終わっているだろう。
言ってしまえばラストダンジョン前の最後のセーフエリアといったところか。セーブポイントがあればなおよかったんだが。
庭に置いたままになっているバーベキュー用の折り畳みテーブルには藤堂姉妹の書いた簡単な地図がある。目指す佐久間がいるであろう倉庫は都市の北の端、瀬戸内海に面した港湾部にある。近くのゲートは都市の南西部に位置しているので距離はけっこうある。
「ゲートをくぐったら一度ばらけて向かった方がいいと思う。もしゲートで不審に思われて手配されていたら面倒だから。できれば二組で伊織ちゃんと詩織ちゃんには道案内を頼みたい。もしはぐれてしまったら、合流場所は港湾部に入ってすぐの所にある海浜公園だ。んで、目的地は三階建ての倉庫。情報は常に共有していこう。あと一時間もしたら日が暮れてきて人の顔の識別も難しくなるから、日暮れと共に突入する。全員インカムの電源を入れてチャンネルの確認。{俺の声が聞こえますか}聞こえなかった人は……いないですね。他何かないですか先輩?」
「んー、だいじょぶだろ。うん、かなちんもリーダーっぽくなっておねえさんは嬉しいぞー。」
そう言ってアマネはカナタの頭をポンポンと撫でた。周りから微かに笑い声が聞こえる。いい感じに緊張はほぐれてるみたいだ。ちなみに突入メンバーは、藤堂姉妹に剣崎兄妹。アマネ先輩とゆずに喰代博士。スバルとダイゴはこの近辺で退路の確保だ。あとは白蓮さんも本人の強い希望でここに残る事になった。全員で突っ込んで全員捕まったらただのアホだからな。
日暮れまであと一時間、あとは勢いで行くしかない!
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