18-7
「戻ったで。やっぱり守備隊の使ってる倉庫の一つを勝手に使ってるみたいやな。一つだけ名義が三重になっとる倉庫があったわ」
そう言いながら藤堂姉妹も戻ってきた。カナタが気を失っている間、№3内部の情報を集めにそれぞれ動いていたのだ。
そして一軒の倉庫に目星をつけた。ヒナタが集めてきた情報でも守備隊の倉庫を私物化しているという事だったから、もう間違いはないだろう。
後はスバルとダイゴが戻ってくるのを待つばかりだ。
スバルとダイゴは喰代博士を迎えに行っている。カナタ達と共に来たが、身を守る術をもたない喰代博士には安全な民家を見つけて隠れてもらっていた。
「最近特にその倉庫の周りでの佐久間やその周りの連中の目撃情報が多いらしいからな。間違いないで」
そう言うと伊織は自分の手のひらに拳を打ち付けた。伊織達の父親、藤堂元代表は佐久間の手の内にある。伊織達にとっては佐久間を討ち、都市を正しく運営できるようにする事も大事だが、身内である父親の救出も同じくらい大事な事なのだ。気合いも入ろうと言うものである。
その隣で詩織も小さく手を上げた。
「あの…もう一つあります。その倉庫から感染した人の気配を感じました。それも複数……そしてその中には感じた事のある気配もありました。二つ……さっきの烏間と、夏芽です」
険しい顔の詩織は少しだけ言いよどんだがはっきりと言った。聞いていなかったのか、隣にいた伊織も驚いた顔をしている。
「夏芽って、かなちんが首を飛ばした女の子だろ?間違いないのか?」
確認するように聞くアマネに詩織ははっきりと頷く。
「ふぅ。首を斬っても死なないなら、どこを斬ればいいのか迷うなー。かなちんどう思う?」
アマネは疲れたようにこぼすと、カナタに投げてきた。
「それについては説明できますよ」
答えなど出そうにない問いに、返事に困っているカナタに代わり、にっこりと笑いながらそう言ったのは、喰代博士だった。
博士の後ろからはスバルとダイゴもやってきた。途中で一緒になったのかゆずの姿もある。
全員が揃うのを待ってから喰代博士が口を開いた。
「階さんの事は聞きました。その事について、まずはみなさんにお詫びを言わないといけません」
いきなり思ってもいなかった事を喰代博士は言い出した。
「いや、お詫びって……博士に責任のあるようなものでもないし、あんなの想像もできなくて当然ですよ」
カナタがそう言ったが喰代は首を振った。
「まずはこの映像を……」
そう言って喰代がタブレットに画像を表示させてみんなに見せる。白黒の、一見なんだか分からない画像だが、ヒナタが先に気づいて声を上げた。
「これは……誰かのX線写真ですか?」
「そうです。それはこの前まで農家に潜伏していた時に撮った階さんの写真です。実はあそこの農家の入り口にはX線透視のカメラを取り付けてました。出入りする人が感染していないかわかるように……というつもりでしたが、見ていただければわかるように、この時点での階さんの首のところに感染体は確認できませんでした。この時は……」
「これがどうかしたんですか?……」
さっぱり理解できませんという顔でスバルが先を促す。
「あとで階さんが偽物だったという話を聞き、もう一度よく確認してみたんです。すると……ここを見てください」
そう言って喰代が画像の一点を指す。
「ん?これは…」
「あー、いるなー」
そこには非常に小さい感染体が張り付いていた。延髄に食い込むように張り付いているので、正面を向いていると頭蓋骨で覆われてしまい見えにくくなる。それくらいの大きさだ。
画像は農家の入り口を通る時に頭を打たないようにしているのか、頭を下げた時のものだ。
「連続写真のうちの一枚です。そしてこれが他の感染者の画像です。見比べると通常の感染体の十分の一程度しかありません。」
そう言うと喰代博士は、さらに別の画像がプリントされた資料を取り出して横に並べた。
「十分の一!見比べても見落としそうだよな?」
大きさに驚いたスバルが隣のダイゴに話しかけている。しかし当のダイゴの表情は険しい。ダイゴは食い入るように階の物という画像を食い入るように見つめていた。
「喰代博士、僕もこれまでの感染者のデータは拝見してきました。たまたまでしょうか、僕が見てきた感染体の大きさはみな一様だった気がするんですが……」
険しい顔のまま喰代博士に尋ねるダイゴ。真面目にもダイゴはこれまで博士がまとめてきた資料をきちんと見ていたらしい。喰代博士は出来の良い生徒を見るような目でダイゴを見た。
「ダイゴさんの指摘した通りです。恐らくですが、これは幼生体ではないかと……感染体は体を巡り延髄に辿り着きます。そこで延髄に着床すると成長を始めます。これは着床してすぐ人為的に取り出したものかと」
「でも私、それこそあの農家で着替える時に階さんの背中見たことあるけど、きれいやったで?それこそ傷一つないっちゅうやつや。手術跡なんて……」
当時を思い出しながら伊織が言う。それに対しても喰代博士は即座に答えた。
「お忘れですか?感染者の異常な治癒力を」
「あ…………」
「手術跡まで消えてしまうのかー。これ、使い方によっては生かす方に使うにも殺すほうに使うにもとんでもないシロモンだなー」
ハッとする伊織の隣でアマネが呆れたような声をあげた。
「そうです、どっちの目的に使うにしても、もし完全に制御することができたら……これを巡って戦争が起きても不思議ではありません。それくらいのものですよ」
確かに、治癒に使うとしても四肢の欠損さえ即座に生えてくるくらいだ。下手したら死にさえしなければ大丈夫という事になる。
もちろん攻撃に使うなら感染者を旅行と称して送り込んで相手国で発症するようにしたらそれだけで大パニックだ。しかもあとは勝手に増えていく。あるいは捕虜を感染させて返すとか、少し考えただけでもいくつも使いようは浮かぶ。
「あ~、まったく聞けば聞くほどとんでもないものがあるもんだ。いったいなんなんですかね、この感染体って」
嫌そうな顔のカナタが聞くが、喰代博士は首を振った。
「それはある程度落ち着いてから考える事なんでしょうね。まあ、ともかく私が言いたいのは階さんの偽物があのサイズの感染体なら夏芽という女の子もそうだったのではないかという事です。通常の感染者なら首を落とせば一緒に斬れますが、これだけ小さければ一度で当てるの難しいのでは?」
「こりゃ、斬る位置の練習もしとかないといけないかな」
苦笑いしながらそう言うしかなかった。だが現実はもっと厳しかった。喰代博士曰く、延髄のどこに着床するかは決まっていないようだと。延髄を丸ごと破壊できるよう武器ならいいが、刀など鋭い武器は直撃させる事は難しいと考えておいたほうがよさそうだ。
「まぁ、理由がわかっただけでもいいか。これを踏まえて行動するしかない」
カナタがまとめるようにそう言うが、それぞれ資料に目を落とすみんなの表情は固いものだった……
「おう、おるおる元気にやってきてるわ」
隠れるようにして移動してきて、伊織が単眼鏡で見ているのは№3のゲート付近だ。絶賛感染者に襲撃されている。いまだに戦いは続いているようだ。
「門からの攻撃がへぼすぎるのが原因やな。一体動きを止めるのに時間がかかっているから、その個体が騒いで近隣の感染者も呼んどる。一類感染者がほとんどみたいやけど一類は死体が残るのが厄介やからなぁ」
嫌そうな顔で伊織は言った。二類以降の感染者は倒すと溶けてなくなるが、一類感染者はそこにご遺体が残るのだ。当然臭いはきついし、重なればそれを昇って後続がバリケードを越えてくる場合もあるから厄介なのだ。
「よし、じゃあやるか」
そう言うと伊織と詩織が相対して見つめ合う。殺気こそないが、二人とも真剣な表情だ。
やがて……場に緊張が張りつめた瞬間、二人は同時に動いた。
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