18-6
あ、れ?ここ、道場じゃん。夢見てるのかな?
師匠がヒナタの素振りを見てやってる。はは、真面目な顔でやってら。えっと、俺は何を……してたんだっけ。
「かなちん、今日の課題はこれだ。」
肩を掴んで無理やり振り向かせられる。たぶん俺はしぶい顔をしているんだろう。アマネ先輩の言う課題というのは、かなり無茶苦茶なもので、やれ木刀で厚い板を貫通しろだの、相手に分身してとおもわせろだのどこのバトル漫画だというような要求をしてくるのだ。
それでいてできないとかなりつらい稽古をさせられる。きっと俺をいじって楽しんでいるんだろう。
……当時はそう思っていたな。
そんな俺の思考などお構いなく、夢のアマネ先輩が言った課題は、居合だった。居合は得意なほうだけど、また無茶な事を言うんだろうなぁ。
「今日はかなちんの得意な居合の技を教えてやる。」
そう言うとすたすたと歩いて道場の端の方へ行く。そこには腰より少し高いくらいの台が置いてあり、五本ほどのジュースの空きビンが立ててある。
「こう、居合の構えをとるだろー。そんで…………こう」
気合どころか、あまり力も入っているように見えないアマネ先輩の居合は、抜いたのがほとんど見えなかった。
手と体がぶれたと思ったと同時に、ビンに当たった音がした。
「すげぇ……」
夢の中の俺もぽかんとしているが、見ている方の俺も同じ顔をしていると思う。
しばしの残心の後、振り返ったアマネ先輩は大層などや顔だった。
「これくらいできないと、居合が得意なんて言えないぞー。さあ、やってみようかー」
そう言うとアマネ先輩は夢に中の俺に場所を開ける。その場に立ってみて気づいたのだが、アマネ先輩が狙ったビンは上半分を斬られていた。それほどの威力で当てたのに、下半分は微動だにしていない。
「それ接着剤かなんかで固定してないっすか?いくらなんでも……固定してないっすね……いやいやいや」
無理だという俺の言葉など、アマネ先輩は聞く耳を持たない。
「いいかー、かなちん。コツは腕だけで斬らない事だ。まず始めはそこからだ。」
アマネ先輩が逃げ出そうとした俺を捕まえてやり方を教えているが、到底やれそうもない事を言っている。きっとこの後、地獄の鍛錬という名のしごきがあったんだろうなぁ。覚えてないけど。ていうか、アマネ先輩が見せたあの技も記憶にない、絶対に初見だと思う。
夢の中まで理不尽なんだから先輩は……
「無理ですって……あれ、ここは。」
目を開くと真っ赤に染まった空が見えた。夕焼け、きれいだなー。
現実逃避をすることしばし。まずは確認しないといけない事がいくつかある。まずはここがどこかということ……だが、視線を動かすだけですぐに分かった。さっきまでニセキザさんと交戦していた場所の近くだ。
後は……道場にいたところは夢だ多分。
そして、もっとも目を逸らせていた部分。現状俺の頭の下には暖かくて柔らかい感触が。
「お、気づいたかー?けがは大したことないぞー。あの烏間ってバケモン、尋常な力じゃなかったからなー。かなちん最後自分で跳んだだろ?その後に振り下ろされたあいつの攻撃の衝撃ですっとんじまったんだ。……その、ごめんな、キザさんに化けていた事ですこし冷静さを無くしてた。かなちんまで巻き込んでしまったなー」
アマネはカナタを膝枕したまま、落ち込んだ顔で言った。色んな事があり、堪えているのか普段のアマネと比べ、ずいぶん元気がない。
「そんな、巻き込んだとか言わないでくださいよ。俺だってキザさんの事で頭に来てたし。ゆるせないっすよ……キザさんに化けて何食わぬ顔で一緒にいた事が。」
再会してこれまで階とのやり取りを思い返す。特に不自然な事はないのが余計に腹立たしい。しかし、一緒にいる間あいつは腹の中でほくそ笑んでいたんだ。気づきもしない俺たちをあざ笑って……
思い返しながら、無意識に握りしめた拳をふわりと暖かいものが包んだ。見るとアマネが両手でやさしく包み込んでいる。
「腹立つよなー、でも怒りは動きを硬くする。私も人の事言えないけどなー。……キザさんはどんな時も冷静だった。突っ走る私をいつもうまい具合に止めてくれた……」
カナタは自分の手を包んでいるアマネの両手が微かに震えている事に気づいた。飄々として、何を考えているか分からない事が多い。今も悲しみや動揺を必死に押し殺しているのが分かってしまう。
「アマネ先輩……俺、後悔してるんですよ。こんな世界になって……もっと真面目に道場に通っていればよかったって。そうしたらもっとアマネ先輩の力になれたかもしれない。あいつを取り逃がすこともなかったかもしれない……」
自分の感情を押し殺してカナタを労わるアマネを見ていると、悔しさでどうにかなってしまいそうになる。自分の力のなさが恨めしい。
ぎり……と、カナタが奥歯を噛みしめる音がアマネにもわかった。
「かなちん……」
アマネがどう言葉をかけるか考えていると、後ろから近づく気配を感じた。
「戻りました。佐久間は守備隊の倉庫の一つを私物化しているようです」
気配を消してやってきたのはヒナタだった。声を潜めてアマネにそう言うと、カナタが目を覚ましている事に気づいた。
「お兄ちゃん!大丈夫?頭とか打ってない?」
ヒナタはカナタのそばに座ると、カナタの全身を検めだした。
「お、おいヒナタ……くすぐったいって。ちょ、脱がすな!」
腕や足などを触って確認すると躊躇なくカナタのシャツをめくった。カナタは抵抗したが、いつの間にかアマネの手に両手を封じられていたので、どうすることもできずなすがままにされるのだった。
「よかった……大きいケガはなくて」
「さっきからそう言ってただろ!?」
シャツをめくり上半身を確認したヒナタは、そのままの勢いでズボンもおろそうとしたので、なんとかそれは死守して大丈夫を何回も連呼する羽目になった。
仕方なく服の上から確認して、ようやく落ち着いてくれたのだ。
「だって……あのおじいちゃんやばかったもん」
少し責める口調になってしまったカナタに、俯いたヒナタは上目遣いでそう言った。心配してくれるのは嬉しいが、いくら兄とは言え躊躇なく服をはぎ取るにはどうかと思う。そう言いたかったのだが、上目遣いで見るヒナタに対して何も言えなくなってしまっていた。
「なるほど、かなちんはそういう方面に弱いのかー」
そんな二人を見て、アマネがいつもと同じ調子でそんな事を言いだした。普段通りとは言い難いが、いたずらっぽい笑いを浮かべている。
「いや、なんすか……そういう方面て」
身を起こしながらカナタが言うと、ヒナタのとなりに並んだアマネは、先ほどのヒナタと同じように俯き気味になって上目遣いでカナタを見詰めた。すこし瞳をウルウルさせるオプション付きだ。
「かなちん……お腹減った。何か持っていない?」
そう言われ、カナタはがっくりと両肩を落として大きなため息をついた。何も言わずに荷物を探すとチョコバーが入っていたので差し出すと、一瞬で奪われた。
しかし、言っている事はともかく、表情と雰囲気はやばかった。あれは何も言えなくなるやつだ。
にこにこしながらチョコバーをかじるアマネ先輩の隣ではヒナタが苦笑いしながら見ていた。……心配をかけたのは間違いないしな。そう考えたカナタはヒナタに向かって声をかける。
「ヒナタ、心配かけて悪かったな。いきなりだったから俺も慌ててさ。心配ばかりかけてしょうもない兄貴だよな」
ヒナタに向かってカナタがそう言うと、目を見開いたヒナタは少しきょとんとした顔でぎこちなく頷いた。
「なんか……お兄ちゃん変わった?」
ヒナタにそう言われ、カナタは首をかしげる。
「いや……特に変わってはいないと思うけど……なんでそう思ったんだ?」
「んー。なんて言うか、お兄ちゃんあんまり考えている事を言葉にしないっていうか、苦手っていうか……」
少し言いにくそうにヒナタが言うと、ようやく心当たりがあった。
「あ、そういう事か。確かにな、そうだな……こんな世界になってしまって、乱暴に言うといつ死んでもおかしくないだろ?。伝えたい言葉はなるはやで伝えとかないと後で後悔するだろうからな。伝えるまえに死んじゃうかもしれんし、伝えようと思った時に相手が死んじゃってる可能性はこうなる前から比べるとずっとあるだろ?
カナタの言葉にヒナタはぎこちなく頷いていたが、やがて顔を上げるとにっこり笑って、カナタに腕を絡ませてくる。
「そうだね。後悔のないようにしないとね。お兄ちゃん」
カナタと楽しそうに腕を組んで、ヒナタは笑顔でそう言うのだった。
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