18-4
感染者達にはもちろん№3からも見つかるとまずい。
カナタ達は見つからないように気を使いながら、そろそろと土手を降り始めた。
足元と都市のほうを確認しながら慎重に降りていくと、詩織が隣に並んで歩いていた。何か言いたそうな雰囲気を出しているのを感じたので、離しやすいように雑談をふってみた。
「あの……カナタさん。信じられないかもしれませんが……」
やや暗い表情で詩織は話し始めた。
「あの、私はやっぱり感染者なんだなぁって思って……さっきの夏芽って女の子とやりあった時もそうでしたけど。なんて言うか感じるんです。さっきの子の事……夏芽、はまだ生きています。」
「え?って事は……その夏芽って子……」
「はい。多分ですが……私と同じような存在ではないかと」
複雑な表情で伊織はそう言った。詩織本人も未だ感染しているという事を飲み込みきれていない。そこに似たような存在であろう少女が現れ、首を落とされたはずなのに忽然と姿を消した。
色んな感情が渦巻いているのだろうという事くらいしか想像できないが、うまい言葉を見つける事もできずにカナタは唇を噛んだ。
「詩織!」
知らないうちにヒナタ達が隠れている所まで近づいていたようだ。声こそ抑えているが隠しきれない歓喜の感情が溢れ出している。
「姉さん!」
伊織の声を聞いた途端、せき止めていたものが決壊したかのように涙を流して伊織の元に走っていった詩織が伊織に飛びつくようにして抱き着いている。
「詩織、ほんまに詩織やんな?大丈夫なんか?どこも痛くないか?」
あまり表には出していなかったが、やはりかなり心配だったのだろう。しきりに詩織を気遣っている伊織も涙を浮かべている。
しばらくそうして伊織の胸に顔をうずめていた詩織だったが、一度ぎゅっと伊織を強く抱くと顔を上げた。
その顔は何か決意をうかがわせた。
「ぐす……姉さん。そして皆さん。心配をおかけしました。本当なら私はあそこで命を落としていたはずですが、皆さんのおかげでこうしてここに立っています。」
そう言うと詩織は深くお辞儀をする。
「そんな事……私は、伊織ちゃんも詩織ちゃんも所属は違ってもこうして一緒に戦っている仲間だと思ってるよ?そして仲間なら助けるのに力を尽くすのは当然でしょ?」
ヒナタが優しい笑顔を浮かべ、伊織と詩織の肩にそっと触れながら言う。
詩織は俯いたままでしばらくそれを受け入れていたが、やがてそっと離しと、ちからなく首を振った
「でも私の体の中には感染体が残っています。私は感染者なんです。さきほど相対した夏芽という女の子も恐らく感染しています。そして……言っていいのか悩んだんですが……階さん、あなたからも同じ気配を感じるのですが……」
悲しそうな顔をして詩織は階を見るとそう言った。何の前触れもなく、予想だにしていない事を言うものだから、全員が言葉の意味を理解するのに数秒を要した。理解し、弾かれたように階を見る者、呆気に取られて詩織を見つめる者。反応は様々だが、当の階は困惑の表情を隠せないでいる。
「いきなり何かしら?私が感染者?変な冗談はよしてちょうだい。」
苦笑いを浮かべ階はそう言った。さすがに周りのみんなも半信半疑の様子だ。
「残念ながら冗談ではないです。ただ、その……あくまでそんな感じがするというだけで……」
つい口をついて出てきてしまったのか、詩織自身もおろおろとしているが、言っている内容はシャレにならない。もし感染していると思われたら発症する前に殺そうとされてもおかしくはない。今の世の中で、冗談であろうとも軽々しく言ってはいけない言葉だ。
「詩織ちゃん、いくらなんでもそれは……」
カナタがたしなめようとするが、それを階本人が止めた。
「随分自信たっぷりにいい加減な事を言うのね。どうしてそう思ったのかしら。冗談では済まない事くらいわかるはずよ?」
さすがに感染者扱いされて黙ってはいられないというように、眉を怒らせた橘は詩織に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待って!詩織は軽々しくそんな人を傷つけるような事を言う子やない!きっと何か考えての事と……」
慌てて伊織が詩織の前に立ち、そう言った。しかしそんな伊織の肩に手を置くと詩織は階の前に立った。
「ごめん、姉さん。そうですね、階さんの言う通りです。感染しているという事は冗談ではすみません……だから私は言いました。言わなくてはいけないと思ったんです。」
普段の詩織からは想像もつかないほどはっきりとした意思をにじませ、階を見る詩織。対する階も真っ向からその視線を受け止めている。
「待ってくれ、二人とも!落ち着いて、落ち着いて話そう」
たまらずカナタは二人の間に割って入って落ち着かせようとする。二人が喧嘩になるのも困るのだが、もう一つ懸念があるのだ。
カナタは二人をなだめながらチラリとアマネを見た。
……アマネ先輩はキザさんの事をとても信頼しているし、このままキザさんがあらぬ疑いをかけられるような事があれば、アマネ先輩が何をしだすかわからない。
今のところ静観しているように見える。何か考え事しているようにも見えるが、油断はできない。
「さっきの夏芽とかいう子はともかく、あなたが半感染という状態になったのは奇跡に近い出来事だと思うけど……次は私にその奇跡が起こった?そんな何回も奇跡的な事っておこるかしら?」
挑むような口調で階は詩織に言った。その間にいる伊織もカナタも目に入ってもいない様子だ。
「それは……私には分かりません。でも……」
「もういいわ!戯言はもうやめましょ?」
続いて何かを言おうとする詩織の言葉をぴしゃりと階は止めた。有無を言わせないような口調に詩織は口をつぐんでしまうが、目は変わらぬ意思をもって階に向けられている。
「そーだなー。戯言はやめてほしいよなー」
険悪な雰囲気が漂ってきた頃、それまで考え事でもしていたのかアマネが二人の間に入ってきた。
「もうやめとけー。あんまりしつこいとキザさんのイナヅマ蹴りが炸裂するかもしれないからなー」
「アマネ先輩?」
いつもの何を考えているのか分かりづらい雰囲気のままアマネが言うと、ぽかんとした顔をしたカナタがアマネを見た。
「さすがにそこまではしないけど気分は良くないわね」
そう言うとあからさまに気分を害した様子の階がプイっと顔をそむけた。しかし次の言葉で凍り付く事となる。
「そうだなー。キザさん近接格闘なんてしないもんなー」
アマネがそう言うと、階はゆっくりとアマネの方を向いた。
「アマネちゃん?今は冗談に付き合う気分じゃ……」
「おう。冗談なんて言わないぞ」
そう言うとアマネがゆっくりとした動作で階の腕をとり、腕を組むように自分の腕を絡ませる。
「ちょっとアマネちゃん。こんな所で甘えないで……」
そこまで階が何かに気づいたように慌てて腕を引き抜いた。ちょうどカナタが立っている所からは良く見えたのだが、アマネは腕を絡ませると同時に腕のツボを押すように何カ所かを親指で押していた。カナタでも知っているそのツボは絶息というツボで、押した瞬間の激痛もさることながら呼吸器に影響するのかしばらく息が吸えなくなるのだ。
「絶息のツボが全く効かないなんてキザさんはすごいなー」
アマネが表情を変えずに平坦な声で言うと、さっと階の顔色が変わった。
「アマネちゃん?」
階がそう言うのと、アマネが脇差の鯉口をきるのとが同時だった。シャンという鞘鳴りがなるとアマネを中心に鈍色の軌跡が円を描いた。
刀が振りぬかれると、後には残心のアマネと慌てて飛び退いたのか体勢を崩した階の姿があった。その胸の部分には赤い筋が薄くはいっている。
「へっ……あまあまだなー。キザさんのふりをするなら、もうすこし腕をみがいとかないとなー」
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