18-1 決戦№3
所定の場所に戻った伊織は悔しいが緊張がほぐれている事に気づく。なんなら準備運動もいらないくらいに体も温まったいる。
伊織はこれまでにそれほど戦闘という物を経験していない。それゆえに他のメンバーより緊張で硬くなっていたのは認める。ただ……
「ほかにやり方があるやろっちゅうねん!」
声を殺しながら独り言ちる。
「ふふ。アマネさん意外と優しいからね」
伊織の独り言が聞こえたのかヒナタが微笑みながらそう言ってきた。
「どこがや!あれ半分ウチで遊んどるやろ!」
思わずそう言い返すがヒナタは微笑んだままだった。
くそう、このイライラは感染者どもにぶつけたる!そう考えていると、都市の方に動きがあった。
まだ距離があるにもかかわらず気に早い者が発砲しだした。ゆずがもっているような対物ライフルならいざ知らず、音を聞くかぎり標準装備のライフルだ。有効射程にはまだまだ距離がある。
そう思っているとゲートの上から叱責の声が聞こえてきた。きっと緊張のあまり先走って撃ってしまったのだろう。
自分もあそこにいたら同じことをしたのかもしれないな。ふと、伊織はそう思ってしまった。認めたくはないが、ゲートの方ではアマネのような人物はいないのだろう。
「そうそうおってもたまらんか」
「ん?どうかした」
伊織がついこぼしてしまった言葉を聞こえたのかゆずがこちらを見ている。
「いや……なんでもない。」
そう言った伊織の顔は少しだけほころんでいる。ゆずは不思議そうな顔をしていたが、伊織の様子をしばらく見ると安心したように微笑んで感染者の方に注意を戻した。
都市からの射撃をうけた感染者達の群れはにわかに動きが慌ただしくなっている。それまではひとかたまりで動いていた集団の中から十体ほどの感染者が抜け出てきた。走るタイプの二類感染者だ。
ぐんぐんと群れを引き離し、ゲートの近づいて来る。
「撃て!」
それを見た指揮官らしき男が号令を出すとともに、一斉に撃ちだされた銃弾が走る感染者を襲う。
「こいつらもへたくそ……」
ゆずがそう呟くのも無理はない。
銃撃の音に比べて、感染者に当たる数が違いすぎる。二体ほどは足に当たりその場で転んだがすぐに復帰するだろう。残りの感染者はもうゲートの近くに置かれた逆茂木にぶちあたっている。
逆茂木とは古くは戦国時代などに騎馬隊に対する備えとして作られたもので、先端を尖らせた木の杭を柵上に地面に打ち込んだりして斜めに固定したもので、突進してくる相手を阻害するための装置だ。
まともに当たるとダメージを喰らうので、その手前で速度を落として避けなければいけなくなり、突進力を利用した突撃をできなくする。
はずなのだが、走る感染者はまともに逆茂木にぶつかっていき何体かは杭にささり動けなくなってしまっている。弱点に当たっていないので、活動は停止しないが腹にでかい杭が刺さった状態ではもう自力での脱出は不可能に見える。
何個かは逆茂木のほうが壊れ、感染者の接近を許してしまったが、そこにまた集中射撃がふりそそいだ。
今度の射撃ではいい所に当たったのか、何体かその場に倒れる個体も確認できた。しかし残った5~6体の感染者はゲートに取り付いてしまった。
「くそ!撃て撃て!」
指揮官らしき男が頻りに叫んでいるが、さっきから撃て!しか言っていない。感染者はゲートを壊そうとがむしゃらに腕を振り回すものと、ゲートを昇ろうとしているものに分かれている。
もっと効果的に対応しないと破られてしまうのではないか、と見ているこちらがハラハラしてくる。
「ははっ、撃てしか言わないんなら私でも指揮官できるなー…………っ!」
そう言って笑っていたアマネが急に後ろを振り返った。階も同じ方向を見ている。
ヒナタ達も同じ方向を見るが何も見つける事ができない。怪訝な顔でみていると、こっちに向きなおったアマネは感情の読めない顔で告げた。
「本当はもう少し見ていたかったげどなー。ヒナちゃん、いおりん、ゆずっち。少し早いけど作戦開始だ。おねーさんとキザさんは殿をするから、気を付けて頑張るんだぞー」
当初の計画ではまだ後方にいる感染者の集団がゲートの所に来て戦いだしてから横入りするはずだった。走らない感染者の集団は未だゲートから離れた位置を移動している。
それよりも伊織は言いたいことがあった。
「なんやねん、いおりんて!変な愛称つけんな」
憤った詩織にアマネは何も言わず、へへっとだけ笑った。
「行こ伊織ちゃん。アマネさんが言うなら何か状況が変わったんだよ。それにアマネさんは仲間と認めた人しか愛称で呼ばないから。」
そう言われて、喜んでいいのか分からないでいたが、ヒナタもゆずもアマネの言う事を疑っていないのか、言う通りに移動しようとしている。
仕方ないので伊織もそれに続くしかない。三人は装備を抱え、ゲートの方へと下って行った。
ヒナタ達が見えなくなったとほぼ同時にこちらに近づいて来る足音は聞こえてきた。
「何者か分からないけど……ここまで気配を感じさせないなんて、まるで死人みたいね。アマネちゃん気を付けてね。」
「おう、キザさんもなー」
やや緊張した雰囲気の階と、見た感じは普段と変わらないアマネが一点を見る。そこは感染者達が通っている道路から上がってくる道だ。
そんなとこから人が来るとは思ってもいなかったので、二人の警戒度は一気に跳ね上がったのだ。
「なんや二人だけかいな。まったく余計な事してくれて……こっちの仕事増やさんといてほしいわ」
ぶつぶつと文句をいいながら姿を現したのは、一見普通の女の子だった。年の頃は十代後半くらいのどこにでもいそうな女の子だ。しかしろくに装備もつけずTシャツにデニムの袖なしのベストと同じくデニムのショートパンツという都市の外では絶対見ないような服装で散歩でもするかのように歩いて来る者が普通であるはずはない。
「あんまりあの子らの数減らされると困るんやけど……都市の半分くらいは荒らしてもらわんといかんらしいねん。おとなしく帰るなら見逃してやるで」
そう言うとしっしっと面倒そうに手を振っている。しかし面倒そうな表情とうらはらに立ち姿に隙がない。
「へへっ、何か知らんけど感染者側の奴って事でいいな?なら敵だなー」
こちらも緊張感のかけらもない感じでアマネが言い返すと少女はピタリと歩みを止めた。深めに被ったキャップからこっちを見る眼光が鋭く光ったように見える。
「はぁ~。めんどいな~。さっさとどっか行けや!」
そう言うや否や、少女はアマネめがけてダッシュしてきた。まったく助走がないのに信じられない速度でアマネに迫る。
「ふっ!」
目にも止まらぬ速さで取り出した脇差で迎え撃つアマネ。対して少女はは武器をもっていない。普通に考えれば少女はどうすることもできないだろう。
しかし嫌な予感が消えない階は武器として持って来ていた槍の覆いを素早く取り払った。
そうしているうちに交錯したアマネと少女からは、鉄と鉄がぶつかる硬質な音が数回響いてお互いに距離をとった。
「お前、なにもんだー。」
無表情になったアマネが問いかける。対して少女はだるそうに立っているのは変わらないが、両手に手甲の様な物をつけている。
「いつの間に……というかどこにそんな物もってたのよ……」
ひゅんひゅんと槍を振りながら怪訝そうに少女を見る階に死線は少女に向けたままアマネが解説した。
「あの女、走りながら爪生やしてたぞ。あいつ何もない所から出した。マジックかなー」
アマネがそう言うと、おやっというような顔になった少女は少し笑って話し出した。
「よう見えとるやないか。いままで誰にも気づかれた事ないんやけどな。なるほどただもんやないっちゅことか。ま、いいやろ。ウチはな夏芽っていうもんや。そっちのちっこいのが言ったとおり、こんな事が出来んねん」
面白そうにニヤリと笑った夏芽と名乗った少女は二人に見えるように両手を出すと、鉄製に見えた手甲が溶けるようになくなり、細い手だけになった。
「ほんでこうや」
そう言うと次は逆に肉が盛り上がるようになり、形が整うと鉄の爪のついた手甲を装着した状態になる。
「もし、ウチと互角以上に戦う事が出来たらもっと面白いものが見れんで」
さっきまでの面倒臭そうな態度とはうらはらに、楽しそうに二人を見て笑う。戦闘狂の笑みだ。
「アマネちゃんの勘は当たるわねぇ。ヒナタちゃんたちには少し荷が勝ちすぎるかしら」
「ここは先輩の出番と思ってなー」
予定を変えてまでヒナタ達を先行させたのは、この少女の接近をアマネが感知したからだった。もちろん具体的にわかるわけではない「なんかやばい奴が来る」程度の感覚だ。
そんなアマネと階の会話を聞いて、面白そうに夏芽が言った。
「はっ!無駄な気遣いご苦労さん!そんでも一緒やで。アンタら倒したら次はあいつらや。とりあえず邪魔モンは全部倒してこいって言われとんねん。逃がさんで?」
不敵に笑いながら夏芽はそう言った。
無言で武器を構える手に力がこもる。一触即発の気配が辺りに充満していった。
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