17-7
「何しとんねんお前ら!」
階段を降りるとすぐに伊織の声が聞こえた。反対側からは感染者の唸り声も聞こえてくる。さらに感染者の集団は前進したようだ。
声を頼りに路地を進むと、伊織に襟首をつかまれた男とその後ろに三人の男がいるのが見えて来た。
「こんな時に逃げ出すとはどういう事や!こんな時のための守備隊やないんかい!」
憤りをそのままぶつける伊織。しかし相手に男は簡単に伊織の手を振りほどいてしまった。そこでようやく見えた男の顔からは逃げた負い目など一切感じられなかった。その証拠に伊織の肩を突き飛ばすと反論しだした。
「ああ?なんだよお前。あんなあぶねえところにいられるかよ!守備隊だろうが何だろうが自分の命が一番大事に決まってんだろうが」
「一番後ろで適当に射撃しとっただけの奴が何言うとんねん!そんな事はまともに戦ってからほざけや!」
男は身勝手な事を言っているが、伊織も怒りのためか相手をあおる様な事を言っている。案の定逆切れした男が伊織に殴りかかろうとするのを走り込んだ階が止め、ヒナタが伊織を掴んで下がらせた。
「邪魔すんなコラ!てめえも一緒にやってやんぞ!」
伊織を殴ろうと出した腕を掴んだ階に向かって男は叫んだ。
「はっ!ビビッて逃げ出した男が強気やないか。やれるもんならやってみい!」
伊織もヒナタをふりほどこうとしながら叫び返している。
「はいは~い、落ち着きなさい二人とも。ここで殴り合っててもしょうがないわよ?それにあなた」
男の腕を掴んだままの階が指を差す。
「女の子を殴ろうとするなんて、男として恥ずかしいわよ?」
階は窘める様にいうが、男からは舌打ちが返ってきた。さらに……
「うるせえんだよ!男か女かはっきりさせて物言いやがれ!男女!」
そう悪態をついた。
「あっ……」
アマネが声を上げた時には、階の手が男の首を掴んでいた。さらに片手で首を持ったまま持ち上げる。男はもがいて足をバタバタとさせているが階の体はまったくぶれていない。
「それは悪かったわね~。でもおあいにく様、あなたには関係のない事だわぁ。それとも何か迷惑でもかけたかしら?」
そう語りかけるが男からは何も言えない。何しろ首がしまってそれどころではない。
「キザさんキザさん、そいつ死んじゃう。そんな奴はどうでもいいけど……返事はできないんじゃないかなー」
いたってのんきな口調でアマネがポンポンと階の肩を叩きながら言った。
「あら、つい……いやね、あたしったら」
そう言って口に手を当ててほほほと笑っているが、手を離された男は地面に倒れ込んで咳き込みながらも這いずるように階から逃げようとしている。
「あそこから逃げ出すような奴らにキザさんの相手は務まらないかなー。お前ら行った方がいいぞー」
階の方に顔を向けながら、そう言ってしっしっと手を振っているアマネにナイフが迫った。
「んー?」
それを見るより先にぬるりと動いたアマネの手は、ナイフを握った男の手をとり関節を極めた。
「いだだだっ!折れる、折れるって!」
情けない悲鳴を上げる男をようやく見たアマネは一言だけ言った。
「だから?」
「はあっ?」
「私をナイフで刺そうとした奴の手が折れようが、骨が砕けようが、片腕がもげようが。それをどうして私が気にしないといけないのかなー。」
眠たそうな目で男を見下ろしながらそう言うとアマネが本気だと悟ったのか顔色が青くなっていく。
「わ、悪かった、俺が悪かったよ。ほんの出来心だったんだ!許してくれよ、もうしないからさ」
必死に許しを乞いはじめた男をアマネは感情のこもらない眼差しで見つめる。
「そっかー、出来心かー。そう言う事もあるよなー。なら、私が出来心でこの腕をもぎ取る事もあるよなー。」
一瞬だけ喜色が浮かんだ男の表情はすぐに泣きそうな顔に戻った。
「ちょ、ちょっとまて!俺は№3の守備隊だぞ?俺に手を出したら№3を敵に回す事になるぞ!」
慌てた男が今度は脅し文句を並べ始めた。そんな男の前に伊織が近寄る。そして男の顔の前に自分の顔を近づける。
「ほぉ、そら偶然やな。ちょうどそうしようと思ってたとこや」
伊織の言葉に男の顔が絶望に染まりそうになった。が、その前にアマネが極めている関節部分を靴底で踏むようにして蹴った。
「ぎぃやああああっ!!」
ごぐっ!というくぐもった音とともに男の悲鳴が響き渡る。男は痛みで転げまわりたいのだろうが、いまだにアマネが腕を離さないためにその場でもだえ苦しんでいる。
「うるさい」
さらにあくまで平坦な声のアマネが男の首筋に蹴りを入れると、男の目がくるんと回って電池が切れたように倒れ込んでしまった。
後ろにいる三人の男はそれを逃げる事もできずに真っ青な顔で見ていた。よく見るとまだ若い。よくて高校を出たぐらいの年齢に見える。
「お前ら新人か?」
ぎろりと睨んだ伊織に若い男たちは背筋を伸ばして「ハイ!」と答える。
大変にいい返事だ。最初からそうしていけばいらぬケガを負う事もなかったのに……
話を聞けば、そこでのびている男に誘われて守備隊に入ったばかりだという。楽でみんなから尊敬されて食べるに困らない仕事だと言われたらしい。入ってからは男の直属のようにして連れまわされていたそうだ。
話を聞いた伊織は怒りのためかプルプルと震えている。
「ええか!守備隊は住民の安全を守るための部隊や。だから優先的に食料を回してもらえるし、休みもきちんとしてるし住民からも尊敬されている!でもそれはこういう時に命を張って戦う事があるからや!自分の身が可愛いなら、命が惜しいなら守備隊なんぞに入るなや!」
伊織の激しく感情のこもった叫びに若い男たちは顔を上げる事もできなかった。中には涙をこぼしている者もいる。
「……わかったんなら都市に帰れ。改めてようく考えて、それでもやる気があるんならそのまま頑張ったらいい。中途半端なまま守備隊におったら、今度は私がこの男と同じ目に合わせに行く。」
そう言うと、アマネに頷いて男を離してもらった。
「連れて帰れ!」
そう言うと若い男たちは伸びている男をかつぐと飛ぶように逃げていった。伊織は美人と言っていい顔立ちをして居るが、なまじ顔がいいだけに怒ると迫力がある。
「はん!根性なしが」
吐き捨てるように言うと、アマネと階に頭を下げた。少し面食らっていると頭を下げたまま伊織は言った。
「ウチの隊員が申し訳ない。管理不行き届き、教育不足や。ここはどうか私に免じて怒りを抑えてもらいたい」
アマネは階と顔を見合わせた。アマネは分からないが、階はくすっと笑ったようだ。
「頭をあげて、伊織ちゃんを責めるつもりはないわ。伊織ちゃんがそう言うならさっきの事もなかったことにするわよ」
階が優しい声で言うとようやく伊織は頭を上げた。その目からは涙を流している。
「……伊織ちゃん」
「あんなのが守備隊におるなんて知らんかった。私と詩織は二番隊として守備隊の広報みたいな感じでアイドルがやるような事をさせられてたんや。それでも住民の人は守備隊のおかげで安心して暮らせますとか言うてくれた。くそ面白くない事ばっかの中で、それだけは嬉しかったし誇りに思ってたんや。」
流れる涙を隠そうとも止めようともしないで伊織は語った。よほど腹に据えかねたのか歯を食いしばって唇の端から血がながれているし、握りしめた拳はぶるぶると震えている。
そんな伊織の肩をそっと触れ、……いや激しく叩いた。ゆずである。
「ガサツな割に真面目な奴。……どこにでもあんな奴は沸く。それでも使わないといけないのが守備隊の現状だと思う。言いたくないけど伊織たちは守備隊の立派な部分だけを見せられていたんだと思う」
行動とはうらはらに、悲しそうな顔でゆずはそう言った。№4の守備隊にも色んな奴がいたのだ。そういった者すら戦力として使わなければいけないほど感染者の数は多いのだ。
「……すまん。格好悪いとこ見せてもうたわ。チビの言う通りやな、ウチも現実が見えとらんやったっちゅう事やな。……ほんでもな!住民から見た守備隊は英雄じゃないといかんのや!そうじゃないと不安でつぶれてしまう人もおるねん!」
「伊織……」
激しい感情をぶつけられてゆずは言葉をなくしてしまう。
確かに力のない住民から見るとそうなのかもしれない。守備隊が負けて都市の守りがなくなれば次は自分たちが感染者達に襲われる番になる。特に感染者の脅威にさらされながら逃げてきた人たちは恐怖を間近で感じてきたゆえにリアルに想像できてしまう。
そんな人たちに腰抜けの姿をみせる訳にはいかないだろう。恐怖という物は伝播する。あっという間に大勢の人がパニックに陥るかもしれない。
「それならいい方法があるぜー。ある意味今しかできない事だ。うまくいけば、私たちの目的も達成できるかもしれないなー」
そう言ってにやりとアマネは笑った。
そこはかとなく嫌な予感を感じながらも、止めても無駄なんだろうなーとヒナタは諦めの境地に立っていた。
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