17-6
「うわぁ……」
思わず声が出る。眼前に広がる光景を見たヒナタだ。階の言った最初の作戦。それは感染者をけしかけて、それに対応しているゴタゴタを利用して都市に潜入してしまおうと言っていたやつだ。
話を聞く限り佐久間という男は、とんでもない事をしようとしている。感染者の力を手に入れて何をするつもりかまでは分からないが、きっとろくでもない事だろう。
№4所属である十一番隊の者が№3の内部のごたごたに首を突っ込んでよいものかどうか迷っていたヒナタ達であったが、話をきいていくうちに完全に伊織の味方をするつもりになっている。
よく朝早くから二類以降の感染者が発生しているという夕陽町に来てみたが、噂以上の光景だった。手ごろなビルがあったので、上から様子を見ようという事でヒナタ達は4階建てのビルの屋上にいた。
「あれ、なんなん?」
呆気にとられた様子で伊織はその様子を見つめている。
ヒナタ達が見下ろす先には。№3の守備隊であろう部隊が、道路にバリケードを作って感染者の移動を阻害しようとした跡がいくつもある。何度も作ってはやぶられ、またその後ろに作る。それを繰り返しているようだ。
今も車両などを移動させて作ったバリケードの上から、迫る感染者を攻撃している様子が見える。明らかに劣勢の様だ。
元々武器を生産している都市だけあって、部隊の武装は充実している。今も景気よく弾丸を撃ちまくっている。ただ、練度が低いのか、感染者を止めきれていないのだ。
「むぅ……へたくそ。そんなとこいくら撃ってもあいつらは止まらない」
射撃手であるゆずがそれを見てもどかしそうに呟いた。見てられないと言った感じだ。
押し寄せてるほとんどが二類感染者のようで、走ってくる個体やジャンプしてバリケードの上にいる部隊員に直接攻撃をする個体もいる。しかもそれに混じって三類感染者らしき個体もいるのだ。
二類までは、見た目は人の形を保っているが三類感染者は人の形からだいぶ変容している。どちらかと言えば部分的に虫に近くなると言えばいいのか、触覚が生えていたり、腕の本数が増えていたりしている。カナタ達がマザーと戦った時の四つ足も三類感染者だ。
何が原因で二類,三類と変容するのかはわかっていない。
しかし三類感染者に分類される個体はそれこそ一類感染者とは比較にならないほど危険な存在と化す。強靭な体躯、頑丈な表皮、それに人間離れした動きが加わる。見た目と同じように虫が巨大化したようなものだ。
しかもその変容のしかたも一様ではなく様々な形をしているので対応が難しいのだ。今も銃撃をものともせずバリケードに接近した三類感染者が手を伸ばして守備隊の一人の首を掴んで持ち上げている。
その個体は表皮が浮き上がり何層にも重なったような変異をしていた。その表皮は恐ろしく硬いようで、アサルトライフルの連射をうけても揺るぎもしていなかった。
「なんであんなにたくさん……」
呆気にとられた顔でその光景を見ているゆずが呟いた。本来三類感染者はマザーの近くに一体いるかいないかの頻度でしか目撃されていなかった。マザーの近くを離れる事もなかったし、眼下の光景のように何体も集まって行動することなどこれまでに一度も報告されていない。
「二類感染者も数が多かったら脅威なのに……その上三類感染者があんなにいたら……」
そこまで言うとヒナタは絶句してしまった。自分がその場にいる事を想像してしまったのだ。
見ている先では勝敗が決しようとしている。多数の被害者を出し、残った隊員たちも逃げ腰になってしまっている。
「なにしとんねん!止めんかったら都市まできてしまうやろ」
その姿を見た伊織がたまらず大声を出していた。
都市を守る守備隊といえば、都市の中でも優遇された存在だ。住居や食料に困ることは無い、優先的に配布されるからだ。それも体を張って都市を守る存在だからこそなのだが、視線の先の守備隊からは最初からその気概が見えなかった。
自分に危害が及ばないような位置からしか攻撃をしない、ある程度接近されようものなら隠れて安全な所まで逃げる始末だった。被害を抑え、命を大事にという方針なのかもしれないが、それにしてもお粗末すぎる。
そういう戦いしかしないから、ある程度押されただけでバリケードを放棄せざるをえなくなるのだ。
いや、放棄して逃げると言ったほうが正しいかもしれない。もっと踏みとどまる事ができていたならここまで攻め寄せられる事もなかっただろう。
「くっ!」
伊織がこぶしを握り締めて見ている。今にも飛び出してしまいそうな気配をだしている。そんな伊織の肩にゆずが手を置いた。
「落ち着く。あそこまで崩れたら、仮に私たち全員があそこに行ったとしても状況はかわらない。むしろ行けば残った奴らも逃げ出すと思う。」
その言葉にキッとゆずを見るが、今の有様を見ていると否定できない。
「そんならどうすんねん!黙って見てたら都市が襲われるやろが!」
噛みつくように伊織が叫んだ。そんな伊織をゆずは黙って見詰める。しばらく見つめ合っていたが、先に伊織が目をそらして小さく「すまん、どうかしてたわ」と謝りの言葉を口にした。
伊織だって分かっているのだ。もし下の守備隊が拮抗した戦いをしていれば、ここにいる全員が助けに入れば効果があるだろう。しかし今の逃げ腰で戦っている隊員たちは自分の安全を念頭において戦っている。誰かが代わってくれるのであれば喜んでその場所を譲ってどこかへ逃げてしまうだろう。
「あれ見て!」
そう言ってヒナタが指を差した。その先では明らかに浮足立った数名の隊員が少しづつ持ち場を離れて行っているのが見えた。
「あれは、後方で援護しとった奴らやないか……まさか」
そう言っているうちに、その中の一人がさっと駆けだした。さらにその後を追って三名ほどの隊員が走り出した。おそらく逃げたのだろう。男達は建物の影に入ると見えなくなった。
「あいつら!」
今度は止める暇もなかった。怒りをあらわにして伊織が走り出した。
「伊織ちゃん!」
「伊織!」
ヒナタとゆずの制止の声にも耳を貸さず、伊織は非常階段をおりてしまう。
「もう!」
ヒナタが憤った声を出して立ち上がる。きっと伊織は逃げ出した隊員たちの所に向かったのだろう。伊織の性格からして、逃げた事を責めるに違いない。
だが、責められて反省するならばいいが、逆上して襲われる可能性もある。ああいう手合いは強いものには逆らわないが、弱いものには強く出るものだ。
「仕方ないわね。黙って見ているわけにはいかないもの」
やれやれと言った感じで階が言う。その隣ではアマネが面倒そうな顔で立ち上がっている。そしてヒナタの顔を見る。暫定ではあるがこの場のリーダーであるヒナタに最終的な判断は任せるつもりのようだ。
「追いましょう!」
間を置かずヒナタはそう言った。ここまできて見捨てる訳にもいかないし、ここまで一緒に行動してきてそれなりの情もある。
ヒナタの言葉に頷くと、全員が伊織のあとを追って走り出した。
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