17-5
「もう少し考えればよかった……」
「ごめんヒナタ、ここまで考えてなかった。」
がっくりと項垂れながら手を動かすヒナタにゆずが手伝いながら謝った。
「持ってきたで!ここの家の人のやろうけど。もう使わんやろ」
そう言って伊織が持ってきたのは、大量の衣類だった。二階にある寝室っぽい部屋の箪笥からあるだけ掴んできていた。
そして渋い顔をしながらヒナタ達の作業に加わった。
何をしているのかというと、先ほどの感染者を倒したあとの後始末をしていた。窓から身を乗り出すような格好をしていた感染者は首を落とすのに絶好の体勢だった。若干前かがみになることで、弱点である延髄も狙いやすくいたずらに苦しめるつもりもないヒナタは一撃で首を落とした。
その結果、室内に首は転がるは大量の血が流れるはと大変な事になってしまったのだ。
その掃除をやっているというわけだ。
「血ってとれないね」
額の汗をぬぐいながらヒナタが言った。ゆずと伊織は体の方を埋葬している。人を葬るという事は大変な事なんだなと実感して、今度から室内では絶対に首を落としたりしないと心に誓った。
何とか過ごせる程度まで清掃した三人は一息ついた。すでに陽が落ちようとしていた。
「疲れた……」
「穴掘りなんてもうしたくないわ」
ゆずと詩織はぐったりしている。遺体を埋葬するために穴を掘っていたのだが、人間一人それなりの深さに埋めようと思ったら結構な大きさで穴を掘らないといけない。もちろんそんな事に慣れていない二人にはかなりの重労働だったようだ。
「お疲れ様。お茶でも入れるね」
そんな二人を見て、ヒナタはお茶を入れるために囲炉裏の火を起こした。元の家主の趣味なのか、この家には立派な囲炉裏があるのだ。
天井は煙が逃げるような造りになっているし、鉄瓶を下げる棒もある。
ヒナタも遊んでいたわけではなく、床に飛び散った血の処理をしていて疲れてはいるのだが、原因が自分にあるためどうしても気を使ってしまう。
寒くないように囲炉裏の傍で横になっているアマネを起こさないようにやかんに水を入れて、準備を始めた。
「あら、どうしたの。ずいぶん疲れた顔して。英気を養うようにっていったじゃない」
そこに階が戻ってきて、三人の様子に首をかしげながらそう言った。
「いや、ちょっとお客さんきてな、対応しとってん。」
答えるのも面倒そうに伊織がそう言うと、階は三人の様子に何か察したのかそれ以上追及することはなかった。
「№3が警戒している理由が分かったわ。」
ヒナタが入れたお茶をすすりながら階が言う。何でもこの近くの夕陽町という町にこれまでいなかった二類以降の感染者が大量に確認されたらしいわ。それで都市の主だった部隊はそれを調べに出て、残っているのは予備隊だったり、守備隊でもあまり優秀ではない奴らね。だから余裕がなくてすぐ攻撃してくるみたい」
「なんだよ、ビビって撃ってたのかあいつらー。それに当たったのがむかつく」
話を聞いてアマネはたいそう憤慨した様子だ。
「それと……少し不穏な噂があったわ。」
そう言った階の雰囲気が変わる。言ってしまえば、さっきまで世間話をしていたのに今は命にかかわるような話をしているくらいの違いがある。
「不穏て……今でも十分不穏やと思うけどな、№3は。裏切りに人体実験に、ろくなもんやないで?」
その渦中に入る伊織がいら立ちを隠そうともしないで言うが、階はそれをなだめながら話を続けた。
「少し昔話をしましょうか。聞いた話だし真偽は定かでないのだけれど……」
そう言うとお茶を一口だけ飲む。
「ある男の娘が先天性の病で両足が動かせない難病にかかっていた。どこの医者にもさじを投げられてそれでも男は諦めきれなかった。やがてこのパニックが起きて現れた感染者と争っている時、男は見たの。それまで起き上がり事もできなかった老人が感染・発症した途端、なんの障害もなく動き出した。それから注意深く観察すると、発症した感染者達は生前にもっていたケガや障害などが何もなかったように動いている。男はこれを使えば自分の娘の足も治るのでは、そう考えたらしいわ。
「そんなの……ゾンビになってもうたら意味ないやん」
「そだね、気の毒とは思うけど感染してしまったらそれこそ終わりだし……」
伊織とヒナタが話を聞いてそう言った。それに階は同感だと頷いた。
「それでもその男は諦めなかったの。そしてここからが不穏な話なんだけど、男は途中から娘の足を治す事よりも、感染者のもつ力を手に入れる事のほうにのめり込んでいった。そして感染者の不死性と力をもつ人間を作り出そうとしているらしいわ」
そこまで言うと階は話をとめて、周りを見た。話を聞いていた皆は神妙な顔で聞いている。
「それが、伊織ちゃんたちの相手の佐久間って男ですか?」
ヒナタが聞くと階は分からないと首を振った。あくまで噂である。しかしアマネと伊織は確信しているようだ。
「間違いない。こんな世界になる前は普通の気のいいおっさんやったんや……娘の話は聞いたことないけど、たぶん間違いない。今の佐久間やったらそんくらいする」
「私はキザさんの集めてきた噂なら信用する。情報の取捨選択がうまいからなーキザさんは。」
アマネは階に対する信頼感で信用しているようだ。
途中まではなんとか娘の障害を治そうとする父親の図だったのに……何があって感染者の力を手に入れるだなんて……そしてそんな事のために何の関係もない人をさらってきて実験に使う。決して許されない事だ。
そう考えるヒナタの脳裏に明るく笑う花音の笑顔が浮かんだ。
もしかしたら花音も実験に使われて感染者になっていたかもしれないのだ。いや、すでに捕らえられていたのだから、実験に使われる寸前だったと言ってもいい。
「そんな事のために伊織さん達のお父さんを陥れて都市を利用するなんて……都市は生き残っている人を救うためのものなのに……」
少なくともは№4は、松柴さんはそう考えて運営しているはずだ。
「じゃあそれを前提にして動くって事でいいわね?なら最初の作戦で行きましょう」
そう言って、すこしいたずらっぽく笑う階だった。