17-4
「何人かのグループで都市の外まで警戒していた。生存者のふりしてみたら撃たれたんだ。」
あっけらかんとアマネは言っているが、それは何か見かけたら問答無用で撃ってくるという事だ。確認もしないという事は確実に殺しにきている。
「ほんなら、もうここを離れたほうがいいな。きっとそいつらアマネのねーちゃんの事を探しとるで」
伊織は焦ったように言って立ち上がると、玄関まで行って外を確認している。もっとも今お邪魔しているお宅は、少し郊外にある農家の古いが大きい家にお邪魔している。ここに来るまでには両側が畑に囲まれている細い道を通ってこないといけないので、この家に向かってくればすぐにわかる。
「油断したなー。いきなり撃ってくるとは思ってなかったから、武器も荷物も置いてきちゃったんだ。さすがに拾いに行く余裕はなくてなー」
少し申し訳なさそうにアマネが言う。
「そんなの、命には代えられませんよ。アマネさんが生きて戻ってこれただけで十分ですよ」
アマネに洋服を着せながらヒナタがそれに答える。アマネは背中の左側を撃たれている。腕を動かす筋肉に当たったのか、手首から先は動くものの左腕がほとんど動かせない状態だ。洋服も一人では着れないらしくヒナタが手伝っている。そんなアマネに二人とも気を取られていると急に声が聞こえてきた。
「追手は気にしないで大丈夫よ。」
いつ玄関を開けたのか分からないほど、音もなく立っていた影がそう言った。ヒナタは一瞬どきりとしたが、聞き覚えのある声だったのですぐ冷静になり、アマネは少し弱った声でその名前を呼んだ。
「キザさん……」
入って来ていたのは階だった。しかしこちらも息は荒く肩で息をしている。
「キザさん!アマネさんが撃たれちゃって……キザさん大丈夫ですか?」
アマネが大変であると勢い込んで伝えようとして、階も肩で息をしている事に気づいたヒナタは階もケガをしたのでは?と青くなった。
「私は大丈夫よ。少し運動してきただけ……アマネちゃんを仕留めそこなった奴らが捜していたからちゃんと仕返ししといたわ」
アマネににっこり笑いながら階が言うと、アマネも安心した表情を見せた。
「わるいなーキザさん。ちょっとへましちゃったよ、はは」
「もうアマネちゃん、もっと慎重に行動してちょうだい。撃たれた時はさすがにあせったわよ」
そう言いながらアマネの傷が治療されているのを見て階もホッとしたようだ。
「え、仕返しって……どうしたん?」
恐る恐る伊織が階に尋ねた。階はニコっと笑って言った。
「あら~、聞きたい?」
その顔に不穏な物を感じたのか、伊織は勢いよく首を振った。それが賢明な判断であったと言えるだろう。
階は普通は温厚だし常識のある行動をとっている。しかし戦いになると豹変する。勝つために手段は選ばないし、戦っている時の階はえげつない事でもできるタイプの人間になる。
さらにアマネに対しては思い入れもあるのか、アマネに対して敵対する人物に対しては特に容赦がない。
「ふふふ……ちょっと追いかけてこれなくしただけよ」
そう言って階は笑った。その言葉を聞いて、伊織は安心したような顔を見せているが、ヒナタの笑顔は引きつっていた。
ヒナタは思った。追いかけるどころか日常生活ができないくらいになってないといいけど……と。
「でも思ったより都市に忍び込むのは大変そうね。どうしてあんなに警戒してるんでしょうね?」
そう言って伊織を見るが、伊織にも分かっていない。自分たちが№を出る時は普通に見張っているだけだった。伊織は小さく首を振りながら言った。
「普通はこんな警戒してる事はない。せいぜいゲートんとこに立って見張りするくらいやった。いきなり撃つとか、頭おかしいんとちゃうか」
僅かにいら立ちを見せながら通常の状態ではないと言う。
「私たちが来るから……ではないわね。足取りは消したはずだから、目的地は分からないはず。なんかトラブルが起きたって感じなのよ。」
「それなら私が一緒に……」
そう言ってヒナタが立ち上がろうとするのを階が手で制した。
「ううん。本番はこれからですもの、英気を養っておいて。あと、アマネちゃんが無理しないように見張っといてちょうだい?この子、自分の体を顧みないところがあるから……」
そう言って心配そうにアマネを見ると、思い当たる事があるのか、アマネはそっと目をそらした。
「ともかく№3で何か起こっているのは確かよ。トラブルは私たちとしては歓迎したいくらいだけど、何が起きているのかは把握しておく必要があるわね……」
そう言うと再び、階は家を出て行った。
トラブルの内容によっては自分達もうかつな事は出来ない。残った二人で額を突き合わせるようにして相談を始めた。
トラブルが都市の外での事なのか、中で起こっているのかでも対応は変わる。色んな事を想定しながら、また都市内部の事を伊織に確認しながら相談していたら、ふとヒナタは何か忘れているような気になった。
丁度その時だった。
ゴトッ……ガタガタ……ゴン!
ヒナタの耳に確かに物音が聞こえた。それは伊織にも届いていたようだ、伊織も怪訝な表情になって付近を見回している。
「なあ、何か聞こえへんか……」
伊織がそう口に出した時だった。
「窓!」
何者かの鋭い声が聞こえ、二人とも素早く窓の方を向いた。そこは板切れなどを打ち付けて、入れないようにしてあったがありあわせでやったのだろうか、隙間が結構あった。
その隙間からこちらをのぞく目があった。真っ赤に染まっており、瞳孔が開いているので視線はこちらを向いているのだが、どこを見ているのかよくわからない。
明らかに感染した者の目だった。
こちらが気づいたからか分からないが、二人が見た瞬間窓を塞いでいた板がガラス片と一緒に吹き飛んだ。得物を見つけた感染者にとって、1cmや2cmの板などなんの障害にもならない。
窓の部分をいともたやすくぶち破った感染者は、ヒナタと詩織を捕まえようとするように窓から身を乗り出すようにして両手を伸ばしている。幸いだったのは、その感染者が恐らく一類感染者であり段差などを乗り越える事が苦手だった。
それゆえに自分の胸ほどの高さの窓枠を乗り越える事はできずに、うめき声をあげながらヒナタ達に向かって腕を伸ばすだけだ。
「驚かせやがって……」
伊織が憎々し気に見ながら呟く。驚いて窓の反対側の壁まで逃げた事が恥ずかしくなったのだ。
「窓の近くにいなくてよかった。ちょうど降りてくるときに見えたから……」
そう言うのは警告を発したゆずだ。ようやく起きて、一階に降りようとしたところで、階段にある小さい窓から庭に侵入する感染者の姿が見えた。急いで階段を下りてくるのと、感染者が窓から中にヒナタ達がいる事に気づくのが同時だった。
「ありがとう、ゆずちゃん。ちょっと驚いたよ」
胸をなでおろしてヒナタが言った。窓から届かない位置にいたからよかったが、もし窓に近い位置にいたなら窓を突き破ると同時に掴まれていたに違いない。
言いながらヒナタはひらりと抜刀して窓の感染者に近づく。
「…………なんかやりづらいな」
刀を上段に振り上げたものの、苦笑いしながらそう言って振り返った。ヒナタにとって抵抗できない位置から一方的に攻撃するのは気が引けてしまうのだ。
「それは違うヒナタ。その人もなりたくて感染者になったわけじゃないと思う。もし、少しでも自意識が残っていたら?」
「え?」
急に真面目な顔をしたゆずにそう言われ、考えてみる。感染者に自意識があったら……自分ならとても辛い。人を襲って相手も感染させてしまう。もしそうなってしまったら……
現状、発症してしまった感染者を元に戻すすべはない。
「殺すわけじゃなくて、助けてあげるってこと?」
ヒナタが言うと、ゆずは頷いた。
「ん。私なら自分を止めてほしいと願う。だからこれh救済。こっち側の勝手な言い分かもしれないけど……」
そう言うと、少し悲しそうな目になって感染者を見る。そう言われると、窓からヒナタ達を捕まえようと必死に両手を伸ばすさまがとても哀れみ見えてくる。
「そだね。私も殺してほしいって思うかも。わかった、離れてて」
ヒナタはゆずが伊織の所まで移動するのを確認すると、窓から身を乗り出した形の感染者の横から近づいて、一思いに刀を振り下ろすのだった。