17-3
その頃ヒナタたちはというと……
カナタ達の予想を裏切り、可能な限りショートカットをして№3に向かい、到着していた。正確には昨日着いたのだが、強行軍がたたって疲労がたまり、都市にほど近い街の戸建てにお邪魔して一晩休んだというわけである。
「ほんとやばかった……一晩ゆっくり寝たくらいで疲れなんか取れへんわ」
起きてきた伊織は寝ぐせのついた頭もそのままでヒナタの隣にどさっと座り込んだ。ここまで来る途中には標高はそれほどでもないが素人には十分険しい山々が横たわっていて、進路を阻んでいた。
登山の経験など誰もないので迂回もやむなしかといったところで、強硬に直進を主張して自ら先頭に立って進んできたのがアマネだった。
人が通らなくなって、荒れ始めている登山道は人を拒絶しているかのようにさえ見えたがそんな事はお構いなしだ。道なき道を歩き、途中にあった集落では元住民であろう感染者の集団をぶっ飛ばし最短距離でここまでやってきた。
後ろをついていくだけでも大変だったのだ。
本来なら、そんな無茶な行動は諫める階も何を考えているのか一切止める事なく、むしろ推奨しているくらいだった。
ようやくここに着いた時には、アマネと階以外はもう一歩も歩けないというところまで疲れ果ててしまう有様だった。今もヒナタと伊織が昼前になってようやく起きて来たが、ゆずは死んだように眠っている。
「結局ここまで来てもうたな……」
伊織が呟くのが聞こえて、そちらを見ると伊織は床に片膝を立てて座って、頭をポリポリとかいている。あまり男子には見せられないような格好だが、見た目は美少女なだけに違和感がすごい。
「いや、こんなとこまで巻き込むつもりはなかったんや。マザーと戦うのにほんの少し手伝ってもらおうって思うただけで……」
ヒナタが見ている事に気づいてバツが悪そうに言った。
「ここまで来ちゃったら行けるとこまで行くしかないよ。どうせアマネさん達は止まりそうにないし……」
ヒナタがそう言うと、伊織はカクンと項垂れた。
「いや、ほんま……あのアマネってねーちゃんなにもんやねん。ウチの会社にもやばそうな奴ら出入りしとったけどあんなんは初めてや。」
「伊織ちゃんとこって……いわゆるやくざ屋さんなの?」
少し聞きにくそうにヒナタが聞いた。関係者なんかもそうっぽい人がいたからだ。聞きにくそうにしているヒナタにちょっと笑った伊織は、少し考えて答えた。
「ん~、いわゆる暴力団って組織とはちょっと違うねん。なんて言うか……昔気質のやくざっぽい会社?極道とかそんなんじゃなくてただ荒っぽくて、それっぽい奴らが多いだけやねん」
「そうなんだ……その、怖い人ばっかだったらやだなって思って」
「普通の人から見たらそうなんかもな。うちもちっちゃい頃はよく言われとったわ。やくざの娘~、てな」
そう言って伊織は笑いながら言った。
「オヤジに会社があったあたりの昔っからある建築屋ってそんなの多いねん。そこで育ったからウチもこんなんやけどな?ほんとなら詩織みたいなどこかのお嬢さんみたいにしてたかもな」
そう言うと思い出したのか、笑顔を潜めてうつむいてしまう。
「詩織さんはきっと大丈夫だよ。喰代さんはちょっと変わってるけど優秀だし、向こうはお兄ちゃんもいるし」
元気づけようとしてそう言うと、伊織は顔を上げて呆れたようにしている。
「いやいや、お兄ちゃん関係ないやん。それに言っちゃ悪いけど少し頼りないやん?」
そう言うと今度はヒナタがむっとした顔になった。
「そんな事ないもん。それほどびしっと物を言うタイプじゃないけど、いつもうまくまとめてくれるもん」
ヒナタはそう言うが、一緒に行動した間見たカナタの姿は、周りに振り回されて困っているイメージしかない。しかし、わざわざこれ以上否定して空気を悪くする必要もないかと思った伊織だったが、兄をバカにされて頬を膨らましているヒナタを見ているとついいじりたくなってしまう。
「ほー、ずいぶん信頼しとるんやな。今頃№1でのんびりしとるかもしれんで?」
「むう。お兄ちゃんが私たちだけ危ない事させるはずない。きっと詩織さんの状態次第ではこっちに向かってると思う!」
伊織の言い方にムキになって言い返すヒナタを見ると年相応なんだなと可愛く思えてくる。そうなると、ついからかいたくなる。
「よし、じゃあ勝負や。ウチは№1でまだおろおろしとるほうに賭ける。そっちは?」
「もうこっちに助けに向かってる!鬼丸を賭けてもいい!」
ムキになってヒナタはそう言い返した。
「……?。鬼丸ってなんやねん」
思わずそう聞き返した伊織に、ちょっと待てと身振りで示してヒナタは自分の荷物をあせりだす。そしておもむろに取り出したのは……
「鉄パイプやないかい!」
思わず伊織はツッコんだ。
「ただの鉄パイプじゃないもん!鬼丸は……」
ヒナタがパニック当初に使いやすいように作り、愛着を持って使っていた物だ。色々あって手放していたが何の因果かヒナタの手に戻ってきた。その経緯を説明しようとすると、ガラリと音がして玄関が開いた。そこからアマネが入って来て言い合う二人を見て笑った。
「朝から元気がいいなー。少し無理させちゃったかなっておねーさん心配してたけど、その調子なら大丈夫だなー。偵察してきたぞ」
それは違うと否定しようとしてアマネの様子がおかしい事に気づいた。いつもと変わらないようにみえるが、少し元気がなく顔色も悪い。
怪訝に思ったヒナタが立ち上がって近寄ると、息を飲んだ。
「アマネさん!血……ケガしてるじゃないですか!」
「ん?あー、ちょっとな、避け損ねた。へへっ。」
「へへっ、じゃないですよ。撃たれたんですか?とにかく手当てしますから上着脱いでください!」
そう言い残すと慌ただしく荷物を置いている所に行った。救急セットを取りにいったのだろう。
「ちょ、大丈夫なんすか?」
取り合えず伊織が肩を貸そうとして、言葉を失った。アマネは大した事なさそうに言うのでヒナタが大袈裟に騒いでいると思っていた。
しかしアマネの左肩から背中にかけて三カ所、銃創らしき穴があり今も血が流れている。
言葉を無くしているとヒナタが戻ってきたので、二人で抱える様にしてさっきまで伊織が横になっていた布団に寝かせる。
「悪いなー。手当させちゃって。弾は貫通してるから絆創膏かなんかペッて貼っといてくれればいいからなー」
「何言ってんですか、結構出血してるのに!」
そう言いながらヒナタが持ってきたタオルを傷口に押し当てると、見る見るうちにタオルは真っ赤に染まっていく。
「そんな……一人で行こうとしたんですか?」
顔を青ざめさせて伊織が言った。アマネが一人で都市に潜入しようとしたために見つかって撃たれたと思ったのだ。
しかし、そんな伊織を見てアマネはきょとんとして言った。
「いや?警備の様子を見に行っただけだぞー。ゲートの外でただ歩いていただけなのにな。フードもかぶってたし、誰だかわかんなかったはずだけど、あいつら確認もしないで撃ってきたぞ。めちゃくちゃだなー。」
そう言ったアマネの言葉に伊織は二重に驚いた。
そんな事をあっけらかんと言うアマネと、まるで非常時のような警戒をしている№3にだ。
驚いて言葉を無くしている間にも手際よく手当てをして包帯を巻き終えたヒナタが心配そうに言った。
「アマネさん、手……動かせますか?」
「ん?あー。いてて……ありゃ動かせないな、参ったなー。はは」
アマネは軽い調子で笑っているが、これは由々しき事態である、伊織は愕然となった。異常に警戒している相手、味方の最大戦力と言っていいアマネは左腕を動かせない。さらに撃った相手は今も捜索しているだろう。ここもいつまで隠れていられるか……
「なんでここまで警戒しとんねん。うち等が来てる事がばれとったんか?」
いや、それにしても過剰な警戒と言える。こっちはたかだか数人なのだ。問答無用で撃つほど警戒する必要はないだろう。
到着したばかりだというのに、伊織には早くも暗雲が立ち込めてきたように感じてしまっていた。
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