16-6
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「でもキザさんやアマネさん達がいてよかったです。少なくともその子達は実験に使われずに済んだんですよね?」
その言葉に階は頷いた。
「ええ。そこで助けた子達やまゆ達は元気よ。いまも道場で暮らしているわ。ただ……ケンくんはダメだった。私たちが戻った時には、もう……」
「……そうなんですか。残念でしたね」
医者や医薬品などの医療は常に不足している。さらに他の仕事と違って見様見真似でやるわけにもいかない。結果ケガや病気による死亡率も上がっている。ケンのように大けがをしてしまうといろんな感染症を併発しても薬もないのだ。
「せめて、無事だけでも知らせたかったんだけどなー」
アマネがそう言いながら道に落ちていた石ころを蹴った。
「あんな事を指示した奴を捕まえたら、抵抗できないようにして感染者に食わしてやる……」
その件についてはだいぶ腹に据えかねているのか、アマネが物騒な事を呟いている。それを聞いた階が少し笑って窘める様に言う。
「アマネちゃん。それはやめたほうがいいわ」
「ん?どうして」
首をかしげて聞き返すアマネに階は微笑みを浮かべたまま言った。
「感染者の人も元は人間よ?そりゃ襲われれば倒すけど……そんなもの食べさせたらさすがに可哀そうだわ」
「そっかー。感染者もさすがにオエってなるかー」
アマネの言い方に思わず笑ってしまう。
「まあ、しかるべき罰は受けるべきよね。こんな世界になって、元々の常識や法律なんかはなんの抑止力もなくなったけど……こんな時こそ人は真価を問われてるわ。そしてこんな時にろくでもない事をする奴は、逆に言えば何をされても仕方ないと思うわ。」
「ん。因果応報」
いつの間にかヒナタの隣に来ていたゆずが階の言葉に深く頷いた。
司法も警察も機能していない今、秩序を守るにはそれぞれが正しい事をやっていくしかない。ヒナタも改めてそうであろうと心に刻みこんだ。
「なー。要はむかつく奴はぶん殴ればいいって事だよなー」
ぶんぶんとこぶしを振りながらアマネは言う。
「アマネちゃん、それは違うと思うわ」
それを階はやんわりと窘める。やはりアマネさんにはキザさんがついていないといけない。それも改めて思ったヒナタだった。
その頃№1では……
喰代博士がファイルをめくりながら難しい顔をしていた。カナタ達がここに到着して二日が経っていた。今は検査の結果が出たからと、カナタが喰代の部屋に呼び出されていた。
「検査の結果……どうだったんですか?」
喰代の様子を見て、カナタが恐る恐る尋ねる。どう見ても問題なかったような雰囲気ではない。試薬の追加投与で意識を取り戻した詩織だったが、できうる限りの精密検査を受けていた。もちろん極秘にだ。感染したことが知られると下手をしたら殺されかねない。試薬で抑えたといってもそれを証明するにはまだ実績がなさすぎる。
「検査の結果、詩織さんはほとんど私たちと同じと言っていいわ。時々マザー……かは分からないけど、何者かの呼ぶ声が頭に響く事と、治癒力が上がっている事くらいね、変わっていることといえば。まあ、本人が言うには自分を呼ぶ声は慣れれば無視できる程度にはなったそうだし、治癒力が高いのはむしろいい事だから、取り急ぎ問題になる事はないわ」
それを聞いたカナタは首を傾げた。それならばなぜそんな難しい顔をしているのか分からなかった。
そんなカナタをチラリと見た喰代は小さくため息をついた。
「今のところは、と言い換えましょうか。話を聞いた所、詩織さんはマザーが生み出した巨大な刀で斬りつけられた。そして見た感じ致命傷に見えた。間違いない?」
そう問われたカナタはその時を思い出すまでもなく頷いた。あの時の状況は鮮烈にカナタの脳裏に焼き付いている。斬られた衝撃、出血の量と裂傷、最後の方は呼吸も浅くなっていて死というものを目の当たりにした。
「でも、試薬の投与と共に症状が回復した。傷もふさがって出血も止まった……。私が開発した試薬は獅童の手から作った試薬Sも、マザーの一部から作った試薬Mも。そんな効果はないわ。経過をみるに感染が進むにしたがって感染者の治癒能力が働いたと思われるんだけど、少し強すぎるのよね」
そう言って喰代はもう一度ため息をついた。
「強すぎる?」
意味が分からずカナタは問い返す。
「そ。なにも効果があるに越したことはないんだけど……試薬は感染の症状の進行を止めるだけだった。ここに驚異的な治癒能力が加わると、マザーらしき存在に呼ばれるという副作用があるにしても効果が強すぎるのよ。分かり易く言えば、この薬を求めて奪い合いになってもおかしくない。新たな争いに種になりかねないわ。」
ちょっとしたケガが治るくらいなら問題なかった。致命的な傷が治る薬があればどんなことをしても手に入れようとする者が出て来る。喰代はそれを懸念しているのだった。
「はぁ~。試薬の存在はもう公表してあるし、サンプルも渡す事になってる。今更なしにはできないし……今の段階でそんな効果がある事がわかるなんて……」
そう嘆いて机に突っ伏してしまった。
そう言われれば、ゲームの世界じゃあるまいし致命傷が瞬時に治るクスリなんてものが存在すれば誰もが手に入れたがるだろう事は想像できる。自分だって欲しいくらいだ。
喰代はそれが大きな規模で奪い合いになって、結果犠牲が大きくなる。それを自分が開発した薬が引き起こすという事が耐えられないらしい。
「あの……なんか、すみません」
小さな声で謝る声がした。
「あ!ごめんなさい、あなたを責めてるんじゃないのよ?こんな事だれも想像できないもの。あなたは気にしないでいいのよ」
カーテン一枚隔てた隣で詩織がベッドに横なっていたのだ。話は丸聞こえだったろう。慌てて喰代がフォローしている。
そう言われて、薄く笑って俯いた。
「詩織ちゃん……その、体調は問題ないのかな?気分が悪いとか」
カナタもフォローしようと思ったが、気の利いた言葉が見つからず無難な質問になったしまった。
「あ、はい。体調は何も問題ないです。斬られたところも全く痛みもありませんし……それだけに自分が化け物になったみたいで……」
「ああ、ごめん……」
詩織はますます沈んでしまった。話題を替えようと話しかけたのに一番触れたらいけない所に触れてしまったようで、カナタは思わず謝る事しかできなかった。
「ううん、ごめんなさい。助けてもらったのにこんな事言って……」
お互いに謝りあって、その後は無言の時間が続いた。何とか雰囲気を替えたいと思うのだが、カナタの話術ではうまい言葉が見つからない。
「そうだ、姉さんは?」
逆に気を使わせたのか、詩織の方から話題を変えてきた。ただ、その話題も少々答えづらいものではあるが……
「ああ、君の姉さんは、その……多分、今№3に向かってる。と思う……」
言いにくそうにカナタが言うと、詩織は怪訝な表情で顔を上げた。
「№3に?どうしてですか?」
身を乗り出すようにして詩織は聞いてくる。これまた、うまい誤魔化し方が浮かばないカナタはありのままを伝えるしかなかった。
「それは……危険ですね。№3は少し前から防衛に力を入れてます。過剰なくらいに……」
不穏な言葉を口にする詩織に、カナタも心配になってくる。
「あの……私たちも行くわけにはいかないでしょうか!」
「えっ?今からNo.3にかい?」
意外な申し出にカナタは思わず問い返した。時間はかかるが無理な話ではない。
それを詩織が口にした事に驚いていた。あまりはっきりとものを言うタイプではないからだ。
その後詳しくNo.3の様子を聞いてみたが、感染者だけではなく人に対しても防衛を強化しているとの事。
アマネ先輩は簡単に言っていたが……
「行くしかないか……」
結局、カナタも気になりはするのだ。
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