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16-5

翌日、階とアマネはまゆが教えてくれた場所へ向かった。道場から二駅くらいしか離れていない場所だ。物資を探すときにケンとよく会っていたのだから遠いはずはないのだが。


二人とも普段より喋らない。もしかするとこれから行く所に見たくない光景が広がってるかもしれないと考えると自然と口も重たくなるものだ。話を聞く限り、相手は子供だからと言って加減するような感じではなかった。

もし外の様子を見ようと子供たちがカギを開けてしまったら、もし男たちに強引にカギを開ける手段があるなら……


悪い事は考えまいと思っていても自然と足が速くなってしまうのだ。


「なーキザさん。どうしてこんな事ができるんだろーな……」


前を見つめて急ぎ足で歩きながらアマネがポツリと言った。


「それは……わからないわ。でも世の中には、罪悪感ってものをどこかに置いてきた奴もいる事は確かよ。平和だったころはそんな奴らも普通を演じて、仮面をかぶって何食わぬ顔で過ごしてたんでしょうけど……こんな世界になってそういう人たちが仮面を脱ぎ捨てて顕在化したんでしょうね」


階がそう答えると、ギリッという音が聞こえる。見るとアマネが歯を食いしばって、口の端から血を流している。


「アマネちゃん……」


階は立ち止まって、ハンカチでアマネの口元を拭いてやる。アマネは良くも悪くも純粋だ。アマネにとって子供などの弱いものは守るべき対象で、子供に対してそんな事をすること自体が信じられないことなのだ。それが現実に起きている事に怒りを感じているに違いない。


少しアマネの事を気にかけておかないといけないかもしれない。そんなアマネの様子を見て、階はそう思った。話を聞いただけでこれなのだ。実際にその場面に遭遇したらアマネがどんな反応をするか……

相手がどうなろうが構わないが、やりすぎてアマネの心に傷がつく事を恐れる。

どんな相手であろうが、殴ってしまえば殴った手の方もそれなりに痛いものだ。アマネのように純粋な人間ならばなおさら……


「キザさん!」


そんなアマネが鋭い声を上げた。遠目に目的の場所が見えているが、一つのコンテナを囲んでいる人影が見える。さらにガリガリといった音が聞こえるので、何かしらの道具を使ってこじ開けようとしているのかもしれない。


「急ぐわよ。アマネちゃん」


声をかけて走り出す。当初は姿を隠してこっそり近づくつもりだったが、そんな余裕はなさそうだ。


そして、あと数十メートルほどの所まで来た時、入り口らしき扉を工事用のエンジンカッターでこじ開けているのが見えた。

その周りを十人くらいの男が立っている。


「エンジンカッターの音でこっちに気づいていないわ。アマネちゃん、子供たちの確保を優先するわよ。」


「うん、わかった」


アマネがそう答えると、もう一段速度があがった。一気に突っ込むつもりのようだ。階は準備していた木刀を右手に持った。このまま入り口付近の男を倒すかけん制して入り口から離すつもりで走り寄る。


アマネが手前にいた男に肉薄して走ってきた勢いのまま殴ろうとした。が、その時こじ開けられた入り口から男が出てきた。その手にはおさげの少女の髪を掴んでひっぱっている。


「っ!もう中に入っていたのね!」


 そう呟き、標的をその男に変えようと思った瞬間アマネが急激に方向転換して、猛獣の如く出てきた男に飛び掛かった。得物を捕らえ、油断しきっていた男に対処することなどできない。


無言で殴りつけたアマネの拳が男の顔面にめりこんだ。


「なっ!」 「誰だてめえら!」


少女を掴んでいた男はアマネの一撃をまともに受けて、背中から壁にぶち当たって崩れ落ちた。ようやく気付いた周りの男らがにわかに騒ぎ出すが、襲撃されると思っていなかったのその動きは鈍かった。


「なってないわね」


冷たく言い放ち、手近な男の鼻先を殴りつける。アマネはコンテナの中を確認して女の子を中に戻してその前に立ちはだかっている。


階に木刀え殴られた男も一撃で意識を飛ばしたようで、人形のように倒れた。


その隙にアマネの横まで行って、コンテナを背にする。


「なにもんだぁ?てめえら」


男たちの後ろに立っている男がこちらを睨みながら言った。他の男たちもめいめいに武器を構える。


「ガキどもの知り合いか知らねえが、邪魔すると命はねえぞ。コラ!」


別の男も威勢よく威嚇してくる。


「ぱっと見、その辺のチンピラってとこね。アマネちゃん、話を聞きたいから一人は喋れる状態で残してね」


ぐるっと囲むように立った男たちは全十代から二十代前半の若者だった。もともと暴走族かなにかだったのか知らないが、暴力を振るう事には慣れていそうに見える。

しかし、それだけだ。


「保証はできないなー。善処する」


そう言うとアマネは背負っていた刀を鞘から抜かずに構えると、男たちがそれを見て一瞬怯んだのがわかる。


アマネの使う刀は身が厚く長い。アマネの身長とさほど変わらないのだ。武器としての迫力は相当なもので、男たちが一瞬怯んだのがその証拠だ。

しかし、いつまでもひるんではいない。すぐに我に返って威勢を取り戻した。鞘に入れたまま構えた事もあって余裕を見せている。


「ああん?おい、そんなもんがまともに使えんのかぁ?振り回されんのがオチだぜ」


アマネの近くにいた男が笑いながら言うと、その周りの男も笑いだす。たしかにそう思うのも無理もない。身長が160もないアマネが自分と変わらない大きさの武器を振るえるとは思わないだろう。普通は……


男たちが揶揄するのにも取り合わず、アマネが一番近くにいた男に標的を定めて一気に刀を振り下ろした。


「へ?」


男が呆気にとられた声を出した。アマネが狙った男がではない。その隣にいた男がだ。アマネが標的にした男は振り下ろされる刀を避ける事もできずに頭に食らって、さらに横薙ぎの攻撃を喰らい、吹き飛ばされて昏倒してしまったからだ。


周りの男たちが騒めく。使えるもんかと笑っていた矢先に目にも止まらぬ勢いで連撃して見せられて、明らかに浮足立っている。


「もう少し抵抗してくれないと張り合いがないなー」


言いながらくるりと回転して、そのまま再度横薙ぎに斬りつける。狙われた男は思わず持っていたバットで防ごうとしたが、金属バットぐらいで勢いをつけたアマネの一撃を止める事などできない。

受けきれずにその男も弾き飛ばされてコンテナに叩きつけられた。その場にはひしゃげた金属バットだけが転がっていた。


「くそっ!なんだこいつ、バケモンかよ!おい、てめえらまとめて……」


指示を出していた男が、まとめてかかれと言おうとして止まった。それまで仲間が立っていたはずの所に階が木刀を肩に当てて立っていたからだ。

凄まじいアマネの攻撃に気を取られているうちに他の仲間は階の手により全滅させられていた。

みんな気絶しているか、うめき声をあげるばかりで立っている者は自分だけになっていた。


「みんなアマネちゃんに気を取られすぎなのよねぇ。楽なお仕事だったわぁ」


何て事もないように階が言うと、男は慌てて逃げようと踵を返す。


「どこにいくつもりだー?」


その男の前にアマネの刀が突き出される。


男はアマネを見て、階を見て逃げられない事を悟ると腰が砕けたのかへなへなとその場にへたりこんだ。


「な、なんなんだよてめえら……」


そう呟いた男の肩に、ぽんと木刀が置かれた。階の木刀である。男がびくっと体をこわばらせる。


「さて、いろいろ聞かせてもらうわよ。言っとくけど、言葉には気を付けて慎重に話した方がいいわよ。私はともかく彼女はうそが嫌いなの。」


木刀で男の頬を軽く叩きながら階はそう言った。男の視線がアマネに向いた時、アマネがその凶悪な刀をすらりと抜いた。


「ひっ!……まて、まってくれ!わかった、何でも話す、その女を近づけるな!」


男は腰が砕けたままアマネから離れる様に後ずさった。


「それはあなた次第かしら。じゃあ聞かせてもらいましょうか」





「結局その男の詳しい事は知らなかったんだけど、№3からの依頼で動いていた事は確かだったの」


階が話すと、ヒナタはやはりとうなづいた。


「私たちが花音ちゃんを保護した時と同じですね。そうやって何人も集めてする実験って……」


生きている人を、しかも年端も行かない子供を使うような実験だ。ろくでもない事は確かだが、なぜ子供なのか。ヒナタが疑問を口にすると階の隣にいたアマネが無表情になって言った。


「それなー。何発か殴ったあとに白状した。子供を使うのは、言う事をきかせやすいからと感染させるから、素体が弱い方が扱いやすいんだとー。」


確かに感染者は危険だ。生きている人と比較しても数倍の力があるし、怪我や傷つくことを恐れないために拘束することは至難の業だ。研究が進まない原因でもある。


「でも、だからと言って、子供を感染させるなんて……」


その男をどうなったのかは、あえて聞かなかった。そんな奴らの事なんかどうでもいい。もしかしたら、ほかの場所でも同じようにさらわれた子供もいるかもしれない。

そしてその子供はきっと……


やるせない気持ちを抱えたまま移動する。特に話を聞いてから伊織の落ち込み方がひどい。子供を使っているとは聞いていなかったようだ。


ヒナタはそっと嘆息した。どうして世界はこんな風になってしまったんだろう。これまで幾度となく考えた事だ。感染者にマザー。略奪者に人体実験……


いつか……元のような世界に戻れる日はくるんだろうか……

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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