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16-4

階は怒鳴りつけたい気持ちを押し殺し、わめく山岡を無視して行こうとするが、山岡の取り巻きも邪魔をして行かせない。


「キザさん、ここは私が。」


そう言ってアマネが前に出た。


「……アマネちゃん?話し合いできるかしら?」


「まー、たぶん?任せて欲しい」


これ任せちゃ絶対ダメな奴だ。そう思ったが、今は時間が惜しい。山岡たちもアマネがどういう人物か分かっているので、若干顔色が悪くなっている。


「分かったわ。アマネちゃんに任せる……」


「うん。」


アマネは嬉しそうに頷いたが、向こうでは苦情めいた言葉が聞こえてくる。が、知った事ではない。



ケンを抱えたまま、一緒に来ていた子供たちに目で合図すると道場の方ではなく、母屋の方に向かった。


「おい、待て!」


「私が話すって言っただろー。」


追いかけようとした男の髪の毛を、アマネがわしづかみにして引きずり戻した。


後ろから聞こえる悲鳴は聞こえない事にして、自室へと急ぐ階だった。




部屋に入ると、ケンを寝かせ洋服を切った。ケガの確認をするためだったが、想像以上の状態だった。もうここで処置できる範囲を超えている。

唇を噛みながらケンにタオルケットをかける。もう身じろぎもできないケンを囲んで子供たちがすすり泣く声が聞こえてくる。


「……っ。こ、こは?」


かすれてよく聞こえないが、ケンが意識を戻して呟く。


「ここは仁科道場よ。もう大丈夫よ。この子たちは安全よ」


安心させるように言ったつもりだったが、ケンは苦しそうに口を動かす。


「ケン?どうしたの?痛むの?」


階が聞いたことに小さく首を振ると、何とか絞り出したように言った。


「お、ね……た、け………く、そ……ま、ゆ」


何か言おうとしているのは分かるが言葉にならない。おそらく口の中もケガや腫れで思うように言葉が出ないのだろう。ただ、最後に名前らしき言葉を言った。


「ケンくん……」


ケンを囲んですすり泣いていた子供の一人が袖で涙をぬぐうと、決然とした表情で階を見る。


「あの……お願いがあります。何でもします助けてください」


そう言うとその子は土下座に近い格好まで頭を下げた。


「ちょ、ちょっと。頭を上げて?それじゃわからないわ。お願いを聞かせてくれるかしら?」


そう言うと女の子は頭を上げて階を見た。見ると額を摺りつけた跡があり赤くなっている。そんなになるくらい床にこすりつけていたのだ。


「私たちは、ケンくんをリーダーにして助け合って生きてきました。」


女の子は名を「まゆ」と名乗った。


「ケンくんが言うから信用しますが、今から言う事を誰にも言わないって約束してくれますか?してくれないと殺されても話しません」


まゆはそう言ったきり口をつぐんだ。以前ケンが言っていた通り、大人に対する不信感があるようだ。きっとこんな状況でなければ話もしてくれないだろう。


「ええ、約束するわ。もし破ったらここの道場にはオネエがいたって言いふらしてもいいわ」


少しでも和ませようとあえて冗談ぽく言ってみた。

それを聞いたまゆは少し困った顔をしていて、そこに触れていいのか迷っている顔だ。元々のこの子は優しい子だったのだろう。


「……私たちは、大山町にあるレンタル倉庫に住んでます。」


「大山町の……ああ」


まゆの言った所が思い当たり、感心した。ねぐらにするには最適と言っていい場所だったからだ。


「私たちだけで何とかやっていたんですが……あ、ケンくんに多めに食料とかを渡してくれていた人っておにい……おねえ、さん?ですよね?」


こんな状況にもかかわらず、まゆのこちらを気遣う様子に思わず笑顔になって答える。


「おねえさんでいいわ。私見かけはこんなだけど、心は女だから。それとケンやあなた達が頑張って生きているのを少しだけ応援したくなったのよ。余計なお世話だったかしら?」


そう言うとまゆは首を振った。


「いえ、ありがとうございます。そんな人もいるんだって嬉しかったです。でも……ごめんなさい、小さい子には話してないです。その……大人は怖いって教えてるんで……」


申し訳なさそうにまゆは言うが、そんな事はどうでもいい。大人は怖い存在、そう教えないといけない現実にかなしくなってくるだけだ。


「気を悪くしたらごめんなさい。でもほんとに怖い目に遭ってきたんです。おんなじ目に遭ってほしくないんです。」


「いえ、大丈夫よ。そうしないといけないようにした大人が悪いわ。」


話しているうちに、大丈夫だと思ってくれたのか少しづつ警戒が和らいできた。


「それで、お願いなんですけど……」


そう前置きしてまゆが話した事は階を憤慨させるに十分な内容だった。突然複数の大人がやってきて、そこで暮らしている子供を連れて行こうとしたという。当然拒絶するのだが、抵抗すると容赦なく暴力をふるってくる。

しかも心を折るためかニヤニヤ笑いながら言ったのだ。


「あきらめろ。お前たちは生きたまま化け物に噛まれるんだ。それを実験したいっていう人がいるんだよ。」



「その男がそう言ったのね?」


「……はい。私たちを捕まえて……生きたまま感染させてそれを偉い人が見るんだって言ってました。」


想像して怖気が走ったのか、ふるふると身を震わせてまゆはそう言った。階は何も言わず立ち上がるとクローゼットから段ボール箱を出し、そこからブランケットを出すとまゆの肩にかけてやる。


「あ……」


一瞬ビクッと体を跳ねだせたが、いくらか信用を得ていたのか拒絶はされなかった。


「怖い思いしたわね。生きたまま実験に使われるなんて……大人でも怖いわ。」


そう言って、優しくまゆの背中をさすると最初は身を固くしていたが次第に緊張を解いていった。


「でもケンくんが助けに入ってくれて、私たちは逃げれたんですけどケンくんがひどい目に……それでまだそこにいるんです。」


「その捕まえようとした大人たちが?」


「それもですけど、仲間のなかで小さい子は逃げきれなくて……倉庫に入ってカギを閉めさせたんです」


「え!するとコンテナの中に?」


驚いて聞き返した階にまゆは頷いて返す。


「コンテナの中ってどんな感じなのかしら?」


「あ、コンテナの中には食料や水なんかはあるんです。だからしばらくは籠っても大丈夫です」


まゆそう言うとホッとした顔になった。とりあえず生きていく事はできるらしい。コンテナは鉄製で頑丈だ。しかも内鍵をかけたらどんなことをしても外からは開けられないようになっているらしい。


「ただ、捕まえに来た大人たちが近くで待ち構えているんです。」


ほとぼりが冷めたと思い、一度帰ってコンテナを開けたら姿を現したそうだ。まゆたちは散り散りに逃げて、コンテナの入り口にいた子は中に入って素早くカギを閉めてなんとか無事だったらしい。


「じゃあ、お願いというのはそのコンテナの中の子の救出でいいのね?」


その言葉にまゆはうなづいた。


「そうなんですけど……でも……私たちは……」


「分かってるわ。ここに来いなんて無理強いしない。」


そう言うと、目に見えてホッとした様子を見せた。助けてもらったらここに来いと言われる。そう思ったのかもしれない。しかも、助けてもらった後なら無下に断りにくい。


もちろん安全性を考えたらその方がいいに決まっている。ただ、どこにでも悪い大人というのはいる。無理に連れてきて、さっきのような騒ぎになれば二度と心を開いてくれないだろう。


「そう考えるとコンテナ倉庫の場所がばれたのが惜しいわね」


それにはまゆも大きく頷くのだった。


「とりあえずあなた達も休みなさい。対策を考えているうちにご飯でも食べるといいわ」





その夜、ケンが高熱を出した。おそらくケガによるものだろうが、感染症かもしれない。しかし医療の知識がある者がいないので、手も出せないでいた。


体中にあざと傷があり、打撲と裂傷。大きく腫れた左腕は折れているだろう。それと……おそらくだが内臓にも及んでいる。悪ければ破裂しているかもしれない。


ずっと付きっ切りでまゆはタオルを額に置いて。汗をぬぐったりしているが、あれ以来ケンは意識を取り戻していない。

ほかの子供もケンのそばを離れようとせず、今も周りで丸くなって寝息を立てている。大人が怖いという事はあるだろうが、ケンはよほど信頼されていたに違いない。


「私たち、みんなバラバラだったのをケンくんが一緒にしたんです。みんな誰も信じられない状況になってたのを……すごく優しくて世話焼きで。ケン君がいなくなったら、またみんなバラバラになっちゃうかも」


そう言うと、まゆはさめざめと泣き始めた。きっとこれまで我慢してきた事もあるのだろう。大粒の涙を流しながら……


その背中を黙ってさすってやる。腹の中ではこんな事をした者達に対する怒りをたぎらせながら……



読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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