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16-3

新たに階を加えた一行は№3に向かって、高速道路沿いに北上していた。

階も一緒に行く事になって、アマネは嬉しいのか機嫌がいい。不思議な抑揚の鼻歌を歌いながら先頭を歩いている。

その後ろを伊織が時折方向を指示しながら歩いていて、残りの者はその後を歩いている。


ヒナタは階が一緒に参加すると言い出したのを意外に感じていた。どちらかといえば真面目で慎重な性格をしているので、都市を襲撃するなどという、まるでテロまがいの作戦には興味を示さないと思っていたのだ。


「珍しいですね、キザさんがこういう無茶な計画に参加するなんて」


なので、思い切って聞いてみた。ヒナタの知る階という人物のイメージからかけ離れていたし、少し様子がおかしい気がする。


「そうね、でも私にも許せない事はあるわ。……実験台にされそうになった子供たちを保護したことは聞いたかしら?」


階はチラリとヒナタを見ながら聞いてきた。たしかにそんな話をしていた、それが原因でどのみち№3にも寄るつもりだった事も。

ヒナタがそう伝えると階は軽く頷いた。


「その中によく知ってるこがいたのよ。知ってるって言ってもこんな世界になった後に知り合ったの。本名は知らないんだけどケンって呼ばれていたわ」


少し寂しそうな顔になって階は話した。


道場で暮らすようになって、物資を集めるために向かう先で時々会っていたらしい。お互いに警戒していたが、何度も顔を合わせるうちに話をするようになった。ケンは家族とはぐれてしまい、友人や保護した子供たちだけで暮らしてるという。小さな子供もいるらしく、その中で一番年上で運動神経がよく、面倒見がいいケンが危険をおして物資を集めていたらしい。


「道場に避難しないかって誘ったんだけど、子供たちの中に大人を怖がるようになった子がいるからそれはできないって断られちゃって……」


当時を思い出しているのか、歩きながら遠くを見て話している。

いつの間にかほかのみんなも階の話に耳を傾けているのか、誰も声を出さず黙って歩いている。


こんな世界になり、大人たちも生きるのに必死で余裕がなかった。自分の事で精一杯で、物資を巡って争ったり、他人を見捨てたりして。自分だけ良ければ後は知った事ではないと言わんばかりの行動をする大人たちを見て、子供たちは何を信じればいいのか分からなくなる。本来頼られるべき大人たちが自分の事しか考える余裕がない状態を見て、怖がってしまうのも仕方のない事だろう。


階は深く同情した。何とか力になってやりたいと思うが、無理に連れ帰るわけにもいかない。仁科道場には他の避難民もいて、気持ちに余裕がない人も少なからずいるのだ。

時間をかけて不信感を解いていくしかない。話を聞いた階はそう思った。


「それからケンと何回も会ううちに、いくらか馴染んできて一緒に物資を探したりしてたわ。見つけた物資は多めに渡したりしてね。でもそこにあいつらがやってきた」


佐久間の指示を受けた略奪者たちが実験台にするために生きた人間を捕まえにきたのだ。


「道場の事は話していたから、ケンが助けを求めてやってきたの。抵抗したんでしょうね、ボロボロの姿で……場所と皆を助けてって、それだけ言って……」


階の声が鼻声になっている。見ると目から一筋の涙が流れて、ぽたりと落ちていった……。


 



「ここも手狭になってきたわね」


道場の中を見渡しながら階は独り言ちる。先生の方針で避難してきた人は全て受け入れている。今は道場を簡易的にカーテンで仕切ってスペースを作っているが、布一枚隔てた所に見知らぬ他人がいるという生活はかなりストレスがたまるらしい。


アマネと二人で近所の戸建てを住めるようにしてそこに住めるようにしたのだが、希望者は出なかった。いくら近所とはいえ、いつ感染者や略奪者が襲ってくるか分からない所で暮らしたくないという理由で。


「はぁ……」


階は大きなため息をついた。確かにここにいれば自分やアマネ、それから他の門下生たちも守っているが、場所には限りがある。

そもそも武器も提供しているし、希望者には戦い方も教えている。しかし大部分の人は守ってもらうのが当たり前と思っているようなのだ。

出て行きたがらないくせに、場所が狭いと食べ物が足りないと文句だけは言ってくるのだから始末が悪い。


アマネに言わせたら文句があるなら出て行けと面と向かって言うので何度も揉め事を起こしている。


そういう連中は決まって自衛隊や警察は何やってるんだ!と言い出す。税金を払っているんだから守ってもらうのは当たり前というのだ。

しかし、自衛隊も警察もその前に同じ人間なのだ。自分や家族を優先して当然だ。確かにこれまでは税金から彼らの給料が出ていたかもしれないが、世界がこうなってしまえば税金も給料も存在しない。

仕事として成立しないのだから、何かを犠牲にして職務を果たす義務などないのだ。


だから自分や自分の大切なものは自分たちで守るしかないというのに、ほとんどの人はそれをしようとしない。


「はぁ……」


階がもう一つ大きなため息をついた所で、入り口のほうで騒ぐ声がした。急いでそこに行くと、一人の少年が倒れていて、それを囲むように立ち尽くす大人たちがいた。


「ちっ!」


温厚な階でも思わず舌打ちしてしまった。そして必要以上に怒鳴りつけた。誰一人手を出そうとせず、黙って見ている大人たちを少し乱暴にかき分ける


「そこをどいてください!黙って見てるなら下がって!」


言いながら青ざめた表情の大人たちを押しやって、倒れた少年の所に行った。見覚えのある服装に嫌な予感がしていたが、間違っていなかった事にもう一度舌打ちする。


「ケン!どうしたの?だいじょう…………」


言いながら抱き起した少年の顔は、もう面影を残していなかった。それを見て階は絶句した。

顔は至る所に傷があり、腫れがひどい。きっと素手か何かで執拗に殴ったに違いない。左腕も肘から下が倍ほどに腫れている。


「なんで……こんなこと…………」


「きざさん、どうし、ッ!」


騒ぎを聞いてきたのかアマネもそれを見て言葉を失った。


「あの……」


すると、今まで影になって分からなかったが、数人の子供がいる事に気づく。そのうちの年長らしき女の子が恐る恐る声をかけてきた。


「あの……私たち、知らない大人の人に襲われて……食べ物とか出したんですけど、私たちも連れていくって……そこでケンくんが私たちをかばって、ここまで連れて来てくれたんです。ここに着いた途端ケンくん……倒れちゃって……」


少女が言葉を詰まらせながら言った。どうも子供たちが住んでいる所が何者かの襲撃を受けたらしい。以前ここに来ないか誘った時に場所は話していたから、ケンはそれを思い出したのだろう。きっと必死の思いでここまで連れて来たに違いない。


「とりあえず、中に……アマネちゃん、先生に言って部屋に案内して。あと食べ物と……」


階が子供たちを迎え入れるべく、アマネに指示を出しているとそれを遮る者がいた。


「待ちたまえ」


そう言ってきたのは、こんな時勢だというのにでっぷりとした腹を揺らしながら歩いてきた男だ。周りに何人かの取り巻きを連れている。


「こいつらを受け入れる気じゃないでしょうな?」


あろうことかそんな事を言ってきた。瞬間的に殴ろうとしたアマネの肩に手を置いて留める。そして前に出て答えた。腕にはピクリとも動かないケンを抱えたまま。


「それがなにか?逆に受け入れない選択肢があるとでも?」


そう言うと、男は醜く口をゆがめた。その顔を見て思い出した。確か山岡というどこかの会社の社長で、自分の会社に数名の社員と一緒に立て籠もっていた所を救出した。社員はがりがりにやせ細っていたのに社長はでっぷりと肥えていたから印象に残っていた。山岡曰く、食べなくても痩せない体質で困っている。だそうだ。


「もう寝る場所もないのに、これ以上受け入れてどうするんですか。食べ物だって余裕がないからってどんどん減らされていってるのに。こんな状態で何の役にもたたないガキどもを受け入れるなんて納得できませんな!」


階は一瞬言葉が出なかった。この男は何を言ってるんだろう?そう思ったほどだ。そして頑張って生きていたケンがこうなってしまったのに、安全を享受する事を当たり前の事のようにいう目の前の男がのうのうと生きていて、文句を言ってくるこの現実を受け入れたくなくて、すべて壊してしまいたくなる衝動を必死に押し殺そうとするのだった。


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