16-2
「なるほどなー。いおりん才能あるぞー」
感心したようにアマネが言うと、伊織はまんざらでもなさそうな顔になっている。それぞれの動きが決まると白蓮は早速№4に向けて発った。
今はどう№3に潜入するか打ち合わせをしているところだ。
伊織が考えた案というのは、守備隊で問題なく対処できるがしばらく騒ぎになる程度の感染者をけしかけ、騒ぎに乗じて潜入し藤堂元代表を救出する。藤堂元代表の身柄の安全が確保できればこっちに味方になる人も増えると伊織は言う。
「とにかくオヤジの身柄を取り返すことが大前提や。佐久間は藤堂派の動きをオヤジを人質に使って制御しているようなもんや。おやじさえ取り戻せばこっちについてくれるはずや」
そう言いながら伊織は近くにあった段ボールを破ってくると、そこにおおまかな図面を描いた。№3の見取図だ。
「ここが正門で、まっすぐ行くと庁舎や。ここに特別室みたいなん作って佐久間は引きこもっとる。だから今回はこっちは無視や。狙うは裏門から入って……ここや。」
伊織が指し示したのは、庁舎よりは裏手にあるが比較的大きな建物だ。
「ここは警察署や。オヤジはここの留置所にぶち込まれとる。しかも……」
さらに伊織は自分の荷物の中から折りたたまれた紙を取り出してきて拡げた。
「これはそこの警察署の見取図や。あのくそったれ、アタシらにアイドルの真似事やらそうとしてたんやけど、初のステージを嫌がらせか警察署でやる予定やったんや。下見に行ったときに何かの時役に立つと思ってとってきたんや」
若干憤慨しながら伊織が言った。たしかに伊織も詩織も黙ってニコニコしていれば見た目もいいし、双子のアイドルとして売り出せば意外と人気が出たかもしれない。
すっかり見慣れたが、今も伊織が着ているのはひらひら多めのかわいい衣装だ。そう思って見ていると、ヒナタの視線に気づいたのか、伊織は少し顔を赤らめながら言った。
「じ、じろじろ見んといて!こんなひらひらしたの、ウチの好みじゃないで!佐久間のくそったれが準備したステージ衣装や。そんなんでもなければ、こんな派手でひらひらした邪魔な服着るかいな」
照れ臭いのか、スカートを持ってオーバーに動かすものだから下着が丸見えである。ここには今は男性がいないからよかったが……
まぁ、ステージ衣装だ。見られても大丈夫な下着をつけているんだろう。
そう考えていると、自分の行動を理解したのか、動きがピタリと止まり、さらに顔を赤くしてスカートを抑えていた。……どうやら見られたらダメな方だったらしい。見ていたヒナタはそっと視線を逸らした。しかし……
「かわいくていいとおもうけどなー。似合ってるぜー。」
まったく気にしないアマネがそんな伊織の全身を見ながら言った。
「かっ!かわ……なに言うとんねん。そんな事……」
「意外とかわいらしい下着してんだなー」
「なっ!今は好みで選べるほど種類はないやないか!ていうかどこ見とんねん!」
もうてんやわんやである。人気のない林に少女たちの声が響いた。
そこに近づく人の気配に気づかないくらいに……
最初に気づいたのは、騒ぎに加わらず少し離れてみていたゆずだった。
「誰?」
静かに、しかし鋭く誰何する。すでに腰からハンドガンを引き抜いていて、それは暗がりに向けられている。その後ろでは、恥ずかしさが限界突破した伊織が、なら全員の下着を見てやると言い出し、ヒナタのズボンをはぎ取るという暴挙に出ようとしていたところである。それをアマネがケラケラ笑いながら見ている。
「よかった、ほんとーによかった……」
近づいてきた主は何者か問われ、銃まで向けられているというのになにやら頻りに安堵している様子だ。
「ああ、ごめんなさい。害意はないのよ。そこのアマネちゃんの連れって言えばいいかしら」
そう言いながら暗がりから姿を現したのは、すらっとした男性だった。背は高く190くらいありそうだ。年の頃は二十代後半から三十前半といったところか。柔らかい挙措もあいまって落ち着いた印象を与えて来る。
「おー、キザさん。遅い、心配したぞー」
と、まったく心配してなさそうな調子でアマネが言う。ムキになってヒナタのズボンを剥こうとしていた伊織は自分の格好を思い出して慌てて服装を整えだした。
「キザさん!よかった無事に会えて。伊織ちゃん大丈夫だよ」
ヒナタも乱れた服装をのんびり整えながら男性に微笑みかけている。
「大丈夫なことあるかい!これでも人並みには羞恥心くらい……」
「ごめんなさいね。ヒナタちゃんの言う通り、私は見た目はこうだけど心は女だから」
「へっ!?」
慌ててスカートを整えていた伊織は思わずその手を止めて男性を見た。そういえばそんな事を聞いたような気もする。
「なー。だからこんな事しても平気なんだぜー」
ふらりとアマネが伊織の後ろに立った。
「「あっ」」
男性とヒナタの声が重なった。
「?」
怪訝な顔をして立っている伊織の後ろから、アマネは整えたばかりのスカートを思い切りめくりあげた。
男性とヒナタは事前に察知して、片手で目を覆っていたがそんな事を気づく由もない。
「ぎゃああぁぁっ!」
静かな林に伊織の叫び声がこだまするのだった。
「てめえ、今度やったらマジでしばくかんな!」
涙目でそう言っているが、当のアマネはケラケラと笑っている。それを呆れたような表情で男性は見つめていた。
「ごめんなさいね、アマネちゃんたら。でもほんとに私心は女なんで、女の子の下着見てもなんとも思わないから。」
そういう階を見て、伊織は何とも言えないような顔をしていた。下着を見られたからではない。たぶん。
階は喋り方は女性のそれなのだが、声は男性だ。しかも少し枯れたようないい感じの声なのである。誰にも言えないが、伊織にとっては見た目も好みに近いし声も好きなタイプなのである。それで女言葉を話すものだから、もう頭の中が取っ散らかって大変なのだ。
「あらためて、階 大海と言います。周りの人からはキザさんとか、ヒロミちゃんとか呼ばれてるわ。まあ好きに呼んでちょうだい。聞いてると思うけど、アマネちゃんと同じくそこにいるヒナタちゃんやお兄さんのカナタちゃんとは同じ道場で学んだ仲なの。よろしくね。」
階は周りを見ながらそう自己紹介した。喋り方もそうだが、ちょっとした仕草や動き方なども女性的でむしろ伊織の方が男らしいくらいだ。
「なんか……頭の中がバグりそう。」
少し離れて聞いていたゆずは聞こえないように呟いたつもりだったが、いつの間にか距離を取っていた伊織も同感だと頷いているのに気づいた。
事あるごとに衝突していた二人だったが、周りの色が濃すぎてすっかりと鳴りを潜めていた。いまではだんだん貴重になってきた普通人枠として連帯感すら生まれているような気さえしている。
そしてその目の前ではアマネが正座をさせられて説教を受けている。
「もう!あれほど勝手に遠くに行っちゃだめって言ってたでしょう?どうしてほんの一二分目を離しただけでいなくなるのよ!」
腰に両手を当てて、由緒正しいお説教ポーズでそう言って聞かせているが、本人はあまり気にしてもいない風である。
「なー。不思議な事もあるもんだ。でもそのおかげでかなちん達と会う事ができたぜー。にひひ」
アマネはへらへらしながらそう言った。これには階も黙るしかない、もし予定通り№4に言ってたらすれ違いになっていたのだから。
「でもね?ほんとに心配したんだから。お願いだから動くときは一声かけて、ね?」
懇願するように言われてはアマネも少し悪いと思ったのか、少ししょんぼりしてきた。
「うん、わたしもなー。キザさんいないと心細かった。今度から気をつける。心配してくれてありがとなー」
階はアマネがそう言うとようやくホッとしたような顔になった。
「ほんとよ。で、今はどういう状況かしら?」
と、階が聞いてきたので事のあらましを伝えると、少し考えた後でこう言ってきた。
「その作戦、私も手伝うわ」