16-1 天音 瑠依
詩織の事を喰代博士に相談するため、カナタ達と別れヒナタ達一行は一路№3を目指していた。昨晩女子のみで話をしていて、藤堂姉妹の話になった時にアマネが言い出したのだ。
「その何とかって奴をどうにかしたら問題ないのか~?」
今は途中にあった林の少し開けた場所で野営中だ。
突然そう言われ、伊織はしばらく考えた。佐久間だけを排除したところですべて解決とはいかないだろう。しかし、佐久間がいなくなって父親が代表に戻ればとりあえず好転するだろう。事はそう簡単な事ではないと思うがマザー相手に一歩も引けをとらなかったアマネという人物がいる。なんとかしてくれるんじゃないかと期待を持ってしまうのは仕方がない事だろう。
「わからん。でもいい方向には進む……と思う。」
もともと細かい事を考えるのが苦手な伊織だ。あまり深く考えずに言った。言ってしまった。
「そっかそっか~。ならちょっと行ってそいつやっつけちゃおうぜ~」
にこにこしながら、ちょっとそこまで行こうくらいのノリでアマネが言うので、伊織もつい頷いてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。そんな簡単に……それにそんな事したら大騒ぎになりますよ。きっと伊織さん達や、私たちも都市から追い出されちゃうかもしれないですよ?」
黙って聞いていたヒナタが慌てて口を挟む。恐らく伊織は半分冗談のつもりで聞いているかもしれないが、昔からアマネを知っているヒナタからすると、この人はほんとに乗り込んで言って殴り込むかもしれないと思っている。
「それな~。かなちん達に迷惑かけちゃうのもな~。ちょっと行ってサクッとやるだけならシンプルでいいんだけどなー。だから、お姉さん考えたんだぜ~」
そう言ってにんまりと笑ったアマネはとんでもない事を言い始めた。それは「ちょっと行ってサクッと」やったほうが被害が少なく済むんじゃないかと思えるくらいだった。
「あの、アマネさん?一般の人に被害が出るのはちょっと……」
引きつった顔でヒナタがアマネの話を止めた。アマネが考えたという案は、マザーや感染者を誘導して№3にぶつけてその間に藤堂元代表を救出、混乱に乗じて佐久間を暗殺しようという作戦だった。
「な、№3の人口が半分くらいになりそうやな……」
伊織もそれを聞いて顔をひきつらせた。
「だめかー?いい考えと思ったんだけどナー」
すこしつまらなそうにアマネは言うが、それはテロリストの手口だ。実行したら指名手配されるに違いない。
「キザさんがいればもっといいアイデア出しそうな気がするナー」
頭の後ろで手を組んでそのまま後ろに倒れ寝転んだアマネがそう言った。ヒナタも心の中でそれに同意する。
自由奔放といったアマネだが、不思議とキザさんの言う事は聞くのだ。
逆に言えば、いう事をきかせられるのはキザさんを除けば師匠くらいしかいない次点でぎりぎりカナタか。つまり、カナタが№1に向かおうとしている現在、アマネを止める事ができる人はいないという事になる。
どうしてはぐれちゃうかな……。ここにいない人物に少々苦情を申し立てたくなる。きっと今頃アマネを探してまわっているんだろうが……アマネさんはキザさんが迷子になったって言ってるけど、違うよね。きっと何かあって別々になっちゃったんだ。
少なくともヒナタはそう信じている。
「でもかなちんにコナかけてきたんだろ?そいつ」
急にむくっと起き上がったアマネはそう言ってきた。
「う~ん……確証があるわけじゃないけど……伊織さん達の話を聞いて、そうなんじゃないかって程度だよ?マザーの情報とか欲しがってるらしいから。」
話題がカナタに変わるとヒナタも難しい顔になって言った。情報を総合してそうだろうという事になったが、それについてはヒナタも心穏やかではない。長野や獅童を後押ししていたり、部隊を送ってきたりしたのは確かなようなのだ。
「あいつ、マザー、って言うか感染者の事を色々調べてん。なんか人体実験までやっとるっちゅう噂や。それも感染を防ぐとかそっちの方向やなくて、兵器として利用するほうの研究や、碌なもんやないで」
嫌悪感を露わにし、吐き捨てるように伊織は言う。
「じつはなー、須王のほうまで噂は届いてるんだ。こんな事があってなー」
そう言ってアマネは話し出した。階やアマネはパニックが起きてからしばらくして、師匠やカナタ達の安否を気にして仁科道場にやって来た。カナタ達が№4に行ってからひと月ほど後だという。師匠から話を聞いてそのまま仁科道場に腰をすえた二人は、近隣の生き残りを迎え入れる師匠の手伝いをしたり、物資を調達してまわったりしていた。そしてある日、地元ではない略奪者の集団と戦い事になった。もちろん階やアマネが遅れをとる事もなく、略奪者たちは殲滅したのだが、そいつらは子供を数人さらってきていた。
「そんでなー、可哀そうに衰弱してた子供たちを道場に連れて帰って元気になるまで面倒みたんだ、キザさんが。んで、話を聞いたら何かの実験台にするために都市に連れてかれるところだったーって言うからなー。お姉さん心配したんだ、かなちん達も都市に行ったって聞いていたからなー」
都市の人間からしたら、№3と№4は全くの別物なのだが、外部からは区別がつかなかったらしい。
「だからなー、お姉さんすぐに都市に乗り込もうとしたんだけどなー。先生とキザさんがだめだ!って言うから我慢してたんだー。へへっ」
師匠もキザさんもグッジョブである。ヒナタはここにいない二人に喝采を送りたくなった。
しかし、どこかで聞いた話ではある。花音もそんな感じだった、もしかしたら意外と因縁が深いのかもしれない。
「キザさんが子供をさらった連中の仲間を探し出して、問い詰めたらその№3の何とかって奴の命令でやってたらしいんだ。だから、今回かなちん達の様子を見に行った帰りに行くつもりだったんだぜー」
どうやら、佐久間という男は実験材料を確保するのにあちこちの略奪者を利用していたようだ。
「でも、それは良くない話ですねぇ……」
それまで黙って聞いていた白蓮が話しに加わって来た。静かだと思ったらゆずは白蓮の膝を枕にすでに眠っていた。白蓮はゆずを起こさないように気を使いながら、話を続けた。
「方向性は違いますが、藍さんもマザーや感染者の研究をしているじゃないですかぁ。でもサンプルがないから進まないってぼやいてたんです。前回はたまたまマザーの体の一部が手に入りましたが、それまではそういったサンプルになるような物って一切手に入らなくて……もし、その佐久間という男が藍さんくらい有能な研究者ならこっちが思っているより研究は進んでいるのかもしれませんねぇ。生きてる人捕まえて、感染させてそれを研究できるわけですから……」
これまで感染者やマザーに対する研究が進んでいないかったのは素体の入手が困難だったからだ。マザーの遺伝子を色濃く受け継ぐ二類感染者からは、倒すと跡形もなく溶けてしまう。マザーに至っては傷という傷をつけることすらできなかった。一類感染者は死体が残るがそこからは大した情報は得られなかったらしい。
白蓮が言うように、感染者の素体のサンプルを自由に作り出せるなら少なくともこちら側よりも研究は進んでると思っていいだろう。
それがどういった効果を生むのか、詳しい物がいないので分からないが嫌な予感だけはひしひしと伝わってくる。
「私はこの話を№4に伝えた方がいいと思います。これは都市間の問題ですから、部隊単位で対応するのは荷が重いかと……それでもきっとそこの人は止まらないでしょうから~……」
そう言って、アマネを見る。この二人の間には妙な距離感がある。仲が悪いというわけではなさそうなのだが……
「そだなー。お姉さんには3も4もどっちも信じられないからなー。でもみんなの邪魔をするとキザさんが怒るからいおりんが決めてくれー」
「い、いおりん?」
いきなり変な呼び方をされて、伊織は何とも言えない顔をしていたが伊織としては目的は最初から何も変わっていない。
「一部アマネさんの作戦でいくのはどうや?」
「おー。いいぞ、さすがいおりんだー」
少し悪い笑みを浮かべて伊織が言うと、アマネは嬉しそうにしていた。白蓮は№4に伝えに行くというし、このメンバーが道を外れそうになった場合、うまく舵取りをできるか不安になるばかりのヒナタだった。
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