15‐7
それから約一日かけてカナタ達は№1に到着していた。
「そうです、№4から来ている。喰代藍です。」
カナタは入り口で№1の守備隊に聞いて、松柴達が宿泊している所に来ていた。観光客向けの比較的立派なホテルだった。もちろんこんな世の中で観光に訪れる人などいないため、閑散としているし避難所としても使われているのか色んな物資が運び込まれていて、ロビーはごちゃごちゃしている。
今はフロントにいた係りの人に取次ぎを頼んだところだ。
「部屋は教えられないけど、取り次いでみるってさ」
戻って来たカナタが、ロビーのソファに座っているスバルとダイゴに言った。二人はソファを寄せて詩織を寝かせれるようにしていた。
「よいしょ……っと。こうして見るかぎりは気持ちよさそうに眠っているだけなんだけどねぇ……」
ソファに詩織を寝かせ、ブランケットをかけてやりながらダイゴが呟く。結局ここに着くまで詩織は一度も目を覚ますことは無かった。丸一日と少し食べ物も水も取っていない事になるので、なんとか補給してやりたいとは思うのだが、カナタ達にそう言った技術も知識もない。どうすることもできずにここまでくるしかなかった。
そうしていると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「おう、やはりお前さんらか。こんなとこで会うとは思わなんだが……間違いなく№4の人間じゃ。問題ない。」
そう長く待たないうちに、三人ほどの男性を引き連れ降りて来たのは松柴だった。
呼び出したのが間違いなくカナタ達だった事を確認すると、松柴は振り返って男性たちにそう言った。
「了解しました。私たちは近くにいますので。」
男性たちはそう言うと、ロビーの少し離れた所でソファに腰掛けた。こっちを見てはいないが、明らかに気にしている。護衛兼監視といったところだろうか。
「気にしなくていい。あやつらはアタシらのガードをしてくれている。今回は事が事だからね。ガードも監視の目もきつくてね」
そう苦笑いしながら松柴が言った。喰代博士が開発した試薬は、一時的にだが感染しても発症を抑える効果が認められている。もう少し研究を続ければワクチンができるかもしれないと希望をもたらしたのだ。
これまで、クスリさえあれば助かった命はどれだけあったものか、想像もつかないくらいほどの犠牲者がいた。なにしろ致命傷とは程遠いかすり傷でも感染してしまうのだから……
もし、研究が進み感染を恐れないですむようになれば、感染者に対する戦い方にも大きな影響を与えるだろう。
それだけに喰代博士にかけられる期待は重い。本人は研究に必要な資材などを優先的に回してもらえるようになったことを喜んでいるだけらしいが……
「で、その喰代博士は一緒じゃないんですか?」
やって来たのは松柴一人だ。てっきり一緒に来るものと思っていたので少し心配になったカナタが松柴に尋ねる。
「おお、さんざん声をかけたんじゃがな、今いいとこらしくて耳も貸さんかった。お前さんらをあまり待たせるのも不安化と思ってアタシだけとりあえず来たのさ」
「ああ……博士らしいっすね」
顔を見合わせて笑う。なんでもここでも部屋を一つまるまる使って、まるで自分の研究室の如く使っているらしい。最初は松柴と同室だったが、初日から急遽部屋を準備してもらったそうだ。
喰代博士が十一番隊の隊舎に来た時を思い出す……ここでもマイペースにやっているようだ。
「そんで、そこのお嬢ちゃんがその試薬を使った子かい?確かに傷は癒えてるねぇ……これじゃまるで、傷を負ってから一年経ってると言ってもおかしかないよ。藍はそんな事は言ってなかったとおもうんだがね。また、目の色変えて食いつくじゃろな……」
さすがの松柴もこれを見た時の喰代博士の様子を想像して少し引いている。すこし詩織がかわいそうに思えてくるくらいだ。
「あれ?カナタさんじゃないですか、訪ねてきた人ってカナタさん達だったんですか?」
ソファに座ってしばらくみんなで雑談していると、しばらくして喰代博士がやってきた。来るなりカナタ達を見て驚いている。
「なんども言ったじゃろうが……」
それを見て松柴が呆れている。どうやら本当に耳に入っていなかったようだ。
「あはは、すいません。集中しちゃうとどうも……で?今日はどうしてここに?」
頬をかきながら喰代博士はそう言った。
「そこから聞こえとらんのか……」
松柴さんはそれを聞いて頭を抱えてしまった。仕方なくカナタが最初から説明しだすと、試薬を投与したと聞いたあたりから喰代博士の目つきが変わった。
そして話が終わると早速詩織の所へ行って、色んな所を確認しだした。
「ここではちょっと……すいませんが部屋まで運んでもらえませんか?」
そして振り返るとそう言うのだった。
喰代博士の部屋のベッドに寝せられた詩織は依然として安らかな寝息を立てている。しかし喰代博士の様子を見る限りあまりいい状態ではないように思える。
「博士、詩織はどういう状態なんですか?」
心配になったカナタがそう訊ねた。別れ際に詩織の事を頼むと散々伊織に言われてもいる。
「はっきりとは言えませんが……試薬が完全に感染体を抑えきれていないように思えます。データでは試薬が効いている間は普通に動けるはずです。効いていないなら感染症状がでるので、この場合どちらとも違う状況なんですよね……感染した時の状況を詳しく教えてもらえますか?」
喰代博士はカナタ達に椅子を勧め、自らも手帳を準備してカナタ達の対面に座った。松柴は詩織の所で様子を見ておくようだ。
カナタ達がそれぞれ記憶を補完しながら当時の状況を説明すると、喰代博士はペンを片手に深く考え込んでしまった。
そして、聞いたことを描いたノートになにやら書き込み始める。カナタ達は顔を見合わせながらそれを見ているしかなかった。
喰代博士のペンが止まって、数分。
「あくまで仮定でしかないのですが……」
そう前置きして喰代博士は話し出した。
「感染した時に詩織さんがひどいケガをしていた事と、感染してから試薬を投与するまでの時間が関係しているのかと思います。人の体はケガをしていればそれを治そうと働きます。ひどいケガであればなおさらでしょう。感染した時のケガの度合い。それは私も想定出来ていませんでした。それから投与するまでにかかった時間。これも感染する時というのは、そこに感染者がいるという事。投与するまでに時間がかかる場合もある。そこを考えていませんでした。実験ではマウスなどを使って検証するのですが、そういう実際のデータはやはりなかなか取れないので……」
少し困った顔で博士は言った。確かに実験で実際に人を使って感染させたり、クスリを投与したりはできないだろう。まして感染した時というのは感染者と戦闘中であることが多いだろう。そこから試薬を投与できる状態になるまでの時間は想定できるはずもない。
「おそらく、データよりも感染が進んだ状態で投与された試薬と感染体が拮抗しているのではないかと……ですが、今診たところ、感染が進行している様子はありませんでした。試薬の追加投与で感染体を抑え込む事は可能だと思います。」
喰代博士がそう言った事で、カナタ達の間にホッとした空気が流れた。このまま目覚めない、あるいはやがて発症してしまう。などと言われたらどうしようと思っていたのだ。
「ただ……今の状況で投与した場合のデータはないので、確実ではありません。」
そう言われた事で、安心しかけた空気が元に戻る。
「この試薬は感染したばかりの状態の時を想定してあります。感染したばかりの時は、感染体もまだ増殖していないし、人間側の抵抗力もあります。詩織さんの場合、時間が経って感染体がある程度増殖してしまっているのと、ひどいケガをしている事で、詩織さんの抵抗力も落ちていた可能性があります。きちんと感染体を抑えきれるかどうかは試してみないと分からない状態です……」
さすがの喰代博士にも躊躇が見える。本来なら今回の発表を経て、各都市の承認を受けてそれから臨床試験にはいるという予定だったのが、いきなり人体に投与することになる。もしここで何か失敗でもしたら計画自体が中止に追い込まれる可能性もあるのだ。
「もう少し、ちゃんと調べてから判断したいと思います。確認しますが、投与したのは試薬Mですよね?試薬Sではないですよね?」
念を押すように喰代は言った。試薬Mはマザーの体の一部から作られた薬、試薬Sは感染した獅童の手から作られている。マザーのM、しどうのS。それぞれ元になった素材の頭文字からとってある。
Mはともかく試薬Sのほうは24時間程度発症を抑える効果しかないと聞いていた。今回詩織に投与したのは一個しか預かっていなかったMのほうだ。
マザーと戦闘の最中でもあり、いつ移動できるかもわからなかったので試薬Mの方を使ったのだ、間違いない。
それを喰代博士に伝えると、少しだけ安心したような表情になった。
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