15-3
「キイヤアアアァァ!!」
いら立ち紛れの雄たけびが響く。いつしかマザーの顔から、あの薄ら笑いは消えていた。
「戦うごとに相手の強みを取り入れて進化すんだ、やな奴だろ~?道場の近くにいる奴はもう硬くて、私の全力斬りかかって当たったとしても斬れもしないもんナ~。それに比べたら、こいつはまだまだだナ。」
何度目かのマザーの攻撃をはじいたアマネの攻撃で、マザーの持つ刀がだんだん欠けていくのが分かる。
「まったくナ~、キザさんは居なくなるし、かなちんはこんなのにやられそうになってるし……おしおきだナ~」
何気なく言ったアマネのおしおきという言葉に敏感に反応したカナタは、それが誰に向けた言葉なのか、それが気になって仕方ないくらいには、アマネに畏怖を植え付けられていた。
「き、階さんもきてるんだ……ハハハ」
もう乾いた笑いしか出なくなっているカナタが言った階というのは、アマネと同じく仁科道場の先輩で寡黙で実直な男性だ。自由で誰の言う事も基本的に聞かないアマネを御することのできる少ない人物の一人だ。
「な~、困ったもんだ。キザさん迷子になったから、わたしもどこに行ったらいいのかわかんないからナ~」
マザーと互角に斬り合えるような危険人物を野放しにしないで欲しい。と、半ば本気でカナタは思った。
そしてとうとうマザーの持つ刀が砕け、アマネの刀がマザーに届きそうになった。しかし、その瞬間マザーは後ろに跳んでそれをなんとか躱した。
「あー、でも甘い。」
マザーに躱され、空振りしたと思ったアマネの一撃は、恐るべき速さで再度振り上げられた。その先には……
マザーのすぐ後ろには嚢腫格がいた。ほとんど動かず声の様な物も出さないので存在感が薄くなっていたが、ずっとマザーに寄り添うようにいたのだ。
そして、アマネが振り上げた巨大な刀は、その嚢腫格をいとも簡単に真っ二つに切り裂いてしまった。
ベチャっと嫌な音を立てて、地面に落ちた嚢腫格の半身はしばらく蠢いていたが、じきに動かなくなった。同時に立っていたもう半分も倒れる。
マザーと違い嚢腫格のほうは再生能力がないのか、アマネの一撃が急所を切り裂いたのか、それは分からない。嚢腫格は内臓が合体したような見た目をしているので、弱点など見た限り想像もつかないのだ。
「ギシャアアァァッ!!」
それを見たマザーが吠えた。これまでの雄たけびとは明らかに違った音だ。その表情からも心なしか怒りが窺える。
「今度はお前。」
それに一切構わず、アマネは踏み込んでマザーに対して勢いをつけて斬り降ろした。
それをマザーは大きく跳躍して躱すと、じりじりと後ろに下がり始めた。
「な~……やる気がなくなったら帰れ~。はぁ、めんどう」
あからさまに距離をあけたマザーに、アマネはやる気がなさそうに言った。
怒りがこもったような目でしばらくアマネを見ていたマザーは、もう一度大きく跳躍すると今度は完全に見えなくなってしまった。
「助かった……のか?」
思わず両こぶしを握り締めて、戦いを見ていたカナタは力が抜けたように言うと、足に力が入らなくなってしまったのかその場にへたり込んでしまった。
「だらしないナ~、走り込み、するか?」
「いや、そんな問題じゃ……いや……ありがとうございます先輩。おかげで命拾いしました。先輩が来てくれなかったら、きっと今頃俺は……」
そう言って俯いたカナタの頭に、三度拳骨が襲った。
「いったあっ!」
ふらつきながらも歩き出したカナタ。インカムの電源を入れて状況は説明した。仲間たちはそのまま帰る事を良しとせず集まって、何か方策はないかと考えを巡らせていたらしい。
それほど離れた所まではいっていなかったので、カナタはそこに向かおうとしていた。
「情けないな~。ふらついてんぞ~?」
その少し後ろを平気な顔をしたアマネが歩いている。
「そう言われても……先輩と一緒にしないでください。俺は一般人のくくりなんです。」
「なるほど~。それじゃ私は一般人じゃないと?」
「あ。いや、そういう訳じゃ……その、先輩は……ほら、見た目のわりに強いじゃないですか?見た目は普通の女の子だし……ねえ」
半目で突っ込まれ、慌てて言葉を繕うカナタ。この先輩を怒らせると無理難題を言い出す事は身に染みて分かっている。
「ふ~ん……まあいい。でもそれじゃ時間がかかるからナ~。私がおんぶしてやる」
そう言うと、カナタの前に進んでしゃがみ込んだ。
「ええ……」
カナタは思いっきり躊躇している。女の子におんぶされる抵抗ももちろんあるし、密着する照れくささもある。何より……
「いや、おんぶって……むりっすよね?」
「ん~?ああ、大丈夫。こう見えて私は力持ちだぞ~」
いや、それはよくわかってます。そうでないとあんなデカい刀振り回せないでしょ。そう思ったが口には出さない。後が怖いからだ。
「ほれ、早く!」
急かされて、仕方なく背中に体を預ける。
「よいしょー」
そう言って軽々とカナタを背負ったまま立ち上がった。立ち上がったのだが……
「…………先輩、やっぱ歩きます」
「んー?そうか」
素直にカナタを下ろすアマネ。カナタが降りたのは、その見た目があまりにもひどかったからだ。カナタは170後半くらいの身長だが、アマネは160もない。そして全体的に小ぶりで黙っていると声をかけられるくらいにはかわいらしい。
つまり、おんぶされている姿はどうみても後ろから少女に抱き着いて襲おうとする変態の図だと想像できたからだ。事案発生である。世が世ならお巡りさんこちらです。の状態だ。
きっとそうなったら、先輩も悪乗りしてしくしくと泣きまねを始めるに違いない。
今の世の中、警察機構も存在しないのだが、知人にでも見られたら……外に出られなくなる自信がある。
そんな事を考えながら頑張って歩いていると、ふと見たアマネの機嫌があまりよくなさそうなのに気づいた。おんぶを断ったからだろうか……それとも何か変な事を言っただろうか?カナタが考えを巡らせていると、視線に気づいたのかアマネがカナタを見ていた。
「あ。」
「おんぶが嫌なら、見てないでさっさと歩けー」
「いたあ!」
カナタが少しの間ぼーっとしているのに気づいたアマネがそう言うと同時にローキックをお見舞いする。
なんであんな小さいのに蹴りはこんなに重いんだよ……心の中で愚痴りながらも、相変わらずの理不尽な仕打ちに昔を思い出して懐かしくもある。
「先輩、昔もこんな事ありましたよね?」
「んー、そうか~?あったかもナ~。かなちん弱いからな~」
「だからその呼び方やめてくださいって!」
「かなちんが私から一本取ったら何でも言う事聞いてやるぞ~」
「……なんすか、そのムリゲー」
仲間が待つところまでそんなやりとりを繰り返しながら、しばし昔の感覚を楽しむカナタだった。
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