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3-1 ヒナタ

 仁科道場を飛び出した一時間ほど後、ヒナタの姿は例のゲームセンターの近くにあった。


 「ハアッ、ハアッ……」


 ヒナタは狭い路地裏の建物の壁に背中を預け、大きく肩で息をしていた。必死に落ち着くため深く呼吸しようとするが、限界を超えて走ってきたのだ。簡単には落ち着いてくれない。

 

 ゾンビのような化け物となった感染者は執拗に追いすがってくる。歩いているほどの速度なので振り切るのはそう難しくない。相手が一体ならば……一体の感染者から逃げようとするとその音を聞きつけるのか、あちらこちらからやってくる。しかも奴らは姿が見えている限りずっと同じ速度で追いかけてくるのだ。疲れる。という事を知らないのか、結果ヒナタは止まることもできず走り続け、ようやく距離が空いたところで路地裏に隠れたのだ。


「なんなの……いったいどうなってるの?怖いよお兄ちゃん……」


 息を整えながら思わず兄のカナタへの泣き言がこぼれる。


 しかしそれに返事をしてくれる者はいない。テレビでこの事態を知って、その場に兄がいるかもしれないと知ったヒナタは夢中でここまで来てしまった。自分が行った所で何ができるというのか、今更ながらそう考えるがその時は黙ってその場にいる事などできなかった。


 息を整えたヒナタは、奴らに見つからないように例のゲームセンターの所まで行ってきた。真新しい壁やガラスのウインドウには激しい血しぶきの跡があり、周りにはたくさんの感染者がうごめいていた。


 当然ヒナタの存在を認めると餌に群がるアリのごとく迫ってきた。それをなんとか凌いで少し離れたところで、また息を整えなければいけなかった。

何度も掴まれそうになりながらもギリギリでかわしてカナタの姿を求めたが、ここまでに見つけることはできなかった。


 しかも、今から帰ろうにもこれまで通った道はヒナタが感染者達を誘い出した格好になってたくさんの感染者がいる。とてもそこを通って戻ることはできそうにない。さらに最悪な事に、激しく動き回った際にスマホもどこかで落としてしまい、誰かに助けを求めることもできないでいた。


 心細さと、何も考えず飛び出してただ危険な目にあっているだけの自分への情けなさに涙がこぼれそうになるのを、歯を食いしばってなんとか耐えていた。

 少しばかりの剣術の心得があってもまだ13歳のヒナタが、ここまでパニックにならないでいるだけでもすごい事なのだが、それももう限界に近かった。


 「嫌だ……こんな事で……負けたくない」


 今の事態を招いたのは他ならぬ自分だ。きっとカナタならどこかに避難しているにちがいない。そう思う根拠は、これまでにカナタに会う事はできなかったが、カナタの遺体もかつてカナタだった化け物も見ていない事。それとやや補正の入った信頼だけであるが、無理にでもそう思い込む事にした。


 「あとは私が無事に帰ればいいだけ。きっと。ううん、他の事は考えない……」


 半ば自分に言い聞かせるように低く呟くと後ろを向き、今まで寄りかかっていた建物の壁に強く額を打ち付けた。

 頭の芯まで響く痛みに耐えていると、頭の中がクリアになった気がする。

 平和な環境で安心して生きてきたこれまでの意識を入れ替える。


「……よし!」


 ヒナタは気合を入れ、何か武器になるような物がないか視線を巡らせた。

 感染者は今のところ近くにはいないようだが、近くになにやら作業をしていた形跡がある。口の開いた工具箱が放置してあり周りにも工具が散らばっている。給湯器などの機械が並んでいるので、修理か何かをしていたところで異変に気付いて逃げ出したのだろうか、パイプなども転がっている。


 まずはここで作業していた人が無事に逃げれた事を祈り、それからおもむろに転がっているパイプを拾っては振り回す事を数回繰り返した。


「水道管か、ガス管かな。握った感じは悪くないけど……」

 

 色んなサイズや長さ、素材の違うパイプが転がっていたが、やがて一つのパイプを握ると小さく頷き、少し広い場所に移動して正眼に構えた後、おもむろに振り下ろした。


 ブン!という心地良い音がする。ちょうどいい重さと長さの鉄パイプだ。さらに工具箱の中から何かのテープを取り出し手元の部分に巻き付ける。触った感じ滑りにくそうだったのだ。


 やがて出来上がった鉄パイプを構え何種類か型をなぞって満足したのか、ヒナタは工具箱の置いてあるほうにぴょこんと一礼した。


「使わせてもらいます」


 もしもそこに作業員のおっさんがいたとしても、その愛らしい姿に「何本でも持っていきな!」と反射的に言うに違いない。


 得物を手に入れたヒナタは、慎重に来た道ではないほうに歩いていった。ヒナタは一人であまり町にきたことがない。家族や友達と来ることがあっても表通りの方しか通った事がないのだ。まして追われて裏路地を駆け回っていたヒナタは現在地がどこなのかも分かっていない。せめて感染者の少なそうな道を選んで大通りの知ってる道に出る事を祈るしかない。

 

 それでも先ほどまでの心細さはいくらか和らいでいた。得物を持つと気分が高揚するのは剣士の性か……

 

「よし、お前は鬼丸だ。鬼を切った名刀の名前なんだからね。鬼に比べたらゾンビなんて軽い軽い!」


 そう言うと鉄パイプを振り回すのであった。

 ちなみにカナタの影響かヒナタもかなりの刀マニアである。ヒナタが言う鬼丸は、鬼丸国綱という名刀の名前から取っている。時の権力者が夢に出て来る鬼を切ったとされる名刀だ。

 さらにお気に入りの物に名前をつけるのは、本人は隠しているがハルカの癖である。二人の影響をしっかりと受けているヒナタであった。


「こっちが大通りかな?なんか田んぼばっかだし、違うか。でも逆方向は山に向かってるんだよね」


 軽くランニングしながら路地を抜けたが、建物はますます少なくなっていき、なんだか田舎道に変わってきている。これは本格的に進んだ方向がまずかったらしい。選択肢が田んぼか山のどちらかになってしまったところで、ヒナタはようやく足を止めた。

 田んぼの向こうには建物があるが、雰囲気的に倉庫とか工場のようだ。ヒナタが行ったことのある所ではない。

 ちなみにヒナタの視線の先にヒノトリの社屋があり、今現在カナタもハルカもそこにいるのだが、ヒナタにそれを知るすべはない。


「仕方ない戻るか~」


 カナタやハルカとのニアミスに気づかずヒナタは元の道を戻り、路地の入口まで戻ってしまった。その時だった


「ん?」


 ヒナタの耳に人の悲鳴のような声が聞こえた。気になるが、声を辿ってしまえばまた分かりにくい路地に入り、迷子が確定しそうで躊躇する。現時点で十分迷子なのだが、本人はまだ認めていない。


 「あ、いい考えかも」


 しばし考えると、何やら思いついたヒナタは声に向かって駆けだすのだった。



「誰か、ひいぃっ!」


 大倉 克也(おおくら かつや)は焦っていた。さきほどもゾンビの手が服を掴みそうだったのだ。走っても走ってもどこからともなく現れてきて、足を止めることができない。息はとっくに上がっていて助けを呼ぶ声さえまともにあげられないほどだ。

 なんでこんな事になってしまっているのか、さっぱりわからない。こんな事なら家から出るんじゃなかった……。

 

 数時間前、克也は自宅で朝から開きっぱなしだった動画サイトでこの事態を知った。びっくりしすぎてマウスが飛んで行くくらいの衝撃だった。

動画で見た感染者の様子は克也の知るゾンビと全く同じである。もちろん克也の知るゾンビは映画の作り物だが……。


 動画の中で慌てふためき、感染者達の餌食になる人々の様子を克也は食い入るように見続けた。頭だよ、ゾンビは頭が弱点って常識だろ。走らないゾンビなんてナイフ一本で勝てるのに……そう心の中で馬鹿にしながら。


 自分なら勝てる。なんの根拠もなく思い込んでいる克也には、悲鳴を上げて逃げる人々が滑稽でならない。


「あ、今のお姉さん。かわいかったな、もったいない」


 流れてくる映像の中で、女性が感染者に捕まり命を落としていた。それを見て、もったいないという発想が出てくるあたり、なかなかの外道である。

 しかし克也は考えた。さっきみたいな状況で、自分が颯爽と助けたらきっと惚れられるだろう。これは自分の時代が来たかもしれない、と。

着古して薄汚れたトレーナーとジャージ姿のまま食い入るようにパソコンを操作する。カーテンも閉め切った部屋でパソコンのモニターの明かりに照らされた克也はありえない妄想を頭に浮かべながら……


そのまま動画を見ていたかったが次第に次々にサーバーがダウンしていき、ついにはどのサイトにも繋がらなくなった。


「なんだよ、くそっ!再生回数稼ぐなら今だろう、死ぬ気で映せよ」


 勝手な事を言いながら、繋がらなくなったパソコンを消して、そこら中に転がるごみを蹴飛ばしながらベッドに寝転ぶ。今ならリアルな夢を見そうだ。対処法を知っている俺が活躍する夢を。目を閉じる前に時計を見る、……10時半か、昼飯の時間になったらばばあが起こしにくるだろ。それまでひと眠りするか。


読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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