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15-2

他のみんなを逃がしてから、10分くらいは経っただろうか……もしかしたら3分も経っていないのかもしれない。

時間の感覚があいまいになるほどカナタの疲労は限界を迎えていた。


マザーと四つ足の相手をするというのはそういう事なのだ。これまでは分散していたものが集中してカナタに襲い掛かる。尋常ではない圧力と緊張で思考力さえ奪われていく感じがしていた。


カナタも無駄に死ぬつもりはない。もし隙があれば見栄も恥もかなぐり捨てて逃げ出すつもりだ。


「キイヤアアアァァ!!」


マザーが雄たけびを上げる。まるで獲物を逃がして怒りをあらわにしたようだ。依然として薄ら笑いを浮かべているが、心なしかその目からは怒りを感じる。


「へっ、ざま見ろ。くやしいかよ。これで俺も逃げれたらすっきりするんだけどな……」


だんだん思ったように動かなくなってきた足を刀の柄で何度が叩く。痛みで感覚を取り戻しているつもりなのだが、その痛みも薄れてきている。


さっきまでは定期的にゆずの援護射撃が続いていたのだが、しばらくそれもない。きっとみんなが安全圏まで行く事ができて自分も撤退したのだろう。


「良かった……お前だけが不安要素だったからな……」


そう独り言ちた。スバルやダイゴ、白蓮さんは大丈夫だろう。絶望的な状況だ。一人か全員か天秤にかければ一人でも多く助かるほうを選択できるだろう。

ヒナタも残ると言い出しかねないと思っていたが、涙を流しながらも従ってくれた。

でもゆずはそう簡単に言う事を聞かないだろうと思っていたのだが……まぁ、きちんと冷静に判断できたということさ。


そう考えた所で安心してしまったのか、あるいは限界がきたのか……マザーの斬り降ろしを逸らそうとして刀を引っ掛けられて飛ばされてしまった。

しかもそれはれっきとした剣術の技である。


「お前……なんなんだよ。そんな強いのに技まで覚えて使いこなすなんて反則だろ……」


無手になってしまったカナタにもうマザーの攻撃を止めるすべはない。


「ここまでか……みんなが逃げる時間は稼いだから……上出来か」


そう呟いてカナタはその場に座り込んで、最後にマザーを睨みつける。気持ちだけは負けない、という気概で……


そんなカナタを見て、勝利を確信したのかゆっくりと刀を振り上げたマザー。今度は明らかに笑みを深くしている。



そして、振り降ろされた。



思わず目を閉じたカナタの耳に、激しい金属音が聞こえた。


……ああ、頭をかち割られた時ってこんな音がするのか……一気にやられたからか、痛みもないんだな……



「だらしないナ~。お姉さんがっかりだぞ~」


少し鼻にかかったような、のんびりとした声。カナタはその声に聞き覚えがあった。しかしこんな所で聞く事がないはずの声に、ここがあの世という所かと感慨深く思っていると、頭の上に激しい痛みを感じた。


「いたっ!」


慌てて目を開けると、マザーと自分の間にある人影がこぶしを握ってこっちを見下ろしている。どうやら拳骨をくらったらしい。


「…………へ?」


自分の目で見ても、にわかに信じられない光景に思わず間抜けな声が出た。


「あー、これはバツとして修業がひつよーだナ~。アマネさん監修の特別授業だナ~」


その声と、特徴のある喋り方。カナタの脳裏にかつて通っていた仁科道場での思い出がフラッシュバックする。


「……へ?いやいや、そんな……えっ?……いったぁっ!」


挙動がおかしくなっているカナタにその人影はもう一発拳骨をお見舞いした。身体はそう大きくない。ゆえにその拳も大したことはないはずだ。

それでもカナタは半泣きになった。そして、ここが戦場である事、自分が隊長である事、絶体絶命の瞬間だった事……


それらすべてを放り出して、カナタは叫んだ。


「何やってるんすか、アマネ先輩!どうしてここに?」


「それな~。なんでここにいんだろーナ~。かなちんがだらしないからだナ~」


そこに立っていたのは、かつて仁科道場に通っていた頃の先輩であり、当時のカナタをして理不尽の塊と思わせた人物。天音 瑠依(アマネ ルイ)だった。


「あー、キザさん見なかったか~?先生に言われてナ~、かなちんの様子見に行くところだった。見れたから帰るか~。でもキザさんいないしナ~。どう思う?」


すぐ後ろにマザーという敵がいるにも関わらず、いたってのんきな様子でアマネはそう言った。


「いや、どう思うって言われても……ていうか、その呼び方はやめてくださいって何度言えば……いや、今はそれどころじゃ……」


どうやらカナタもだいぶ混乱しているらしい。しどろもどろの様子を見て、アマネはケラケラと笑った。そして私に勝てたらナ~と言うと、地面に置いてあった、己の身長ほどもある長さの刀をよいしょっと担いだ。


「あんなのに好き勝手やられて、かなちんもまだまだだナ~。お姉さんの修行を最後までやってればこんな事になってないんだけどナ~」


「いや、あんなのって……アマネ先輩!あいつは……」


「キヤアアァァッ!」


カナタに全部言わせる間もなく、マザーが雄たけびをあげた。その目は天音をしっかりと捉えている。得物を仕留めるところを邪魔されてご立腹のようだ。ただ、さっきまでマザーの横にいたはずの四つ足の姿が見えない。

もしかして、他のみんなを追っていったのか。そう考えたカナタの背中に寒気が走った。


「アマネ先輩!ここはもういいです……みんなを、俺の仲間を助けてください!さっきまで四つ足の感染者の変異体がいたんです。きっとみんなを追って……」


縋りつくように言うと、アマネはつまらない物を見るような目をして、あごである方向を指した。


そんな事より早く助けに行ってほしいのだが、言う事を聞かないとまた拳骨を喰らう。指し示されたほうをカナタが見ると、背の高い草に邪魔されて見えなかったが四つ足と思われるものが横たわっている。

すでにぴくりとも動かないそれを見て、カナタは油の切れた人形のような動きでアマネに向きなおった。


「邪魔だったから。」


その一言で片づけられてしまった。必死に戦っていた自分たちの何かが崩れていく……


呆然とするカナタのそばで激しい金属音が響いた。


マザーがアマネに対して攻撃を始めたのだ。体格差は倍以上あるのに武器の大きさはそれほど変わらないというアンバランスな斬り合いは、これまで必死にカナタがしのいできた物とは別物に見えた。



マザーの激しい攻撃を、アマネは事も無げに弾いている。それどころか追撃さえ加えている。アマネの持つ武器は長くて厚い。その質量はマザーの刀をもってして互角かそれ以上かもしれない。

そんな巨大な武器を、ヒナタやゆずとそう変わらない体格の女性が振り回している姿は、見ていると頭がどうかなってしまいそうになる。


「こいつナ~、道場の近くにも似たようなのがいるんだ。知ってるか~?こいつら、自分が怖いものは真似して自分もつかうんだぞ~。こいつは刀を使ってるから刀で痛い目見た事があるんだろーナ~」


何気なく言うアマネの言葉を反芻して、カナタは驚いた。仁科道場の近くにもマザーがいるということと、その生態を知っているらしいアマネの口ぶりにだ。

確かに、以前戦った時は刀どころか武器の様な物は何も持っていなかった。それをカナタとヒナタが持つ桜花と梅雪、大きなくくりでいえば「刀」にやられたから、真似して刀を模した武器を使っているという事なのか。


さらに、今回は途中から短刀の様な武器も使いだしたし。構え方もヒナタのものと、どことなく似ていた気がする。


……つじつまはあう、あってしまう。このマザーに一番ダメージを与えたのはヒナタだろうから……

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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