14-12
伊織が取り出したのは、昨晩過ごした部屋の家主が使っていたライフルSVDドラグノフだった。
「チビ!私がこれで撃って気を逸らすから、お前が本命ぶち込んだれや!」
消沈してしまった意気を無理やり上げた伊織は、袖で鼻をこすりながらそう言い放った。
伊織が今回の遠征で所持していた武器は№3でコピー製造されたMP-5一丁だけであった。それすらも得意としているわけでもなく、丸腰よりはましと持ってきていた程度の物だ。
MP-5は短機関銃で、拳銃弾を連射できるが射程距離も命中精度もあまり良くはない。銃弾をばらまくような用途で使われる事が多い銃だ。マザー相手にはいかにも心許ない。
昨日過ごした所で接収してきたSVDは最初ゆずが持っていたが、そんな伊織を見かねて渡していた物だ。扱い方もゆずが道々に教え、何発か試射もしている。
ゆずが言うにはスナイパーライフルとアサルトライフルの中間みたいな銃なんだそうだ。連射はできないがセミオートで発射できるSVDは中距離で素早く狙撃するのに適しているとの事だが、マザーとの距離は500m強ほど。射程距離内ではある。
ずかずかとゆずの所に歩いて行き、自分の袖でゆずの顔をぬぐうと隣に座り込んだ。
「タイミングは言って欲しい。こっちは初心者や、それでも気合で当てたる。少なくともこっちに気ぃ逸らせるから、本命はゆず、お前のアホみたいなライフルや。私は仕方ないとして、お前は外したら承知せえへんぞ」
そこまで言われてようやく再起動したゆずは、一瞬だけ顔を輝かせた。しかしそれもすぐに消えて、いつもの調子になる。
「誰に物言ってる。事狙撃に関しては私が師匠、もっと敬った態度で接するべき。っていうか……このガサツ女!その袖で鼻拭いてた!」
「ああ。気にすんなや、そんくらい。その筋ではご褒美やで」
鼻をぬぐった袖で顔を拭かれて、文句を言い出したゆずの対して、伊織は手をひらひらと振って気にするなと言い放つ。
「こいつら……いつでもどこでもやりあえるんだな……」
もはや呆れたカナタはそう言うが、言い合う中に僅かだが信頼関係が見えるようになった気もするので、それ以上は言わなかった。
周りからはゆっくりと感染者の群れが包囲の輪を縮めてきている。ここの神社が険しい階段を昇った先にあり、途中はどの方角からでも上る事は困難だ。それだけが唯一の救いである。
それでも異様な緊張感に包まれる中、全員が固唾を飲んで双眼鏡などでマザーを見ている。
それを知ってか知らずか、マザーは依然としてカナタやヒナタがいる方を見つめて薄笑いを浮かべている。
「その気色悪い笑い、消したる。いつでいいでゆず」
伊織がそう言うとゆずは大きく深呼吸を一つして、数秒後に言った。
「いつでも撃っていい」
次の瞬間、伊織の構えるSVDが火を噴き、銃口が跳ね上がった。
全員が見守る中、銃弾はマザーの額に着弾した。しかしマザーにダメージを与えた様子はない。しかし着弾の瞬間、マザーは伊織の方を確かに見た。
その隙を見逃すゆずではない。
ゆずのへカートがSVDの数倍あるんじゃなかろうかという轟音と共に銃弾を吐き出し、さっき伊織が狙撃した場所に寸分たがわず命中させてみせた。少し遅れて通過点にあった窓のガラスが勢いよく粉々に砕け散った。
さすがのマザーも大きく上半身をのけぞらせて、しばらく踏ん張っていたが耐え切れずにしりもちをついた格好になっている。
着弾した場所は大きくえぐれているが、致命傷には至ってはいない。しかしこれだけ長い時間動きを止めてみせたのはこれが初めてでもある。
「やった!」
指をパチンとならして伊織が歓声をあげている。その隣では詩織も嬉しそうな顔で伊織を見ている。しかしゆずの集中は続いたままだった。
勢いよくボルトハンドルを操作したゆずは、続けざまに次弾を放った。
ふたたび轟音が響き、ゆずの周りの砂埃を大きく巻き上げる。銃弾は初弾にほど近い箇所に当たったようだ。油断していた伊織は両手で耳を塞いで顔をしかめている。
「おい、ち……」
さらにゆずは次の弾を発射する。都合七発。ゆずは1マガジンを使い切る勢いで連射した。
これはさすがに……と期待を込めて一同がマザーの様子を双眼鏡で見ると……
全弾をほとんど同じ場所に命中させた事で、マザーの顔の部分に穴が開きそうなくらい陥没してしまっている。しりもちをついた格好のまま動きはしない。
「すげえ……あのマザーの顔面を破壊しちまったぞ……」
感心するように言うスバルだったが、ゆずは厳しい声でそれを遮った。
「まだ!うしろ、内臓が来てる」
見ると、動かないマザーの後ろにいつの間にか嚢腫格が来ていた。しかも……
「再生してやがる……あの内臓、マザーに何か繋いで再生を促してる?」
嚢腫格から伸びた触手の様な物がマザーの繋がっている。触手は何かを送り出すかのような動きをしている。
「あの気色悪い内臓も撃ったれや、……ゆず?」
勢いこんで振り返った伊織が、急速に勢いをなくす。その視線の先では右胸を抑えながらマガジンに弾丸を詰めようとして何度も落としているゆずの姿だった。
「お前!、全弾撃つなんて無茶な事するから……ヒナタ!」
慌ててカナタが駆け寄り、ゆずからマガジンと弾を奪うと替わりに弾を詰める作業を始める。一緒に駆け寄ったヒナタはゆずに胸を調べている。
「いっ!ヒナタ、繊細な思春期の少女の胸はもっとやさしく扱ってほしい。」
減らず口を言う元気こそあれど、額には脂汗が浮いており診ているヒナタの表情も真剣だ。
「ここじゃはっきり分からない。折れては……いないと思うけど、ヒビくらいは入っているかも……あれだけの威力の銃だもん、ゆずちゃん……」
「マザーには中途半端は意味がないと思った。あれは全力で当たるべき。折れてないなら上等。カナタ君ありがと」
そう言うとゆずは勢いよくマガジンを叩きこむとボルトハンドルを引こうとして、痛みに顔をゆがめた。
「ほら!無茶だって。しばらく撃たないで、あとはこっちでなんとか……」
そう言って止めようとするヒナタをやんわりと押しのけたゆずは、痛みに顔をしかめながら初弾を装填した。
「ん、そっちもなんとかしてほしい。私はできる事をやる。あれはそれだけの相手。ヒナタも分かってるはず。まともにぶつかれば、この中で誰も生きて帰れない」
そう言うゆずの視線はマザーを捉えて離さない。ゆずはひそかに悔しい思いをしている事があった。前回のマザー戦の時に戦いにほとんど参加できなかった事だ。後衛だから仕方ない、有効的な武器を持っていないから仕方ない。言い訳はいくらでもできるが、大好きなカナタやヒナタがボロボロになって命を落としてもおかしくない状況で必死に戦っていた頃、自分はほとんど駆けずり回っていただけだった。
そんな自分を許せないのだ。共に戦いたい、その果てに命を落とすのであれば共に逝きたいと思っている。
そんなゆずの覚悟を悟ったのかわわからない。しかし、ゆずが止まらないという事は理解したのだろう、ヒナタがすっと立ち上がった。
「わかった、でもちょっとだけ待ってて。そうだね、五分でいいよ。」
そう言ったヒナタは背負っていた荷物を下ろし、上着を脱いで身軽な格好になると大小の刀を腰に下げる。
「おい、ひなた。待てよ、行くなら俺も……」
言いながら自分の刀を帯びようとしたカナタをヒナタは止めた。
「お兄ちゃんはここで指示。隊長が真っ先に突っ込んじゃダメでしょ。第一目標はここを何とか切り抜ける事。マザーをどうにかすることじゃない。でしょ?」
カナタにそう言ったあと、藤堂姉妹を見やった。さすがにここでマザーをなんとかなりませんかね?とは言えないだろう。二人も黙って聞いている。
「……わかった。じゃあ隊長として最初の指示として、第一目標に追加事項だ。全員が無事にここをなんとか切り抜ける事、だ。ヒナタ」
カナタは自分の腰に帯びようとしていた刀をすっとヒナタに差し出す。片方の手は何かを要求するように広げているので、交換しようと言っているのだろうが……
「え、でも。お兄ちゃんが……ここにも感染者達はやってくるだろうし。」
「大丈夫だ。一類、二類の感染者は問題ない。そこら辺の棒っきれでもなんとかなるさ。だが、マザーはな……もしかしたらその刀でも効果はあるかもしれないけど、桜花なら確実だしな」
ヒナタが龍から受け取って来た、カナタが一番最初に使っていた刀。無銘だが桜花や梅雪と同じ人物が打った刀だ。帰ってくるなりおねだりしだしたヒナタに抗しきれずにヒナタにやった物だが、この場面では桜花の方が信頼性は高い。
「……うん、わかった。じゃ借りるね。後で返すよ絶対。」
「おう!」
それだけ言うとヒナタはマザーの方角を向いた。そのまなざしには強い意志が宿っている。するとその隣に立つ者がいた。
「弟子が戦うのに~、師匠が座して待つというわけにはいきませんねぇ。一緒に行きますよぉ?」
いつの間に準備していたのか、普段ゆったりした和と中華を合わせたような服装をしている白蓮が、それを脱ぎ捨ててぴったりとしたプロテクターのついたタイツのような服装になっていた。
きっとこの姿が本気で戦う時の姿なんだろう。それを頼もしそうに見るヒナタは、その申し出を喜んで受ける。
「うん、心強いです。よろしくお願いしますね白蓮さん!」
そう言って軽く笑いあうと、唯一感染者が押し寄せていない方向に向かって崖を滑り降りると、二つの影はマザーに向けて駆けだした。
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