14-11
「今……私と目が合ってる」
そう言ったゆずの声はわずかに震えていた。
「なに?どこだ、ゆず。俺には……」
「カナタ君、正面の建物……ウッド・ハウスって書いてある看板がある。そこの三階の左から二番目の窓。向こう側からこっちを見てる。」
「正面……ウッド・ハウス……あ、あった。三階の……うっ!」
目が合った瞬間寒気が走った。確かにこっちを見ている。青白い顔に無表情を張り付けて……
「本当かよ。この距離だぜ!偶然ってことは……」
そうであってほしいのだろう、懇願するように言うスバル。そこへ未だ余裕のない口調の白蓮さんが加わって言った。
「では、こうしましょう。マザーが気にしているのは、恐らくこれまでではじめて傷らしい傷を負わせたカナタさんとヒナタさんではないかと……ちょっとお二人、移動してもらえます?」
白蓮の言う事に従い、カナタとヒナタは連れ立って端の方に歩いて行く。
「むっ!マザーの目が……」
そう言ったゆずの目がスコープとカナタ達を何度か往復した後でゆっくりと言った。
「カナタくん達を追ってる……瞳の部分だけ動いてる」
「そんな……どうやって……」
ここからマザーが身を隠している建物まで500m以上は離れている。ゆずのライフルの高倍率スコープや、カナタが使っているデジタルズームの双眼鏡でなんとか確認できるレベルなのだ。
「うそだろ、おい。」
とても信じられない気持ちで、カナタはもう一度双眼鏡を覗く。するとそこで見えたマザーにわずかだが変化を感じた。
それはゆずも感じ取ったようで、同時に声を上げた。
「あいつ……「こっちを見て笑った」」
見た瞬間総毛だつと共に、失策を悟った。
「まずい!みんな、付近の様子を確認するんだ。もし本当に俺たちの存在がばれていて、なおかつ目をつけられてるんなら……黙って見ているだけなんて事は……」
カナタが言ってしまわないうちに、スバルとダイゴが飛び出したように動き、白蓮と藤堂姉妹も付近の状況を確認するために散った。
「カナタ君、撃つ!気を逸らすためにも。このへカートがどれくらい通用するか確認するためにも……」
ゆずがそう言うが早いか、ボルトハンドルを引いて初弾の装填をした。
カナタは迷ったが、ゆずのバカげた威力のライフルなら効果があるのではと期待した。だから答えた。
「分かった、タイミングは任せる。頭をぶちぬいてやれ」
そう言って、ゆずの背中を軽く叩いた。すると、ゆずは軽く微笑んだように見えたが、すぐに真剣な顔になり長く息を吐くとセフティを解除してトリガーに指をかけた。
「!?」
しかしライフルは沈黙したままだった。何か不具合でもあったのかとゆずを見ると、体を起こして衝撃を受けた表情をしている。
「どうした?なにか……」
「避けた……」
呆然とした表情のゆずの口からはそんな言葉がこぼれる。
「いや、避けたってお前。撃ってもいないじゃないか」
そう言ったカナタを、油が切れた機械のようにぎこちない動きでゆずは見た。
「ううん……避けた。撃つ瞬間あいつは頭を逸らした。仮に撃ってたとしても当たってない」
呆然とさらに真っ青な顔になったゆずはそう言った。どんな時でも基本的に前向きなゆずがここまで取り出すのはかなり珍しい。初めて見たかもしれない。
「落ち着け、ゆず。偶然かもしれない。タイミングを測りながら何回か試したらどうだ?いくら何でもこの距離で狙撃しようとするのを察知するのはあり得ないだろう」
そう言ってしまえば、存在を感じられている時点で十分ありえないのだが……決して口には出せないが、カナタは心の中で自嘲した。
「わかった。やってみる」
ゆずがそう言ってもう一度射撃体勢になろうとした時、周りの様子を見に行った者達が走って戻って来た。
「おい、やべえぞ。そこら中感染者だらけだ。ほとんど隙間もないくらい詰めかけてきてる。囲まれてんだよ!」
興奮した様子で戻って来たスバルが息を整える暇も惜しいとばかりに叫んだ。
それを聞いたカナタは歯噛みして、横の木の幹を殴りつけた。
「くそっ!嫌な予感ばかり的中しやがる。やっぱり見られてると気づいた時にすぐここを離れないといけなかったんだ。俺の失策だ!」
「カナタさん、落ち着いて下さい~。リーダーのあなたが取り乱しては隊員全員が不安がりますぅ。」
いくらか元の雰囲気に戻った白蓮がやんわりとカナタを諭す。それを聞いたカナタは歯を食いしばったままではあるが、ゆっくりと頷く。
「お兄ちゃん、一部分だけ層が薄い所があったよ。意図的にとしか思えないけど……」
また違う方向から戻って来たヒナタがうんざりした顔でそう言った。聞かなくても何となくわかるが、一縷の望みをかけて聞いてみる。
「その方向って?」
「……マザーのいる方向。こっちに来いって言ってるみたい」
想像通りの答えにカナタは大きく肩を落とした。さらに……
「カナタ君……やっぱり偶然なんかじゃない。あいつ私が撃とうとしているのを分かってる。」
もはや泣き出しそうな顔でゆずまでそう言う。
頭を抱えたくなったが、抱えたところでどうにかなるものでもない。どうにかこの状況を乗り切るしかないのだ。
「あ、あの……こんな事になるなんて……その、ごめんなさい!ウチらのせいでこんな事になってもうて……巻き添えにしてしもうた……」
こちらも泣き出しそうな顔で伊織が土下座でもしかねない勢いで謝ってきた。それを見ていくらか冷静さを取り戻したカナタは一度大きく深呼吸をした。そして、その伊織の頭を優しくなでるとカナタは語りかけた。
「いや、違うんだ。巻き込んだというなら逆なんだよ。きっと俺たちがお前らを巻き込んじまったんだ。すまん!」
逆に頭を下げられ、どうしたらいいのかわからないといった顔の伊織にカナタが話を続けた。
「言ったろ?あのマザーと因縁があるのは俺たちの方なんだよ。なんでかはわからないが、マザーは俺たちの事を感じ取ってる。まるで監視されてるんじゃないかって思うぐらいにさ。もし一緒に来たのが俺たちじゃなかったらもう少し違う状況になってたんじゃないかって思う。もしかしたら、お前たちだけならスルーして通してくれるかもしれんぞ?」
最後は冗談めかして言うと、伊織も「んなアホな。そんなん試したくもないわ」と、そっぽを向きながら突っ込みを入れて来た。
「状況は最悪だよ。」
そんな伊織に微笑みかけると、全員と向かい合ったカナタがゆずの狙撃の件を離すと、一行の雰囲気は一段と暗くなった。
「そんなのありかよ。なんなんだよ……」
「でも実際に撃ったわけじゃないよね?何の音もしなかったし……」
地面を蹴るスバルと、信じられないのか確認してくるダイゴ。
それまでずっとスコープを覗いていたゆずがそれを聞いて、幽鬼のごとき動きで立ち上がってダイゴに言った。
「……撃たなくても分かる。狙いをつけて撃とうとするまではピクリともしない。いざ撃とうとする瞬間すっと動く。完全に私の呼吸を読んでいる。どうやってかはわからないけど……」
それまでずっとスコープを見て狙撃態勢のまま、色々なタイミングを試していたのだろう。この短時間に疲れが見えるくらい集中していた様子だ。
ゆずだって己のプライドに賭けて言いたくはない言葉なんだろう。しかしその上で言うのだ。当たらない……と。
その時、そんなゆずを見ていた伊織が、ハッとした様子で自分の荷物をひっくり返しはじめた。
「姉さん?何を……」
する気だ、と詩織が寄り添う。心配になったのだろう。それほどの勢いで荷物をあせっていた伊織が取り出したのは……
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