14-10
「こんなのは作戦と言わない」
やや不貞腐れたような顔でゆずがこぼした。一晩ゆっくりと英気を養ったカナタ一行は、部屋を提供してくれた上に何かモゴモゴ言いながらたくさんの物資を提供してくれたお兄さんの部屋を後にしていた。
最後の方は涙を流して別れを惜しんでくれた優しい人だった。もう会う事はないだろうが……
そして、以前美浜集落に行った時の道を南進、途中で西に折れてマザーがいるエリアに近づいてきている。今回はマザーと接近するつもりは1mmたりともなかったので、情報が何もない。なのでマザーの正確な位置も分からないのだ。
一定の周期でほとんど決まったルートを周回するので、マザーのコロニーがどこら辺にいるかもわからない。
相手は集団で移動しているので、見晴らしのいい場所からならこっちが先に見つける事もできるかもしれないが、気づいたらコロニーの中だったという事態もなくはない。
「こんなのは作戦とは……」
「もうわかったよ!何度も言うなや」
また同じセリフを繰り返そうとしたゆずにとうとう伊織が食って掛かった。今回はよく頑張った方といえるだろう。なにしろ同じセリフを十回近く繰り返せば伊織でなくとも言いたくなる。
事の初めは今朝、動き出してすぐに藤堂姉妹が言う作戦とやらをヒナタが聞いた事に端を発する。
「二人はどんな作戦を考えてるんですか?私たちは一応戦闘の経験がありますし、早い段階で聞いておけば私たちの経験も交えてすり合わせして修正もできるかなって」
優等生なヒナタらしい考えである。そう聞かれた詩織はそのまま伊織の顔を見た。どうやら発案は伊織の方らしい。
自然と全員が注目するなか、伊織はいとも簡単に答えた。
「そんなもん、こっそり近づいてガツンとやるに決まっとるやろ。戦いは早く殴ったほうが有利や!どや、分かり易い作戦やろ」
これでもかとどや顔を決めて言った伊織に、ゆずは一回目のさっきのセリフを言ったというわけだ。それから事あるごとに思い出したように繰り返している。
話をよく聞けば、藤堂姉妹は二番隊という立場ではあるものの、実務にはほとんど関わっていなかったらしく、マザーの事も断片的な知識しかもっていなかった。
何となく大きくて強い感染者くらいに考えていたようだ。
不安になったヒナタがマザーという物を懇切丁寧に言って聞かせたのだが、最初はまともに受け取りもしなかった。
「いやいや、そんなアホな」
「いくら何でもそれは盛りすぎやで!」
などと本気で聞かなかったが、根気強く言い続けたヒナタに、「マジで?」と言ったきりさっきまで口を噤んでしまっていたくらいだ。
「とりあえず向こうの様子を知りたい。この前の神社に行こう。あそこからなら町を一望できるし、向こうから気づかれる危険も少ないだろう」
結果的に何の作戦もないという事なので、無難な行動をすることになった。作戦以前にマザーの事を知らなすぎる藤堂姉妹に危機感を覚えたのだ。
「いいか、何を見ても大声をあげるな。勝手に動くな。いいか?恐慌状態になるのが一番だめだ。下手をすると俺たちまで簡単に全滅してしまう。これができるなら先に進む」
藤堂姉妹を前にして、カナタが真剣に念を押す。さっきまでだったら何の躊躇もなく頷いたであろう伊織も話を聞いてからは若干の戸惑いが見られる。
「その……ヒナタさんの話は本当なんですか?誇張とかじゃなく……」
むしろそうであってほしいと思っているのが分かる表情で詩織が聞いてきた。しかしヒナタは何一つ誇張して話していないし、仮に多少誇張していたとしても楽観視されるよりはよほどいい。
カナタの顔を見て、詩織も理解したのかそれ以上聞いてくることは無かった。
「なあ、ほんまにそんなバケモンとやりおうてきたんか。言ったら悪いけどあんたらがそんな強そうには見えへんねん。正直、最初見た時こいつらでできるんなら楽勝やって思ったくらいや。」
マザーがそこまで危険であるという事がどうしても信じられないのか伊織はそこまで言い始めた。正直他人から見て自分らが精鋭に見えるかと聞かれれば否と答えるだろう。
普段の行動もいいかげんだし一流の部隊には程遠いと自分でも思う。
「わかった、そこは自分の目で見て判断してくれ。ただしさっきも言ったように勝手な行動だけはするなよ?俺はまだ死にたくはないからな」
重ねてカナタが言うと、伊織の顔から段々と自信が薄くなっていくのがわかった。きっと本人も迷っているのだろう。
しかし行かないという判断は最後までしなかった。
神社への道はかなり荒れていた。人が通らないとここまでなるのかと驚くほどに植物の生命力を実感させられてしまう。
草を描き分け蔓を切りながら石段を登っていくと鳥居が見えてきて、半壊した神社が姿を現した。
建物を迂回して、端の方にすすむとやがて視界が開けた。
「うわあ……」
誰かの声が聞こえる。そこから見える町は、以前見た時とだいぶ変わっている。
「この前の戦闘の爪痕か……伊織、詩織、あれがマザーの力だ。」
カナタがそう言って指を差した先、かつて町の中心部だった場所は、一直線にえぐられた跡があった。建物も塀も関係なくなぎ倒して移動した跡……マザーと嚢腫格から生まれた感染者が引き起こした惨状を目の当たりにして、藤堂姉妹の顔色は真っ青になっていた。
この前の戦いの時にマザーがカナタ達を追って大きく移動したのと、詳細は分からないが嚢腫格から生まれた感染者が突進して破壊した跡だ。その時遠くから俯瞰していたゆずが確認していたが、四つ足の獣のようなやつだったらしい。
「カナタ君、マザーがいない」
その時、わずかに焦りの色を含ませたゆずの声が聞こえた。ゆずがライフルのスコープを覗きながらそう言ってきた。
「本当か?ここのマザーの行動範囲は確認されているはずだろ?ここから見えない所まで移動することはないはずだ」
慌ててカナタも双眼鏡を取り出して、周囲を見るがマザーの姿はない。感染者の姿はちらほら見かけるが、マザーと嚢腫格のあの異様な姿は、見落とすことはないだろう。
「いいえ……私は直接接触はなかったですが……いますね。私たちを見てます」
普段より口調も表情も引き締まった白蓮は何か感じるのか、そう言い切った。
「俺たちを……見てる?ばれてるのか?近づいたことが……」
ここは下の町からは見えにくいくらい高さがあるし、離れると生い茂った草木に紛れてよくわからないだろう。これまで気づかれるような行動もとっていないのに見つかるはずが……
「いた!…………今、私と……目が合ってる。」
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