14-9
「倒す……」
さすがのゆずも絶句した。少し前のマザーとの戦いはまだ記憶に新しい。こっちは二度と近寄りたくもないと思っているのに、倒そうと思ってるとは。
そして伊織が詳しい情報を持っていることに気づいた。マザーと接触したことは各所に伝えてあるが、体の一部を手に入れた事はおろか、戦闘したことも伏せてあるのにも関わらずだ。
「なんでそれを知っているのかは後で聞く。もしかして、俺たちをマザーと戦わせるつもりだったのか?」
カナタの声に険が混じる。さすがにそれは看過できない話だ。しかし、カナタの雰囲気を察した伊織は慌ててそれを否定した。
「ちがう!そうやない。いや、まるっきり違うかといわれるとちょっと微妙やけど……アタシらはマザーと戦うのに手を貸してほしかっただけなんや。信じて欲しい!」
その必死な様子からはうそをついているようには感じられない。
「そうであってもだ。マザーはそう生易しい存在じゃないし、俺は隊長だからな部下に無用な危険を冒させるわけにはいかない。」
厳しい表情のままカナタはそう言い切った。
その考えは、カナタの中で隊長という立場になってしまってからずっと根底にある思いだった。
伊織とてそれが理解できないわけではない。それ以上何も言えなくなり、肩を震わせ出した。
十一番隊は№4の指揮系統の中にあるので、その指令であれば従うだろうが……
その場を重い沈黙が支配した。カナタはそれ以上何も言わなくなったし、伊織は俯いて肩を震わせている。その隣にずっといる詩織は最初から何も言わないし、今は伊織の肩を抱いて背中をさすっている。
「はいはーい。お茶が入ったよ。少し休憩して頭を冷やしたほうが話もまとまりやすいんじゃないかな?コーヒーで頭が冷えるかわかんないけどね。」
カナタ達がいる部屋は、典型的な1Kの間取りをしていて、部屋のほうで話していたのだが、空気を読んだのか他の者はキッチンのほうで休息をとっている。
様子を伺っていたのか、ちょうど話が途切れたところでヒナタがお盆にカップを乗せて持ってきた。
「コーヒー?よくそんなもんあったな」
少し驚いた様子でカナタがはそれを受け取った。物資はなんでも不足しているが、嗜好品は特に少ない。
都市にいるときでさえあまり手に入らない物だ。
「うん、ここのおにーさんのコレクションの中にあったよ。」
そう言ってヒナタはキッチンにある戸棚を差した。そこにはコーヒーやらたばこやらの嗜好品類がお店のように並べてある。
「きっと奪った物なんでしょう。めずらしいのであれば貰って言ってもいいのではぁ?こちらの命を狙った代償です。逆に命を奪われないだけマシと思います~」
意外と辛辣な白蓮が言いながらもうカバンに手当たり次第に詰め込んでいる。まあ、人から奪ったものだ、奪われる覚悟もしているだろう。と、思う事にした。
ヒナタが持ってきたコーヒーを飲んでいると、たしかに一息ついた気分にはなる。目の前では、伊織がしきりに目をこすりながら落ち着こうとしているみたいだ。
それを見ないようにして、コーヒーを楽しんでいると、半分飲んだ頃に伊織が顔を上げた。
「捕まっているオヤジを取り戻すには、今一番重要視されているマザーの体の一部か、せめて新しい情報でも持って帰らんと話もできないんや。頼む、力を貸してください」
少し落ち着いたのか、伊織は真っ赤な目をしながらカナタにそう言って頭を下げて来た。隣では不安そうな顔で詩織がそれを見ている。
「なあ、一つ聞いていいか?」
カナタがそう言うと、伊織は頭を上げて頷く。しかしカナタが聞きたいのは隣にいる詩織の方だった。
「君はどうしたいんだ?君の姉さんは分かり易いんだが、君がどう考えているかがわからなくてさ。そもそも伊織の言う計画を君はどう思ってるんだ?」
詩織は自分が質問されるとは思っていなかったのか、一瞬目を大きくしていたが、質問の意味を理解すると考えるそぶりをみせた。
「……正直に言えば、私はあまり賛成ではないです。危険なので。その……私は父と離れて生活していてほとんど父の事を知らないんです。姉さんがいる事も知ったのは割と最近なんですよ。私たちが生まれた頃に父と母は離婚してまして私は母に、姉さんは父に引き取られ育ちました。母はごく一般的な出身だったので、藤堂の家に馴染めなかったと聞いてます。だから私と姉さんは顔はそっくりなのに、性格が全然違うとよく言われます。その母もこの騒動で亡くなりました。私一人でどうやって生きて行こうと途方に暮れた時に佐久間に父さんや姉さんがいる事を聞いたのと、安全に暮らせるからと№3に連れてこられました。……それを父さんとの交渉材料にするために。」
淡々と感情を見せることなく語った詩織は最後だけわずかに悔しそうな顔を見せた。
「なので、私はマザーとか佐久間とかはどうでもいいんです。姉さんと父さんが無事でいてくれさえすれば……私に残された肉親なので」
「そのために伊織の手伝いをすると言う事か」
話を聞いたカナタがそう訊ねると詩織は真剣な表情で頷いた。
「はあ……話は分かったけど、今の状態でマザーに挑むのは無謀だと言うしかないな。」
そう言い切ったカナタを伊織は睨むような目で見ている。
その視線を正面から見返してカナタは話を続けた。
「それでもお前らは行くんだろ?わかってるよ、うちにもお前と似たような奴がいるから。こうと決めたらなりふり構わずに突っ走る奴がな」
カナタがそう言った事で、わずかに伊織の表情が緩んだ。きいちと同じ顔を思い浮かべてるのだろう。
「分かった協力しよう。だからそんな顔で見ないでくれ」
そう言ったカナタが見たのは伊織ではなく、その横の方、部屋の隅の方だ。そこにはゆずが素知らぬ顔で座っている。
「……チビ」
「……いい加減その呼び名を改めないと後ろから鉛玉が飛んでくることになる」
「はん!上等やないか。そんな事は当ててから言うてもらおか」
「ふん。当たった時は上半身が無くなってる。」
「おま!それはいかんやろ。あれは人に向けて撃っちゃいかんやつや。」
「待て待て、ここで言い争わないでくれ!」
ああ言えばこう言うの応酬を始めた二人をうんざりしてカナタが止める。ほっとくといつまでも言い合ってそうな二人だが、それを見る詩織はどことなく嬉しそうに見える。
カナタがそれを見ていると、気づいた詩織が少し笑いながら言った。
「初めてなんです。姉さんがこんなに素で言い合える人。都市では周りは大人ばかりだし、父さんや私の事で色々と気を使ってるし……ほとんど形だけでも二番隊の隊長って立場だし」
詩織がそう言っているのを聞いて、伊織は照れ臭そうにしている。
「ああ、初めてやこんな生意気なチビは。もっと年長者を敬えっちゅうねん」
「それは年長者らしいことをしてから言うべき。早く生まれてダラダラ生きている人間を敬う事はない」
「ああん!誰がダラダラ生きとんねん!」
「だからやめろって!今は休息なの!休んで明日に備えるの!ただでさえほんとは明日には都市に向かって帰るだけだったのが、あんな危ない場所に行く羽目になったんだから」
カナタがそう言うと、ピタリと言い合いを止めた二人はカナタを見た。どちらもどことなく嬉しそうな顔になっている。
「と、言う事はやはりこちらの部隊は囮という事なんですね?」
微笑ましそうな顔で、二人のやり取りを見ていた詩織はカナタの言葉からそれを感じ取ったようだ。
「ああ、もういいだろ。十一番隊は囮だ。松柴さんや喰代博士は途中でこっそり合流した№4の三番隊と一緒にもう№1に向かってる。俺たち十一番隊は最近何かと目立ってるしな。そこにアンタらが加われば、周りの目は俺たちに向くだろうって事さ」
カナタの話のに詩織は得心したように頷いた。
そしてにっこり笑うとこう言うのだった。
「じゃあ、姉さんの作戦に付き合うのに何の障害もありませんね」
と。
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