14-7
使った道具を片付け、一行は場所を変える事にした。もう高速は使えないしここでもたもたしていて、上から見つかっても面倒だ。
皆を確認して移動できる状態にあると判断したカナタは周りを見ながら言った。
「よしじゃあ移動しよう。できるだけ上から見えないようにしたいな。」
そう言って上の高速道路から目視しにくい道を選んで歩き出した。高速道路を歩いている時と違い、言葉数はどうしても少ない。見通しが良く、少々騒いでも問題のない高速道路と違って、一般道は目の届かない部分もあるし入り組んでいるし身を隠す場所はどこにでもある。
こういう所を進むとき、気を付けなければいけないのは何も感染者だけではない。日常的に人を襲って、持ち物を奪い己の糧にする略奪者もいるし、いまでは隠れて暮らしている一般人でも気を許せなくなってきている。
集まって組織的に動き、食料や武器を生産できるようになった都市とは違って、何にも属さずに隠れて暮らしている人たちはどうしても既存の食べ物を見つけてきて食べるという手段しかない。そういった者たちは一か所に長くいる事はあまりないので作物を育てたりするという事もしない。
しかし、それには当然限界があるので、結局人から奪う事になる。
あまり考えたくはないが、なかには人を食用目的で襲う集団もいると言われている。つまり、日数が経過するにつれて都市の外の危険度は増していっているのだ。
今回都市を出る前の会議で一緒になった三番隊隊長の菅野さんに聞かされた話だ。
歩きながらその事をみんなにも伝えると、食べ物に困窮している事は想像していただろうが、人を食べる集団がいる事を伝えるとさすがに顔色を青くしていた。
美浜集落のような守りに適していて、なおかつ食料を生産できる環境でもなければ人間性を保つのも難しい。
少々ショッキングな話を聞いて、誰もが口を重く閉ざして歩いていると、先頭を歩いていたカナタと白蓮が同時に握った手を上げた。止まれ、の合図だ。
全員が止まり、付近の警戒をする。カナタと白蓮は同じところを指差していた。
周りから見えにくい所を移動しようとすれば、どうしても狭い道を通る。いまも半壊した建物が両脇に並んでいる小道を歩いていたのだが、その先によく見ると糸の様な物が張ってあった。
ゆっくりと近づいたカナタと白蓮がそれをしばらく調べると、戻ってきて声を潜めて言った。
「トラップだな。細いワイヤーで、先は見えなかった。誰かがあれにかかったら……何か音が鳴るようにしてあるかもしれないし、電気でも流れるのかもしれない。最悪……」
そこまで言うと、手でドカンと爆発するジェスチャーをする。
「いくらなんでも爆発はないだろ?ここ一応日本だぜ?」
顔を引きつらせながらスバルが言うと、いつもと雰囲気の変わらない白蓮がそれに答えた。
「わかりませんよぉ。爆発物って意外と簡単に作れるんですよ。しかも素人が作った爆薬ってひどく安定してないんで、すぐ爆発するんですよねぇ」
相変わらずニコニコしてのんびりした口調で言うが、言っていること自体はかなり物騒だ。そう言うくらいならきっと白蓮にも作れるんだろう。
「そして先ほどからずっと見られてますねぇ。あんまり好意的な視線ではないようですねぇ」
それは誰も気づいていなかったのか、全員がぎょっとして周りを見る。
「ど、どこに?何も変わったところはないと思うけど……」
と、一番怯えた様子で言うのはダイゴだ。彼は物理的な脅威には強いが、こういった精神的なアプローチにとても弱い。もちろん心霊系などはNGだ。
「見ないようにしてくださいね。カナタさんから言うと、右横に五階建てくらいの建物があります。そこの三階でしょいうか、その辺りから今もこちらをうかがってますねぇ。気配や視線をかんじさせるくらいですから~、プロの狙撃手とかいうわけではなさそうです」
何気ないふりを装って白蓮が言うほうを見てみたが、カナタには確認することができなかった。様子を見る限り他の者もわからなかったようだ。
「すげーな……よくわかりましたね、どうやったらわかるんです?」
スバルが無駄に荷物を整理する振りをしながら、何度も見るが変わったところがあるようには見えない。
「ん~……こればっかりは感覚的なことですからぁ。こういう事が日常的にある環境で暮らすと嫌でもできるようになりますよぉ?」
と、白蓮は言うができればそんな暮らしはしたくないものだ。
「で、どうしますかぁ?」
ちょっとそこに寄るかくらいの気安さで白蓮は言うのだった。
それから十分ほどが経過した頃。
男はいら立ちを募らせていた。スコープを覗きながら早く移動しろの何度もつぶやくが、何をしているのかその場所から動こうとしない。もう少し時間はあるが、日が暮れてしまう。しかも夕日が直接当たるのでまぶしくて少しずつ位置をずらさないといけないのだ。
男はそれほど銃器に詳しい訳ではないが、エアガンなどは触ったことがあり、何となくは使い方がわかっていた。少し前にひょんなことから手に入れたライフルを使って、狙撃して物資を奪っていたのだ。
名前は知らないが、スコープもついていて弾薬の入った箱も手に入れている。しかも住んでいるマンションのベランダからまっすぐに見える道路はこの辺を移動するのに使う頻度が高い道路だった。
男は何度も試射を重ねて、スコープの狙いと実際に着弾するところのずれや、有効な距離を調べた。
今見えている奴らがあと30mくらいすすんでくれれば自分の射程範囲に入るのに……
「こいよ早く。何やってんだよ」
思わず独り言ちる。弾はまだあるが食料が残り少ない。ライフルを手に入れて扱い方を覚えた男は、これで食料も奪い放題だと自制せず飲み食いをしていたのだ。
これまでは定期的にそこを通るものを狩る事ができ、本来ならしばらくはもつであろう量の食料を奪っていたが、自制を捨てた男は、それまで我慢していた分まで取り戻すかのように食べてしまった。
そしてもう三日も誰も通っていなかった所、久しぶりに現れた獲物だ。
「くそ!何やってんだよ、さっさと動けよ。あいつらリヤカーなんか引いて荷物運んでやがるからな。さぞ食いもんもたくさん……」
もはやすでに自分の物になったつもりでいる。あと数十メートル近づけば現実になるのだ。
「早く、早く。何か待ってるのか?物資が増えるなら歓迎だがな」
「なるほど、ここはいい場所ですねぇ。妨げるものもないからぁ下手くそでも当てれるでしょうね」
ふいに後ろで声がして、男は跳ね起きた。
「誰だ!うっ……」
振り向いた時には、男の喉に短刀が突きつけられ、薄く赤い筋を作っていた。後少し短刀を引けば派手に血をまき散らすことになるだろう。
一方で白蓮は拍子抜けしていた。気配こそ殺していたが背後に立っても男が全く気付かなかったからだ。
男は素人がやりがちなミスを犯していたのだ。狙撃の際にスコープを覗くときに素人は片目をつぶる事が多い。その穂がスコープの先はよく見えるのだが、自分の周囲の状況は分からない。
熟練した狙撃手は両目を開けてスコープを見て、同時に片目で周囲の確認をするものだ。
「あ、あんたあそこにいた女か……」
喉に押し当てられた短刀のせいで、あごを上げた不自然な体勢であえぐように男はそう言った。なぜか絶妙に射線に入らずよく見ていなかったが、服装や雰囲気でそう理解したが同時に混乱もしていた。ほんの十分ほど前までスコープの向こうにいた人物が自分に武器を突き付けているのだ、なんで狙っていた事がばれたのか、なんでこの場所がばれたのか。何一つ男には理解できない。
「今後のために教えてあげましょう~。この場所、対象が直線上に移動してくるからぁ狙撃するのにとてもいい場所です。ですが、夕方の狙撃はやめておくべきでしたねぇ。狙っているという事はスコープがこちらを向いているという事です。そこに太陽光などが意外と反射するんですよぉ?」
まるで出来の悪い生徒に教える教師のように言った後、小さな声で付け加える。
「今後があるかどうかはわかりませんけどぉ」
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