14-6
「ちょ、ちょっと待って、ウチらそんなんできんて……」
下を覗いた伊織が顔を青くしながら言う。まあ無理もない、インターに近いといっても十分に高い位置にある。20~30mはある所を降りると言えば普通はそうなる。
「大丈夫だ、こっちもやったことが無い人がいる。そう言う人は誰かが連結させて降りるんだ、暴れないでくれよ危ないから」
手際よく装具を装着しながら、ロープの長さなどを勘案して二人一組で三回に分けて降下することにした。
「まず俺と白蓮さんが単独で降りて、下の安全確保と結べるところを確保してくる。準備しておいてくれ。組み合わせはそうだな……まず自信のない者。」
そう言うと何人かが手を上げた。
「喰代博士は仕方ないですね。あとは藤堂姉妹か。一回目で俺と白蓮さんが降りて準備するから、ゆずと伊織、ヒナタと詩織の組で降りてきてくれ。上からスバルとダイゴが、下から俺と白蓮さんがサポートするから」
そう言って、ロープを掴んでさっさと降りようとしたカナタを伊織が掴んで止めた。
「ちょ、おいあぶね。何だよ」
「なんでウチがあのチビとセットや!あのチビに命預けんのは御免や。悪いけどチェンジしてチェンジ」
「ふん。怖いなら怖いと言えばいい。私の方こそこんなガサツな女と一緒は御免。暴れられると落ちる。」
「なんやと!」
「はいはい、これは隊長命令でーす。異論は聞きません!お前らいつまでもいがみ合ってないで少しは歩み寄れ。お互いにだ!伊織、ゆずが嫌なら俺とだ。そんなに俺と密着したいなら俺はいいけど、間違えてどこを触っても暴れるなよ、落ちるぞ」
「そ、それは……」
さすがによく知らない男と密着してというのは抵抗があるのか、伊織が言いよどむ。さらにお触りのオプションまでついて来るならなおさらだろう。
「分かった仕方ない。私がカナタ君と降りる。私はどこでも大丈夫。さあ!」
「さあ!じゃねえよ!話聞いてた?ラぺリングできるお前が一緒に降りてどうすんだ」
さあ!と言って両腕を拡げるゆずの頭にチョップを落とす。
「ねえ、楽しそうだけど、あいつら動くみたいだよ。降下中は無防備だから早く降りた方がいいんじゃないかな?」
後ろを見ていたダイゴがそう言ってきた。
「ちょっと、俺も遊んでたみたいに言うのやめて?どっちかっていうと被害者だから!もう……準備しとけよ!」
カナタはそう言い残して、ニコニコしている白蓮と共に降下していく。それを上から恐る恐るのぞき込む藤堂姉妹。やはり怖いのか、手を繋ぎ合って見ている。
「ほら、降下中に撃たれたくないなら準備しとけよー。」
自分も装具を付けながらスバルが言うと、慌ててあてがわれたハーネスなどを周りを見ながら取り付けだした。
その頃カナタは下の道路に降りてしまっていた。付近を警戒するが、幸いにも何もいないようだ。
周りを見て、頑丈そうなトラックの残骸にロープを結んで後の連中が安全に降下できるよう準備していく。
「ここの部隊はいつも楽しそうでいいですねぇ」
同じくロープを留めながら白蓮さんがそんな事を言いだした。
「楽しそう、ですか?やいやい文句ばっかり言ってますけど……」
主にゆずが。そう答えるとクスクスと白蓮さんは笑う。
「こんな殺伐とした世の中で、本気ではなくそんな事が言い合えるのは貴重ですよぉ。すぐ命の奪い合いになりますからねぇ」
それはそうかもしれない。この時代、人の命はずいぶんと軽くなってしまった。
それに法律やモラルといった物に縛られたくないものは結構な数存在する。それもこうなって初めて知った事だった。
「ゆずさんなんて、最初見た時はほとんど喋りませんでしたからねぇ。これもカナタさんの人徳かしら~」
「それは確かに。変わりすぎですよね、もう少しだけ昔みたいになってくれてもいいんですけど……俺に人徳?そんなもんないですよ。」
ないない、とカナタは手を振るが、白蓮はニコニコしたままだ。
「昔に寄っておとなしくなったら、それはゆずさんに我慢を強いる事になると思いますが~、カナタさんはゆずさんに我慢をしてもらいたいですかぁ?」
「それは……我慢は、してほしくないですね」
カナタがそう答えると、白蓮はまたクスクスと楽しそうに笑うのだった。
なんとなく恥ずかしくなったカナタは作業を終えると、インカムで準備OKを伝えた。
するとロープに荷重がかかったのを感じたので、必要以上に出ないように引っ張りながらゆっくりと送り出してやり、降りて来たダイゴとスバルを補助する。白蓮さんの所ではヒナタと詩織が降りてきたようだ。一番の問題児たちが最後になった事に一抹の不安を感じる。
「ひなた、ゆず達……どうだった?」
不安になり、どんな様子だったかを聞いてみた。
「え、最後の方は伊織さんがゆずちゃんにやり方聞いたりして問題なさそうだったけど」
ヒナタはそう言うが、一向に降りて来る気配がない。
(ゆず、どうかしたのか?なんかトラブルでもあったのか?)
気になり、インカムで本人に直接聞いてみる。
(ごめんカナタ君。今忙しい、降りる時にまた連絡する)
そう言ってゆずは一方的に終わらせた。
「え、忙しいって何がだよ。俺たちが上にいるうちに全員分の準備すませてきたんだぞ」
ゆずの通信を聞いていたスバルが思わず声を張り上げた。嫌な予感がして上を見ると、ちょうどゆずが降りてこようとこちらをのぞき込んでるところだった。
「今から降りるみたいだぞ」
そう言うとスバルも上を見て少し安心した顔になったが、カナタは嫌な予感が消えず気になっていた。
そして、それがなんなのかはすぐに分かる事になる。
「あ、あいつ……」
カナタが上を見ながら頭を抱えていると、スバル達も上を見てそのまま止まった。ゆずらしき人物が丁度降下を始めたところだったが、どう見ても一人しか見えない。
「え、置いてきたのか?」
さすがに呆れたようにスバルが呟く。何かと言えば言い争いを始める二人なので、一緒に作業をさせる事で少しでも分かり合えないかと思ったのだが……
「いや、まって!もう一人降りだすよ」
失敗したかと頭を抱えたカナタが、ダイゴの声を聞いて慌てて上を見ると、ゆずの少し後にぎこちない動きで降りて来る姿が確認できた。
「うそだろ、あいつ。」
いきなりやった事がない人に単独で降下させるなんて。騒然となるカナタ達に一人慌てていない声で詩織が言う。
「いえ、もしかしたら姉さんが自分で言い出したのかもしれません。そういう人なんですよ」
「いや、そうだとしてもいきなりやらせるのは……」
「姉さんができると思ったのなら大丈夫です。ほら、なんとなくさまになってきてますよ?」
慣れているのか詩織はまったく慌てる事もなく、降りて来るのを眺めている。たしかに詩織が言うように最初はかなりぎこちなかった動きが、今ではスムーズになってきている。
「本番に強い人なんですよねえ。」
詩織はなんでもない事のように言うが、ロープの結び方一つあるいはカラビナの使い方一つで落下する危険があるのだ。いくら本番に強かろうが、ちょっとやってみようか?とは絶対にならない。
やきもきしながら見ているカナタ達をよそに、ゆずと伊織は何事もなく降下してしまった。
「ふう」
先に地面に降り立ち、ゆずが一息ついているうちに伊織も下までたどり着いた。
「や、やっと着いた……こんなん二度とやらへんぞ」
青い顔をして呟く姿を見れば、詩織が言うほど楽勝ではなかったようだ。
「おい、ゆず!どういうことだ。俺は二人で降りて来いって言ったぞ!」
装具を取り外しているゆずに向かって、カナタが鼻息荒く問い詰めた。しかし当のゆずは普通にしている。
「あの女が、自分でやるって言い出した。私もできると思ったからやらせた。何か問題あった?」
「何かって、問題しかないだろ!やった事ない人にいきなりやらせて、もし落下したらどうするんだ!」
カナタが言うとゆずは少し首をかしげてカナタを見ている。まるで、なぜ言われるのかわからないと言った感じだ。
「降りる前にスバルが装具は確認してくれた。注意点も私が教えた。放置車両を使って少しだけど練習もした。その上で落下したのなら、それは自分のせいか不運だっただけ。これは安全なスポーツじゃなくて作戦行動の一つ。」
「ああ、隊長さん。チビの言う通りや。色々言いたいことはあるけどこいつの事を信用はしている。その上でウチが自分でやるって言い出したんや。」
装具を取り外し終えた伊織がそう言ってカナタに近づいてきた。
「だからもし落ちたとしても、それはウチのせいであってチビのせいやない。むしろちゃんと教えてくれたで?」
さっきまで口汚く言い合っていたとは思えないほど自然にゆずをかばう伊織を見て、一緒にやらせたことが正解なのか間違いだったのかわからなくなってしまった。
「もうやらんけどな!」
最後にそう言って、伊織はカナタの元を離れた。そんなカナタをゆずはじっと見つめている。
「……わかった。今回は何もなかったし何も言わない。これでお前らが少しでも分かり合ってくれたのなら俺はそれでいい。できれば今後ももう少し仲良く……」
しぶしぶといった感じでカナタが言おうとするのをゆずが遮る。そしてニカッと笑うと、伊織をちょっとだけ見てカナタに向かって言った。
「もうやらんけどな!」