13-12
リヤカーの改造のために借りていた倉庫から庁舎へと向かう。№3に番隊の情報を少しでも得るためなのだが……
がらがらがらがら
「松柴さんいるといいなぁ」
別に誰にいうでもなくヒナタは呟いた。
がらがらがらがら
「え?ヒナタちゃん、何か言ったかい?」
それにダイゴが反応して聞き返してきた。別に独り言だったので、返事を期待していたわけではないのだが、無視するわけにもいかない。
がらがらがらがら
「あ、いえ。松柴さんいるといいなあって。せっかく行っても不在だと無駄じゃないですか」
ダイゴもどこかで独り言だったことに気づいたのか、そうだね。と相槌を返して前を向いた。
がらがらがらがら
「そうだ、ゆずちゃん?一応貰ったライフルの事は松柴さんに言っておいた方が……って、ゆずちゃん?なんか離れて行ってない!?」
今度は明確に話しかけたのだが、返事がなくゆずがいる方を見ると、明らかに少し前に見た時より間隔が離れている。
「ん?どうした?何か言った?」
小走りに近寄って来たゆずがそう聞き返す。
「ゆずちゃん、私たちからっていうか、このリヤカーから離れていってるでしょ」
ジト目になったヒナタがそう言うと、一瞬ゆずはスッと目をそらした。
「そんなことは無い。うるさいとか一緒に歩くと目立って恥ずかしいとか思ってない」
「そこまで言ってないし!」
作る時はよかったのだが、いざ出来上がって冷静になって見てみると、やはりこのリヤカーは目立つ。ただでさえ普通よりでかいのに、がらがらと車輪の音がやたらうるさいのだ。さっきから道行く人々の視線は独り占めである。
リヤカーを端に寄せて止めると、申し訳なさそうな顔になったダイゴが頭をかきながらやってきた。
「いや、僕もこんなに騒音があるとは想定外だったよ、ごめんねヒナタちゃん。なんとか静音性の向上を目指してみるから」
こちらからお願いして手伝ってもらっているダイゴにそう言われると、逆に申し訳ない。
「いえ、ダイゴさんのせいじゃ。私の考えが足りなかったんです。車だって走れば色んな音を出してたのに、まったく意識が行ってませんでした。」
「ん、じゃあ今後はそれを課題にして、性能の向上に努めよう。解散!」
そう言って逃げようとするゆずの襟をつかんで止める。
「解散じゃな~い!逃がさないよゆずちゃん。」
「いや、ちょっと……持病の鼻炎が悪化して……」
「相変わらずにぎやかだね。アンタら見てると、こっちまで楽しくなってくるね」
結局いつものようにわいわい言い合っていると、今しがた話していた本人、松柴が立っていた。いつのまにか庁舎のすぐ近くまでは来ていたようだ。そして松柴が言うのは微笑ましいとかいうのではなく、芸人を見ているような感じなんだと思う。
なんだか恥ずかしくなったヒナタは、汚れてもいないのに服をパンパンと払って松柴に近寄る。
「こ、こんにちは松柴さん。こんなとこで会うのは奇遇ですね」
誤魔化すように挨拶をするヒナタの肩を、松柴は軽く叩いて返事をする。
「ああ、書類仕事ばっかやってると息が詰まって死んじまうからね。こうして外の空気を吸いながら散歩するのさ。どうしたんだい?こっちはもう庁舎しかないよ?」
松柴さんが言うように、№4の庁舎は壁に囲まれた東端にある。そこから先への道は時期尚早とされ、調査もされていない事になっている。
「はい、松柴さんに聞きたいことがあってきたんです。お兄ちゃんに聞いたんですけど、今度№3の人と一緒に行く事になったって……」
「ああ……アタシとしちゃ慣れ親しんだ者達だけのほうがやりやすいと思ったんだが……すまないね、大人の都合で迷惑をかけるね」
聞いた途端に苦虫を噛みつぶしたような顔になった松柴さんは、離しているうちに申し訳なさそうな顔に替わっていき、最後には謝ってきた。責めるつもりなどこれっぽっちもないヒナタは、慌てて顔の前で両手を振って弁解するように言った。
「いえ!そんなつもりで言ったんじゃないんです。ただ、どんな人が来るんだろうって。知ってれば心構えもできるって言うか……」
「そう、だね。よし、上に行こうか。資料があったはずだよ。確かお菓子もあったはずだ、こっそり食べようじゃないか」
松柴さんはイタズラっぽく笑うと、みんなを促して歩き始めた。あと、お菓子と聞いた瞬間にゆずちゃんと花音ちゃんの目が輝いていた。今の時代、甘味は貴重だ。保存方法が無いから日持ちのしない物は作れないし、そもそもお砂糖が貴重品なんだもの。どんなお菓子が出て来るか分からないけど、ゆずちゃんたちが食べ過ぎないようにしっかり見張ってなくっちゃ。
心の中でそう決意するヒナタだったが、本人の口も緩んでいる事に気づいていなかった。
それから一時間ほど、松柴さんの執務室で情報の共有という名目のおやつタイムがあった。久しぶりに食べた甘味は体に染み渡るようで、涙があふれてくるほどだった。
「はー……おいしかった……」
「うん……」
「はいはい、前見て歩こうね。ほらゆずちゃん、いつまでも余韻に浸ってないで。花音ちゃんも現実に帰っておいで~」
松柴さんの所で食べさせてもらったお菓子は、しばし現実を忘れさせるくらいのものだった。それくらいお菓子などの嗜好品は手に入れる機会がない。日頃の食料さえ事欠く有様なのに、そんな余裕はまだないのである。
「私№2に引っ越す。和菓子は至高」
未だ口の中の味を反芻しているゆずが言うように、今回のお菓子は比較的食料に余裕がある№2から送られてきたものらしい。広い領地にいろんな物を作れる環境を有している№2では、他の都市の分の食料まで生産している。今回は試験的に余りで作った日持ちのするお菓子を各都市に配ったのだそうだ。
「お菓子はおいしかったけど、トラブルのにおいもしたね」
ようやく再起動をはたしたゆずちゃんが、渡された資料に再度目を通しながら言った。
「うん……言葉通りに迷惑かけたお詫びに手伝うって感じじゃないね」
お菓子を食べながらではあったものの、資料を渡された。松柴さんの方でも調べていたみたいで、詳細な情報が資料には記されていた。
「こっちにくる二番隊。外部からは№3の良心っていうくらい、いいイメージがあるけど内部ではそうは捉えられていない……」
「前の代表の子供が隊長らしい。それまでは活動してなかったそうだから……これは、なんかあったね」
実際の活動の形跡よりも噂の方が多い。橘さんはポジティブキャンペーンがあった形跡があるって言ってた。意図的にいい噂を流した跡があったそうだ。
資料には前代表の藤堂というどこかの大親分といったイメージの男性と、ほんとうに血を分けた子供だろうかと思えるほど違う雰囲気の双子の少女の写真が貼ってある。
そして次のページには30代くらいのインテリっぽい男の写真も貼ってあった。
「んで、この男が今の代表の佐久間 善人。どう見ても善人ってツラじゃない。裏でコソコソとあくどい事やってそう」
ゆずにかかれば、イメージだけでひどい言われようである。
それを否定する材料もないのだが。
「はぁ~、またなんか面倒そうだね」
資料をざっと見た感じで気が重くなってくる。両肩を落としたヒナタがそう言ってため息をつくと、その肩に手を添える人物がいた。
「花音ちゃん……」
「あのねヒナタお姉ちゃん、私思うの。ここのみんなっていつも大変だーって言いながら動いてるけど、何とかなってるじゃない?他の人が驚くくらい。だからね、きっと今回も大丈夫だと思うの。」
実に毒気のない顔で花音は言った。冷静に言うなら楽観にすぎる考え方だ。今の世界では通じない。
昨日大丈夫だったから今日も大丈夫とは絶対にしてはいけない考え方だ。
しかしヒナタは逆に考えた。花音がそう思えるくらい自分らが頑張ればいい、本当は死にそうな目にあったとしても花音に伝わらないくらいの余裕をもってればいい。余計な心配をさせないようにすればいい。
「そうだね。大丈夫だよね。だって十一番隊だもん」
なんの根拠もない答えを返す。だからどうしたと言われれば何も言い返せない。
でもそれが花音には通じるように頑張ろう。「だって十一番隊だから」何があっても、それで納得できるように。
今回の件もトラブルのにおいがプンプンしている。でもこうしてある程度だが事前に情報も入った。常にあらゆることを想定して動けば、少なくとも花音に心配をかけないで済ませられるくらいはできるはずだ。
そう考え、気合も新たに隊舎への道を帰るのだった。
ところが、トラブルという物はいつも想定のはるか上を飛んでやってくるものなのである。
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