13-7
「ただいまぁ……」
隊舎の玄関を開けながら聞こえるカナタの声は疲れていた。№1へ出向する打ち合わせに行くとヒナタと別れたのがおおよそ15時頃。ヒナタは龍の家に寄って整備のために預けていた刀を持って17時には帰って来た。今は22時である。
「お兄ちゃんおかえり。遅かったね」
リビングから出て来たヒナタがそう言って労いの声をかける。カナタのために取り置いていた夕食はすっかり冷めてしまっている。
「悪いな、起きてたのか。みんなは?」
「みんなお部屋に戻ったよ。ご飯は?」
「会議中に軽食が出て、それつまんでたから」
そう言うとリビングのソファに体を投げ出すように座った。ヒナタは台所にまわり、飲み物を準備してからソファへやってくる。
「ずいぶん疲れてるね。何か揉めたの?」
コップをカナタの方に置いてからヒナタも向かい側のソファに腰を下ろす。カナタは礼を言ってコップを取ると、一気に半分ほど飲み干した。
「ルートと行く人数なんかを決める簡単な話し合いのはずだったんだけどな……その最中に次々と連絡が入ってきて」
カナタが言うには、会議をしている最中に他の都市から問い合わせや要請などの連絡が次々に入って来たらしい。連絡が入るたびに会議がストップして、しかもその連絡の内容に対してどういった対応を取るかという話も増えて会議は遅々として進まなかったそうだ。
「そういえば……他の都市との連絡ってどうしてるの?電話なんか使えないよね?パソコンは動いてもネットが使えないし……」
疑問に思ったのか、ヒナタがそんな事を聞いてきた。
「各都市とか、重要な施設には無線機が置いてあるんだ。アマチュア無線で使うやつを回収してきて。あれだけネットが普及して、携帯電話もあるのに根強く愛好家がいたらしい。それぞれの都市に五台づつくらいはあるらしい」
「ああ無線。タクシーとかパトカーにもついてるもんね。」
「そうだな。まあ車載用は出力なんかの問題で使ってないけど、きちんとアンテナを取り付けた据え置きの無線だと海外とも通信できるらしいからな。」
意外に遠くまでつながる事にヒナタは驚いた。趣味でアマチュア無線をやる人がいるとは聞いたことはあっても、実際に見た事はないし、知り合いにもいないのでよく知らないのだ。
「代表の名前とかで連絡あれば、後にしろっていう訳にもいかないしで大変だったんだ。まあ、後は明日にでもみんな揃ってる時に言うよ。どうも会議っていう場所に行くと眠たくなって仕方ないんだよな。悪いけどもう寝るわ」
話している間も何度もあくびをかみ殺していたから、そうだろうとは思っていた。コップはそのままでいいよ。とヒナタが言うと、すでに限界が近いのか何かお礼みたいなよくわからない言葉を発しながらカナタは自室へと行ったようだ。
リビングに一人残ったヒナタは、カナタが残したコップを片付けながら何か考え込んでいた。
「確か、ダイゴさん実家が電気屋さんで詳しかったよね……よし」
何かを決めたヒナタは、自らも休むべく部屋に向かうのだった。
例によって、朝の十一番隊宿舎は賑やかだった。
いつもカナタとゆずを起こすのは一苦労なのだが、疲れが残っているのカナタを起こすのに花音は大分苦戦したようだった。
最終的に、先に起こしたゆずと二人で起こしにかかったようで、しばらくすると不機嫌そうな顔をしたカナタが階段を下りて来た。
「おはよ、お兄ちゃん。今日はどんな決まりてだった?」
テーブルの椅子に腰かけたカナタの前にコーヒーを置きながらヒナタが言った。それをチラリと見たカナタは不機嫌そうな顔のまま低い声で答えた。
「あいつらめちゃくちゃだけど今日はひどいぞ。二人がかりでフライングボディアタックしてきやがった。折れるかと思った……」
何が?とは聞けない。聞いてはいけない。
「あはは……ゆずちゃん手段を選ばないからね。」
苦笑いしながらヒナタが言うと、当の二人がリビングにやってくる。
「カナタ君大げさすぎる。あそこまで言わなくても……起こしてくれてる花音がかわいそう」
テーブルに着くや否や、ゆずが文句を言う。ゆずは普通だが後から来た花音は気まずそうにしている。心なしか頬が赤い。
「起こしてくれるのはありがたいけど、もう少しやり方を考えてくれ。お前らには分からないだろうが、今日のはあんまりだ」
不機嫌さを隠そうともせずにカナタが言うと、花音は顔を伏せるがゆずはさらに言い返した。
「そんなの、カナタ君が最初花音が起こした時に起きていればもっと爽やかな朝を迎えれた。こっちも迷惑をこうむっている」
そう言うとプイと顔を背ける。
「お前がそれを言うかよ!」
「私は今日はちゃんと起きた!」
いつもの事ではあるが、放っておくと言い合いが続きそうなのでヒナタが止めようと腰を上げると、同時に花音がカナタに頭を下げた。
「あの……カナタさん、ごめんなさい。私よく知らなくて……ゆずお姉ちゃんと悪乗りしちゃいました。今度から、その……肩を揺するとか、そんなやり方をするようにします」
さすがに花音にこう言われるとカナタも強くは出れない。花音には世話をかけて悪いと思っているのだ。
「いや……俺も悪かった。ちょっと疲れててさ。ただ……そうだね、今日みたいな事は避けてくれると助かるかな」
そう言われると、花音はいくらかホッとした顔になって台所に入って行った。
「起こされても起きないくせに、違うとこを起こしてるからこうなる。」
「ゆずちゃん!?」
さすがにそれは年頃の女の子のセリフとしてどうかと思ったヒナタが慌てて止めるが、しっかりカナタにも聞こえていた。
「おまっ、ゆず!何てこと……おい、待てよ!」
呼び止めるカナタに目も合わせずゆずはリビングを出て行く。耳が赤くなっているので、さすがに恥ずかしくなったんだろう。
「恥ずかしいなら、言わなきゃいいのに……」
呆れたヒナタの声をかき消すように、洗面所のほうから盛大な水の音が聞こえてきた。
「と、いう訳で出発は明後日。今回はいろいろ横から口を挟むのが多くてな、ほとんど松柴さんは跳ね付けたんだが、一つだけ断り切れなかった申し出があった。」
そう言うとカナタは皆の顔を見た。十一番隊全員の顔が揃っていて朝の騒ぎの余韻はない。いくら言い合いをしても後に引きずらないのはいい所なのだが……
「どこも必死だね。仕方ないか、あちこちで出て来てるもんね」
ダイゴが困り顔で言う。カナタ達が美浜集落の先で遭遇したマザーと一戦交えた後、その情報が広がるのと同じくらいにあちこちでマザーらしき個体の発見情報が上がったのだ。それぞれの個体は外見などの特徴は大きく違うものの、共通しているのは近くの感染者を呼びよせコロニーを作る事と嚢腫格らしき個体が傍にいる事。そしてカナタ達の時と同じようにコロニーの感染者の中には進化している個体もいると言われている。
それが、確認できただけで四カ所あった。
どの都市も無視できない位置にマザーがいるので対応に苦慮しているのだ。そこにマザー関連で情報があるという話がくれば飛びつきもするだろう。
「それで?断り切れないかった申し出ってのは?」
スバルが先を促す。それに頷くとカナタは自分の手帳を確認して話し出した。
「その申し出っていうのがちょっと特殊で……№3の二番隊が№1までの護衛を申し出て来たんだ。見返りもなしで」
「なんだそりゃ?見返りもなしって……同行して情報を探るためとか?」
「いえいえ、見返りもいらないって言ってしまえばぁ、こっちは逆に警戒するんじゃないですかぁ?」
眉根を寄せてスバルが言うと、白蓮がそれを否定した。確かに同行して情報を探るつもりなら怪しまれるようなことは言わないだろう。
「二番隊って№3の良心?」
色んな考えが飛び交う中、ずっと何かを考えていたゆずがそう言った。それにカナタは頷くと話し出した。
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