13-4
用事があり遅れました。
「そこ!邪魔です。道を開けてください!」
後ろから怒鳴られ、何事かと振り返ると医療器具を乗せたワゴンを押して、看護師が爆走している。慌てて廊下の端に寄ると、カナタの前を速度を落とすこともなく走り抜けていった。
「あなたはもう完治してます!入院を待ってる患者さんがいるんです!早く出て行ってください!」
避けた先で見えた部屋では、ベッドにしがみ付く中年の男性を引き剥がそうと看護師が数人がかりで引っ張っている。
「……久しぶりに病院って来たけど、こんな賑やかだったか?」
廊下で立ち尽くしたカナタが思わず口にした。
「今の病院はどこもこうらしいよ。医療に携わる人も施設も少ないから遠くからもやってくるんだって。しかも都市外に住んでる人がトラブルを起こすことが多いんだって。ほら、あそこのおじさんなんかそうなんじゃないかな?」
ヒナタが指差したのは、先ほどカナタも見たベッドにしがみ付いて離れたがらない中年の男性だ。
「都市の外から来て、ここでしばらく生活するとケガが治っても退院したがらない人が多いんだって。危険で食べるものも少ない都市の外に戻りたくないって。」
「今更かよ」
思わずカナタは毒づいた。守備隊の任務で都市外に住む者を発見したら都市に移住するように誘う事になっている。自分で都市の病院に来れるくらいの距離に住んでいるならほぼ100%一度は誘っていると言ってもいい。
しかし今外に住む者達は、今更縛られたくないだの自由な方がいいだの言って、こっちの話を聞かなかった者がほとんどだ。中には都市では財産を奪われ労働力として搾取されるなんて荒唐無稽な噂すらある。
それが、実際に体験したらあの通りだ。よく見るとベッドにかじりついている男性を支える様にして妻と子供らしき人物もいる。家族でここに寝泊まりしていたんだろうか……
「そんなに残りたいなら、普通に申請すればいいだろうに」
騒いでいる人たちを見て歩きながらカナタが言うと、近くにいた看護師が鼻息荒く教えてくれた。
「あの患者さん、一度申請したんだけど、そこで斡旋された仕事に碌な物がないって言って、怒って申請取り下げちゃったらしいわよ。報酬も納得いかないって揉めて……それで外に出て行ったのかと思っていたら、自分で手と足を折ってここに来たの。信じられる?あとは一カ月おきにあの騒動をもう半年は繰り返してる。もう治ってる、いや、まだ痛い!って。」
呆れきった目で騒ぎを見て、鼻を鳴らすと足早に立ち去って行った。
「いろいろ大変なんだな……きっとどこでもまだまだ問題は抱えてるんだろうな」
「うん、そうみたいだね。その中でも私たち守備隊って、だいぶ優遇されているよね。食べ物の支給とか報酬とか……時々なんか申し訳ないなって思っちゃうんだよね」
自分勝手な行動をしている者達が相手であっても、いくらか後ろめたさの様な物を感じているようだ。
「それはちがい……」
「そんな事ないですよ!」
カナタがそれは違うと言おうとしたのにかぶせて話しかけてきた者がいた。さっきの看護師だ。両手にファイルを持っているので、目的の場所に行って帰ってきたのか。
「守備隊の皆さんはいつも危険にさらされてるじゃありませんか。守備隊の人の損耗率は私でも知ってます。本当に自分の命を賭けて任務をこなしていらっしゃるんです。ある程度見返りがないと不公平ですよ。私もそうですし、あそこのおじさんもそうです。守備隊の人たちに守られて都市の中で平和に暮らせてるんですから。」
そう言うとまた慌ただしく立ち去って行った。改めてそう言われるとなんだか誇らしい気持ちになってくる。もちろんそんな考えの人ばっかりではないだろうが。
心なしか足取りも軽くなり、カナタ達は目指す病室へとたどり着いた。
壁にある部屋の名札を確認すると、ハルカの名前がちゃんとあった。
「ここだ、間違いない」
カナタはそう言うと、横によけてヒナタに場所を譲る。ヒナタに先に入って貰ってカナタが入ってもいいかどうか確認してもらうために。
「こんにちは~」
ヒナタが扉をノックして、頭だけ入れて声をかけると中からハルカが何か言っている声が聞こえた。思っていたよりも元気そうな声で、ひとまず安心する。
そう油断していると、いきなりヒナタに腕を掴まれ強引に中に引っ張り込まれた。
「おっ、おい!ヒナタ、なにを……」
「カナタ!?」
ヒナタに抗議する声と、驚いたようなハルカの声が重なった。見るとハルカは慌てて居住まいを正している。
「ちょ、ちょっと!来るなら来るって言いなさいよ。びっくりするじゃない!着替えとかしている時とかだったらどうすんのよ」
すこし頬を赤らめながら口をとがらせるハルカから、気まずくなって目をそらすとヒナタがいたずらな顔をして笑っている。
そのヒナタに、頭を小突くジェスチャーで返すと視線は外したままハルカに声をかけた。
「その、いきなり悪いな。松柴さんからハルカの事聞いてさ。ヒナタもお見舞いに行くって言うから……一応そういうアクシデントがないようにヒナタを先に入れたんだ。」
カナタが言い訳をするような感じで言っている間に、ハルカはカーディガンを出して肩から羽織って向きなおった。
「そ、そっか……わざわざありがとね。でも……カナタこそ大丈夫なの?監禁されて衰弱していたって聞いたよ?」
入院している者をお見舞いに来て、逆に心配されてしまった。
「まあ、俺はなんとか……大丈夫だよ、この通り」
本当は監禁されていた時の状況もだし、何かを投与され意志薄弱になっていたりとか、そのために喰代博士に変な薬を飲まされたりとか、全然大丈夫ではなかったのだが、入院患者の前で言う事でもないし変に責任を感じてしまっても困る。
当たり障りのない返事をして、両手を広げて無事をアピールした。
その姿を見て、ハルカがホッと息をついたのがわかった。やはり大分気にしていたようだ。
「そっか……ねえ、カナタ。ごめんね……その、私カナタの無実をちゃんと証明するって言ってたのに、結局何もできなかった。そのせいでカナタまで辛い思いさせちゃって……」
一瞬ホッとした顔になったかと思ったら、すぐに沈んだ表情に戻る。やはりハルカは自分のせいもあると思っているようだ。ずっと自分を責めていたに違いない。
「いや、悪いのは獅童や長野だし……ハルカが謝る事なんて。こうしてハルカも被害に遭っているわけだし」
カナタがそう言ったが、ハルカの中で納得できていないのだろう。曖昧な笑みを浮かべている。
「ううん、私は……獅童さんに騙されて捕まって。でも、閉じ込められていた場所は6番隊の隊舎の中だったし。そこまでひどい環境じゃなかったから……あ、別に何もされてもないから!ずっと独房に入っていただけだからね」
自分が捕まっていた環境を話していたハルカだったが、急に慌ててそう言い足した。
「あ、ああ。そうか……その無事でよかったよ」
ここに来る前にヒナタと話していたような内容に触れだしたので、カナタは無難に答えた。
するとハルカはそんなカナタを少しの間ジッと見ると、小さく聞いてきた。
「その、心配……した?」
「え?あ、ああ。そうだな」
ヒナタと話をしていなかったら、どう答えていいか分からなくなっていた場面だ。ヒナタと話したことを思い出しながら、なるべく普通に見える様に答えを返す。
「ま、まあいくら獅童でもそこまでひどい事はしないだろうと思ったし、そこまでは心配していなかったよ。ハルカならきっと大丈夫だろうって信用もあるからな」
そう答えて、チラリとヒナタを見ると……ヒナタは「あちゃー」という声が聞こえてきそうな表情と仕草をしていた。
(あれ、なんか間違えたか?)
そう思い恐る恐るハルカを見ると、どこか寂しそうな顔になっている。
(え、答え間違えたの?どう答えるのが正しかったんだよ!誰か教えてくれ~!)
心の中で絶叫するカナタであった。
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