13-3
「あらぁ。藍さんもここにはいったんですねぇ」
喰代が入隊して翌日。悄然としている面々の前に白蓮がやって来た。朝から元気な喰代と話をしているが、カナタ達は話しかける元気はなかった。みな、あくびを噛み殺したりどこか遠くを見つめていたり。ゆずやカナタに至っては座ったまま眠ってしまいそうになっている。
なぜそうなっているのかというと、昨日部屋をあてがわれた喰代は私物を運び入れ始めた。この時点で夕方だった。手伝おうかとか、明日でいいんじゃないか?とか周りの者は声をかけたが、いわく素人が触ると危険な物もある、置く場所にもこだわりがあるらしく作業は自分でやると。明日でも……に関しては早く運ぶ分は運んでゆっくりしたいからと言うので、好きにさせておいた。
ここですでに誤解が発生していた。喰代の言うゆっくりしたいから。は言葉のままでなく、重要な言葉が省略されていた。みんなはゆっくりしたい=落ち着きたいと受け取っていたのだが、実際はゆっくりしたい=ゆっくり研究をしたい。という意味だったのだ。
荷物を運び終え、みんなで夕食を食べひとしきり団欒の時間を過ごし、部屋に戻った喰代に干渉する者はいなかった。疲れているだろうし、慣れない所で暮らしていかないといけないからとそっとしておいた。
それが夜の事で、それぞれいつも通り就寝した。しかし、今朝がた早くの事だ。どこからか漂う異臭に気づいたヒナタと花音が跳び起きた。何かが燃えているようにも感じる臭いだったので、火事か!とみんなをたたき起こして回った。
そして今日から喰代もいた事を思い出したヒナタが喰代の部屋の扉を勢いよく開けた。
「喰代さん!」
そう叫んで、部屋に一歩入ったヒナタが見た物は…………
ガスマスクのようなものを着けてフラスコを振るう喰代の姿だった。部屋の机の上では何かの機械が回っていて、そこにセットしてある試験管に入っている液体からと、喰代が振っているフラスコから漂う異臭が合わさって何かが燃えるようなにおいに似ているものになっていた。
扉を開けたまま固まるヒナタと、それにすら気づかず作業に集中する喰代。居間のほうでは花音がみんなに外に避難するように叫ぶ声が聞こえてくる。慌てたのかスバルがなぜかやかんに水を溜めているのをダイゴが止めている。その中央ではゆずとカナタが立ち尽くしていた。正しくカオスな光景である。初日からこれなのだ。
後にヒナタは語った、あの時は本気で思った。ダメもとで返品をお願いしてみよう、と。
「あらあら、そんなことがあったんですねぇ。藍さんらしいですねぇ」
口元に手を当て、クスクスと笑いながら白蓮はそう言っているが、当人たちはたまったものではないのである。
いちおう喰代もこの状況を詫びはしたものの、何か興味のある対象を前にした時には周りが見えなくなる。それは短いながらも共に行動をしてようく分かっているのだ。
「……外の倉庫を改装しよう。喰代博士、言いにくいんですが部屋を外の倉庫に移動することをお願いできませ……」
「倉庫を使わせてもらえるんですか?あそこなら広いし、もっと大きな機械も置ける。……あの、入り口を改造しても?」
いくら周りに迷惑をかける行動をすると言っても、一人だけ別の、しかも外に部屋を移動してほしいとは、さすがに申し訳なくて言いにくかったのだが、むしろ食い気味に乗り気の返事をされて、カナタは思わず一歩引いてしまった。
それどころか喜んでる……むしろ改造したいと要望まで出されてしまった。
「ど、どうぞ。好きに使ってもらって大丈夫です」
そう言うしかなかった。
「代表の護衛任務を聞いて戻ってきましたぁ。№1まで行くとか……もうルートとかも決まってるんですかぁ?」
白蓮は龍さんの住むところの手伝いに行っていたのだが、そちらにも知らせが行ったらしい。早速荷物の移動をし始めた喰代を見ながらカナタに聞いてきた。
「いや、細かい事はまだ……ルートも移動手段も決まってないです。山越えして直接向かうか、高速道路沿いに向かうか。たぶんまた高速を使って中央まで行って南下するんじゃないかと。」
そこまで言うとカナタは急に声を潜めて話し出した。
「山越えのルートだとまたマザーの行動エリアの近くを通りますし……」
「ああ……なるほど」
今まさに荷物を抱えてリビングを横切って行こうとしている喰代をチラリと見て、得心したように白蓮は頷いた。
「まあ、高速沿いだと距離は遠くなるんで、どっちも辛いですけどね。もう車も使えませんし」
軽油やガソリンなどの燃料が底をついてもう久しい。電気自動車などもあるにはあるが、充電できるところがないので使い方が難しい。
「しかも、今ちょうど装備を点検に出している。」
話を聞いていたのかゆずがカナタの隣に座りながら言った。
「ああ、そういえば桜花と梅雪を先生に預けてましたね。」
しばらくは休暇の予定だったので、この際にとカナタとヒナタは龍さんに刀を預けている。ゆずもライフルの調子が悪いらしくて修理に出したと言っていた。
これまでの戦いを振り返っても支給された武器だけでは少々心許ないのだ。
「一応ルートの選定とかを、今日の夕方話し合う事になってます。決まったら改めて言いますね」
カナタがそう言うと、わかりました。と白蓮は頷き、重そう荷物を運ぶ喰代の手伝いに立った。よく見れば、どうやって一人で運んだんだろうと言いたくなるような機械が運び出されている。
あまり体を使うイメージのない研究員という人種は意外とパワフルでないといけないらしい。
ゆずは見なかった事にしたようで、気配を消して部屋に逃げた。カナタも手伝ってもいいのだが少し用事がある。さっき松柴さんが来ている時の聞いたのだが、事件後入院しているハルカの意識が戻り、一般の面会が可能になったよとの事らしいのだ。
自分たちに不都合な証言ができないように獅童らによってカナタと同じように監禁されていたハルカは、救出された後も面会できない状態だった。どんな状態なのかも知らないので、どうしても色んな事を考えてしまい心配していたのだ。
心配していたのは確かだが、いざ面会できると言われると、少し躊躇してしまったいた。
「……まあ、手伝いが終わってからでもいいか」
独り言を言いながら立ち上がると、目の前に出かける格好に着替えたヒナタが立ちふさがった。
「お兄ちゃん?ハルカちゃんのお見舞い。いくよね?私も一緒に行くから、早く準備してきて」
「あ、ああ。まぁ、見舞いはこの騒ぎが落ち着いてからでもいいかなって……」
「そう言って今度は時間が遅いと悪いからって言って延ばし延ばしになるんでしょ。わかってます。意識が戻ったって松柴さんが伝えてくれたんじゃない。ほら、行くよ」
どうやら妹は完全に兄の行動を読んでいるらしい。背中を押される形になり、カナタは準備をするべく部屋に戻った。15分で準備しな!それより遅くなる様なら部屋に踏み込むよ!。という何かのセリフを真似したヒナタの声を聞きながら。
ハルカはカナタとは違う場所に監禁されていた。カナタほどではないが過酷な扱いだったらしく、救出された時には意識がない状態だったらしい。
特に何かあったとは松柴さんも言ってはいなかったので無事ではあるんだろうが、ハルカも巻き込んでしまったとカナタは思っているので少し顔をあわせにくい。
15分しっかりかかって、ようやく支度を終えたカナタが部屋の扉を開けるとそこにはヒナタが立っている。顔を伏せているので表情は見えないが、カナタは内心慌てていた。
待たせてしまったか?ギリギリだけど15分経っていないはずだ。そんな事を考えていると、ヒナタが顔を伏せたまま頭でカナタの胸を押してきた。
「?」
それに抗わずにいると、部屋の中に戻ってしまった。ヒナタも部屋の中に入ると扉は反動でパタリと閉まった。
「ヒナタ?」
様子がおかしい妹に訝し気に声をかけたが、何も言わず迫ってくる。次にヒナタの頭がカナタに当たった時、ヒナタは両手を広げてカナタを優しく抱きしめた。
「お兄ちゃん、ハルカちゃんはきっと大丈夫だよ。もしお兄ちゃんに顔を合わせづらくなるような事があったのなら、松柴さんも会わせようとはしないだろうし……」
「!!」
「ハルカちゃんは美人だし、お兄ちゃんが心配するのも分かるし……たしかに今の世の中、女の人がさらわれたりしたら、ひどい事になるって話はよく聞くけど……もし、もしにだよ?ハルカちゃんに少しでもそう言う事があったとしても、なかったとしても。お兄ちゃんは変に気を使わずにいつも通り接してあげて欲しいの。お兄ちゃんはうそが下手だから……気を使ってる事がすぐわかるもん。そうしたら余計に悲しくなっちゃうと思うんだ。もちろん気に障る事やひどい事は言っちゃだめだよ。」
ヒナタの言葉は、カナタの心の奥底にあった不安をあぶりだしていった。本人もうまく理解できていなかった漠然とした不安。
ヒナタの言う通り、残念ではあるが治安のあまり良くない地域では女性をさらって暴行したり平気でする奴らは意外と多い。こんな世界になったのを無法の世界だと思って、暴力と欲望を前面に出して生きている集団も結構いるのだ。
ましてカナタは自分も非合法な監禁をされて、自意識を奪われてしまっていた。考えたくはないが、もしハルカも同じ状態にされていたとしたら……カナタよりもひどい事になっていたかもしれない。
そう考えると、胸が張り裂けそうになってしまう。松柴が会いに行くように言うのだから大丈夫だと自分を言い聞かせているが、どんな顔をしていったらいいか不安になっていたのは事実なのだ。
「ヒナタ……俺、そんな分かり易い顔してたか?」
「うん。ハルカちゃんの話題になった途端に顔色が変わるくらいには。心配だったよね。でも無事だったんだから。二人で会いに行こ?そしてはやく退院できるように励ましてこないと。」
気付けばヒナタが優しく背中をさすってくれている。まったく……これではどちらが上かわからないじゃないか。カナタは頭をかき、ついでに目じりに溜まった物をばれないように拭う。そしてヒナタの肩を軽く叩くと、少し離れて心配そうな顔で見上げてくる。
子供だと思っていたのに、女性の機微を理解できるくらいに成長していたんだなぁ。そう考えると嬉しいような寂しいような不思議な感覚に陥ってしまった。
「ありがとな、ヒナタ。お前は優しいな、自慢の妹だ」
そう言うとヒナタは、はにかんだように微笑んだ。
読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。
ブックマークや感想、誤字報告などは作者の励みになります。ページ下部にあります。よろしければ!
忌憚のない評価も大歓迎です。同じくページ下部の☆でどうぞ!