一章 序
最初の方が少したるんでる気がしたので、試験的に序章を入れてみます。
ご意見あればお待ちしています。
「そこまで来てる!まだ向きをそらせないか、スバル!」
雑音の混じるインカムを通し、前線で奮闘しているであろう仲間に伝える。
ここは変哲もない一軒の戸建てだった場所だ。今はあちこちが痛んで、長い時間人が住んでいない事を簡単に想像させる。
その平屋の屋根の上、正面の道路を睨みながら№4と称している都市の守備隊、第十一番隊の隊長の任についているカナタが指示を出している。
今だ慣れない隊長と言う仲間の命の重みが肩にのしかかってくる重圧を感じながら、必死に頭をひねっている。
すると、すぐ隣から弾けるような銃声が数回聞こえて、目の前の道路に出てきた感染者が倒れていく。そしてカナタに向かって、少女が声をかけてくる。
「くっ……カナタ君!弾が残り少ない。このままだと、抑えられなくなる……」
カナタと同じ屋根の瓦の上に伏せて、屋根の一番上にある棟瓦にライフルの先を預け射撃をしているゆずが、そう言いながら手早くマガジンを交換している。
同じく十一番隊所属の射撃手であるゆずは、十五歳という若さで小柄な体に似合わぬバイタリティと、類稀なる射撃センスを有している。やや口調と感情が平坦なのは、彼女と初めて会った時の事件のせいだ。
元々ここまでの戦闘になるとは想定していなかったので、持って来た弾薬はそう多くない。
彼女でなければとっくに撃ち尽くして、なお半分も処理できていないだろう。
正面の道路は国道からの分岐であり、現在国道を感染者の集団が移動をしているのだ。
マザーと呼ばれる特殊な個体を中心とした感染者の集団は非定期的に移動をしており、大体決まったルートを周回する習性がある。今回は№4と称される生き残った人類が作った都市の北東に巣食っているコロニーの移動が観測された。
「くっそ……なんだってこっちに向かって来るんだよ……いつもはまっすぐ西に移動していたのに……」
思わず悪態をついてしまう。
少し前に、感染者の研究機関所出身の喰代博士が、北東のマザーのコロニーに普段と違う行動が見られると強硬に主張したので、警戒するためカナタ達十一番隊が出ていたのだが……
「まさか都市の方に向かってくるなんて……なんとか向きを変えないと、このままじゃ都市を直撃する」
今も前線では同じ部隊でカナタの元同級生のスバルとダイゴが感染者を元のルートに誘導しようと動いているはずだ。
「カナタ君、また来た。く……前線は何やってる!」
ライフルのスコープで道路を監視していたゆずがそう言って歯噛みする。慌てて双眼鏡で見てみると、たしかに角を曲がりこちらに向いて歩いて来るのがいる。
「今度は……約十体か……」
カナタが呟いたその時、激しい音と光を伴って、国道の方で派手に打ち上げ花火が上がった。
「よかった……何とかなったのか。スバルから花火がしけって点かないって連絡が来た時にはどうしようかと思ったけど……」
どうやら、ようやく着火できたようだ。カナタは少しだけホッと息をついた。何も言わないが、伏せたままのゆずからも安堵した気配を感じる。
「ちょっと、こっちに来てるじゃない!カナタ、国道の状況は?」
場違いにきれいな花火を眺めていると、数人の者が駆けてくる足音がして、下から声がかかる。都市の応援部隊が到着したようだ。下をのぞくとこっちを見上げる女性と目が合った。
栗色の髪を後ろで一つ結びにして、凛とした佇まいのよく知っている女性。カナタの元同級生でもある。
「ハルカ?六番隊が来たのか?他の部隊はどうしたんだよ」
「他の作戦とぶつかってて、普段より都市に残ってるのが少ないのよ。それで急遽六番隊に声がかかって。花火が上がってたけど、うまく方向変えられたの?」
ハルカが聞いてくるのと同時に、カナタのインカムからも声が聞こえた。
「わりい!なかなか火がつかなくてさ。最終的に焚火起こしてその中に放り込んでつけた。こっちから見える範囲は国道ルートに戻っているみたいだ。このままダイゴと誘導する。いくらかはそっちに曲がったのがいるから気をつけろ。あと何体か二類感染者を見かけた。たぶんそれもそっちに行ったと思う。」
前線で感染者の集団を誘導しようとしているスバルから、そう連絡が入る。
スバルの言う二類感染者とは、通常の感染者とは違う見た目や動きをする個体を称している。こっちの方が総じて危険度は高い。
おおむね作戦は思い通りになったようだが、数体こっちに来てしまったようだ。
「了解、そっちも気をつけてな。ならここで待ち受ける必要もないな。出て行って片付けて、さっさと帰ろうぜ」
使用しているインカムは、チャンネルを同じくする全員が同時に聞こえるタイプなので、射撃体勢のゆずに改めて言う必要はない。
肩を叩くと、意図を察したのかゆずがライフルを肩に担ぎなおして立ち上がった。
カナタは屋根に上がる時に使ったはしごで下に降りると、スバルが言った内容をハルカに伝えた。
「とりあえずは何とかなったって事ね。じゃ、こっちに来ている分を叩けば問題なしね」
そう言うが早いか、着いて来ている六番隊の隊員に声をかけると先へと走って行こうとする。
「ハルカ!二類感染者もいたらしい。気をつけろよ」
止める間もなく走り出したハルカにそう声をかけると、ハルカは振り返らず右手を挙げて了解の旨を伝えてきた。
「あいつ、ここまで走ってきたのに、ろくに休憩なしで行くつもりかよ」
その背中を見つめながらカナタはそう独りごちた。そして思い返す。そういえばあいつ元陸上部だったな、と。ゆずと共に急ぎ目に国道の方に移動しながらカナタは思いを巡らせた。
世界がこんな風になってから二年が経つ。二年前まではカナタもハルカも、前線にいるであろうスバルやダイゴも普通に高校に通っていた。
世界は平和でそのまま学校を卒業して、進学したり就職したりして……大して変わらない日常を過ごしていくんだろうと思っていたのに。
いや、思ってもいなかったのかもしれない。それが当たり前すぎて、そんなこと気にもしていなかったか……
少なくともその当時は当たり前だと思っていた平和な世界は意外と簡単に壊れてしまった。人が住める領域はまだまだ狭く、いまだほとんどのエリアは、ゾンビのように徘徊する感染者が支配している。
ある日、突然町に現れた一人の感染者から爆発的に拡がり、いまでは非感染者の方が少なくなってしまった。
ここ、四国に作られた四つの都市以外の所では、どれだけの人が残っているかも定かではない。
平和だった日常が、危険な非日常へと変わり果てた。
カナタはその日のことを今でも覚えている。
道路の先を見ると、こっちに向かっていた感染者も対処できたのか、ハルカたち六番隊が談笑しながら歩いて戻ってきている。ダイゴやスバルの姿も見え、犠牲を出すこともなく終えることができてホッとしたのか、ふと思い出していた。
「——あの日、世界が終わった日を。そして、俺たちの戦いが始まった日を。」




