第31話その1
8月も遂に31日を残すのみになり、ARフィールドに学生の姿はない。
しかし、前日に入ったビッグニュースを受けて、あるフィールドには大量のギャラリーが押し寄せていたのだ。
ギャラリーだけではない、その中には民放のテレビ局も混ざっている。普段はARゲームに見向きもしないようなテレビ局が……。
(他のフィールドが嘘みたいな状況だな)
これを見て驚いたのは、祈羽フウマだ。スーツ姿ではなく、今回は私服ではあるのだが。
ARパルクールフィールドに来たのには、別の理由があっての事である。
【ARパルクールトーナメント予選予備日】
今回は予選通過者の中に本戦を辞退したプレイヤーが数人いたため、その空いた枠を争う予選会だった。
本戦辞退には様々な理由があるだろうが、さすがに炎上勢力が関与していることはないだろう。
本戦開始は、予選のスケジュールが早く終わったこともあってか、9月2日、明後日に実施される。
今回の予備予選コースに関しては、今までの予選とは少し趣向を変えたものになっている。ラストには90度に近いような角度の壁が行く手を遮っているのだ。
その高さは3メートルを誇るが、ARスーツの場合は速攻で突破することも容易だろう。
ある意味でも本戦に近い予選……ともいうべきコースなのだ。これを突破できなければ、本戦は厳しい戦いとなる。
壁の前に様々な障害が難関ぞろいという事もあり、壁にたどり着く前にタイムロスをするかもしれない……という考えのプレイヤーが多かった。
コースアウトは失格だが、ARアーマー装備の場合、余程のケースではないと失格はあり得ないレベル。
それに加え、今回は多くのギャラリーが観戦をしているので、ある意味でも……と言うのはあるだろうか。
「例の資料、本部に渡したわよ」
ガーディアン春日部支部の物販コーナーを見回りしつつ、誰かと連絡を取っているのは春日部支部長のホップである。
今回は、さすがにガーディアンの制服だが……場所が場所と言う都合上。
『ご苦労様。あれはどうしても見せておかなければいけなかったからね。色々な意味でも』
「あれは本来であればごく一部の人物しか知らない、それこそ極秘ファイル。どうやって入手できたの?」
『草加支部を甘く見ないで。あのレベルの極秘ファイル、何にも極秘ではなかったわ。むしろ、ラスボスが国家権力でなかっただけましだった、と言うべきね』
「国家権力、大きく出たわね。確かにブラックバッカラ事件では、下手をすればそちらが介入してもおかしくなかったみたいだけど」
ホップの会話をしている相手、それは草加支部長であるアルストロメリアだ。彼女は今、草加市某所のARパルクール予選会場から通話に出ていたのだが……。
「噂では、ブラックバッカラ以外にもAIアバターがいるとか。そのAIは魔女なんて呼ばれている」
『さしずめ、魔女と呼ばれたAIともいうべき存在かしら。そちらは別口で探らせているけど』
「ガーディアンも関与していない、制作委員会もノータッチ……。まさか、次クールの新番組に出てくる……」
『そうとは限らないと思うけど。次クールの新番組をやるとすれば、特撮番組だと夏の劇場版とか……その辺りに情報も出てくるはずだし』
「思い違い、なのかねぇ……」
『そろそろ、情報も来ると考えるのが良い頃合いだろうし、様子を見ることにしましょう』
お互いに忍者構文の事件を1クール物のアニメか何かと思っているのだろうか?
しかし、この例えは比喩表現でもなんでもなく……。
「どちらにしても、次のクールは2クール、それも……」
アルストロメリアが観戦しているのは、ARパルクールの予備予選。
そこでのスコアボードを見る限りでは、余程のプレイヤーはいない様子だった。
ボーダーラインを下回るようなプレイヤーはいないと思うが、それを差し引いても優秀なプレイヤーが出るかどうかは定かではない。
そうなっている原因は、ギャラリーの多さだろう。普通に一般客が混ざるパターンではなく、今回はテレビ局も取材に来ている。
「次の題材はパルクール、と言う話もある。その中で、このニュースか」
ネット上に掲載されている、とあるニュースをアルストロメリアは見ていた。
それによると、国際競技大会でARパルクールが採用される、と言うのである。
更に言えば、これは4年に一度の大会ではなく、1年に一度、大規模な大会を開くという記載もあった。
格闘ゲームで世界大会が開催されたことも、もはや記憶に新しいというレベルではなくなっている。
ARパルクールの世界大会は、その規模の開催と同じと言ってもいいだろう。
(テレビ局が、最低でも民放4、国営のテレビ局、地方のローカルが2、3位……規模がデカいぞ)
アルストロメリアがサッと見た限りでも、かなりの数のテレビ局がいる。それでも、あの局がいないのでニュースの規模としてはそこまでのものではない様子。
テレビ局の取材を受けているのは、参加していないギャラリーがメインで、プレイヤーにインタビューは行っていない。
これは運営側がプレイヤーに取材を行わないことを条件に、取材を認めたという話がある。実際、ホップとの連絡中に、そこにも言及はあったが。
ただし、プレイヤーに取材した場合はレッドカード、一発退場を明言しており、すでに迷惑配信者の一部を締め出したばかりだ。
「この状況だと、ガーディアンの出番はないかな」
周囲にはマスコミがおり、下手に行動すれば自滅と言うようなフィールドで、下手に暴走しようという人物はいない。
(ハロウィンで大炎上し、そこから数十年以上前から存在したガーディアンの存在がピックアップされ、現在に至っている)
一時期、ハロウィンで暴走した一部が原因で、ハロウィンイベントはソシャゲのガチャかバーチャルイベントのどちらかしか注目されなくなった。
おそらく、この世界ではハロウィンと言えばそのどちらかしか選択肢がなく、第3の選択肢は存在しないといってもいいだろう。
せいぜい、ハロウィンを題材とした4コマ漫画が微妙に『バズる』位しか、ハロウィンと言っても注目されなくなったのである。
そういった勢力を一掃したのがガーディアンの原点となったアキバガーディアン、今のガーディアン秋葉原本部だった。
今も秋葉ガーディアンと言う名称自体は使っているが、それはガーディアン全体ではなくて特殊部隊としての名称として残っている。
彼らの活躍もあって、日本のハロウィンはバーチャルハロウィンが定着したといっても過言ではなくなっていた。
これと同じことが、リアルダンジョン配信が炎上系配信者などを原因として炎上し、バーチャルダンジョンかARダンジョンという展開になったのとまったく構図が同じなのだ。
「やはり、時代は繰り返す。それこそ、4クールの特撮作品を見ているかのように」
改めてアルストロメリアは思う。
SNS炎上を考えるような勢力が存在する限り、ガーディアンのような勝利フラグを揺るがないものにする存在が必須なのだ。
そして、一つの事件が解決すると、また別フォーマットの事件が発生し、それを解決するための組織が結成される。
それこそ、ヒーローものの特撮番組が年1回に放送されるような規模で。




