第27話その2
リアルダンジョンが衰退し、時代はARダンジョンへと切り替わっていくのか……と言う中で現れたのが西新井にオープンしたARダンジョン施設だった。
このダンジョン施設は、様々な意味でもリアルダンジョンをある事情で行けなかったような冒険者などの受け皿にもなっている。
そうした層を取り入れ、規模が大きくなっていくのだろう。
実際、西新井の施設オープン後には、春日部、大宮、群馬、栃木、大洗などの全20か所以上でオープン予定と発表しており、それは9月の上旬から順次……なのだが。
ここ最近はARゲーム用のフィールドも整備され始めており、それこそ日本全国に来るのも時間の問題、というレベルだ。
難しいのは、沖縄をはじめとした離島エリアだろうか。ガジェットの問題もあるし、部品などの輸送手段も問題となる可能性が高い。
『オケアノスの件をどう思う?』
『我々とオケアノスは無関係だ。ましてや、ネットガーディアンとも』
『なぜ、この話題を出した? 秋葉原の忍者騒動とこちらは無関係という結論は会議でも出ているはずだ』
『しかし、コンテンツ流通という意味ではオケアノスの存在が厄介だろう』
『コンテンツ流通は我々ガーディアンよりも、別の組織の方が動けるのでは? 例えば、ここ最近は噂を聞かないキサラギとか……』
そんな状況下でのガーディアン秋葉原本部、そこで行われている定例会議でも様々なテレワーク勢から意見が飛び出す。
すでに秋葉原の忍者騒動に株式会社オケアノスが関与していることは否定されているのだが……まだ疑問は残っているのだろう。
今回の話題に登場したキサラギは、プロゲーマーを輩出しているゲームメーカーであり、この世界ではそこそこの知名度を誇る。
過去に、ガーディアンはキサラギともひと騒動起こしたこともあるが、それはブラックバッカラ事件よりも以前のものであり……。
『確かにキサラギが秋葉原の騒動とは無関係だと証明できた。しかし、それ以外の事件……例えば、最近になってSNS上で話題になっているブラックバッカラとか』
この話を切り出したのは、何と渋谷支部の支部長だった。
こういう話に切り込みそうなのは、大抵が新宿支部と決まっているので、周囲も動揺している。
残念ながら、新宿支部はとあるプロジェクトの準備のために欠席をしているのだが……。
ここに書かなくても分かりそうだが、草加支部、春日部支部、足立支部は不在である。
群馬支部もいるが、何か言及した様子はなく、場の空気を読んでいるのだろう。
『ブラックバッカラは触れるべきではない。ある意味でも禁忌と言える』
『しかし、AIアバターの暴走事例も散見されている以上、無関係とはいえないのでは?』
『あの事件は、そのAIの風評被害を広めた元凶だ。それ便乗している事件であれば……』
様々な支部から意見が出てくるのだが、秋葉原本部長は沈黙を貫いている。
一体、どういうことなのか?
「その件に関しては、すでに別件で探らせている。迂闊に情報を流して炎上させる方が逆効果、というのもあるだろう」
「以後、ブラックバッカラの件を会議で言及するのは控えるように」
まさかの発言が本部長から飛び出した。これに関しては、さすがに支部長も従うしかない。
もしかすると、この場にいなかった草加支部、春日部支部、新宿支部は知っていたのだろうか?
「それと、キサラギに関しては調査レポートを待っている途中だ。下手な介入でトラブルを起こせば、それこそ……」
本部長はキサラギに関しても何かを知っているようだが、下手に手を出して状況悪化だけは防ぎたいので、そこは釘を刺した。
『こちらもレポートとやらが来るのを待ちましょう』
キサラギの話を持ち出した渋谷支部は、色々と反論はしたいが、まずは発言力を失う事の方が問題なので、ここは引き下がることにした。
他の支部も、渋谷支部が引き下がったのを見て、この件はこれで終わりという事にする。
そういった会議が展開されている頃、新宿支部はあるものを発見し、これをうまく利用できないか、と考えていた。
今回の会議に関しては事前に欠席することを本部には通知済であり、その理由がこれと言える。
「ダンジョン配信、動画サイトなどで人気が上昇していると聞くが、ここまでとは」
新宿支部長が動画サイトで様々なダンジョン配信を視聴し、その内容に驚いていた。
内容はARダンジョンが4割、バーチャルダンジョンが5割という具合だが、現在はガイドラインが新規で作られたARダンジョンが多い。
新宿支部長は、ガーディアンのコンテンツ化という意味でもダンジョン配信を利用できないか、と思い始めたのだ。
「VTuberでも個人勢と企業勢がいるように、ダンジョン配信者でも個人勢だけでなく企業勢が加わる……そういう時代が来るのかもしれない」
さすがにダンジョン配信が世界的な競技になるかは不透明だが、ガイドラインなどを構築し、健全な運営ができれば、それも実現するだろう。
しかし、現状のダンジョン配信は個人勢がほとんどというより、企業で参戦している気配がない。
理由のひとつに、ダンジョンも企業運営しているケースがほとんどなので、いわゆるマッチポンプ的なものを懸念している可能性は高いといえる。
(もしかすると、これを使えば……)
ふと思う部分も新宿支部長にはあったが、それとは別に報告をするためにガーディアンの男性メンバーが支部長室に入ってきた。
「別件ではありますが、気になる情報がありましたので」
彼が支部長に報告したのは『アバターシノビブレイカー』の小説版とされるものに関しての報告だった。
「なるほど。ブラックバッカラ事件なども踏まえると、そういう事か」
報告を聞いた新宿支部長は、若干の関心を寄せるのだが、そこまで興味があるようなリアクションではない。
男性メンバーも、これは提出するべきではなかったのか、と思う。支部長の表情を見る限り、そう受け取られそうな恐れはあるからだ。
「ご苦労だった。引き続き、別件の作業を続行してくれ」
ここで言う別件とは、ガーディアンのコンテンツ化ともいえる例のドライバーに関してだった。
技術自体はガーディアンの技術などを応用したものだが、それ以外にも他の技術はある。
ARゲームでも使用できる技術の転用であり、ある意味でも……と言うのはあるのかもしれないが。
「この計画も、間もなく……」
男性メンバーが退室したタイミングを見計らい、新宿支部長はカレンダーに視線を向ける。
カレンダーは8月のものとなっており、過ぎた日の数字にマーカーでチェックが入っていた。
これを踏まえると、マーカーの数という意味でも、まもなく9月を思わせるような気配がする。
「タイムリミットは残り1か月と少し……」
部屋を少し歩き、支部長室から見る新宿の光景は、高層ビルではないので、相応の景色ではあるのかもしれない。
車の走る道路、ビルの高さ的に電車がはっきり見えたり……百万ドルの夜景のようなものとは比べられないが、理想としているものの一つは、確かに見えた。
SNS炎上を阻止し、同じような悲劇を二度と起こさないようにするためにも、忍者構文とは別の意味でも戦いは避けられない、と。
その一方で、雪華ツバキは自宅で動画を見ていた。
動画の内容は、いわゆるダンジョン配信者の紹介動画である。誰の動画なのかと言うと、最近になって現れた人物のもの。
「キサラギ? まさか……」
その人物の経歴を見て、ふと何かを思い出す。キサラギと言えば、プロゲーマーを輩出しているゲームメーカーだ。
ダンジョン配信に乗り出して有利になる企業なのか、と言われると疑問はある。
一方で、ダンジョンの開発に関与していないので、マッチポンプと言われるような危険性はない。
SNSの評価は賛否両論というくらいには極端なものが多く、ゲームメーカーとしては難易度の高いゲームをリリースして失敗している箇所がある。
稀に難易度がかみ合って海外で話題になった作品もあるにはあるが……日本で話題になるようなケースは少ない。一応、ゼロではないが。
プロゲーマーという意味では、様々なジャンルに進出、自分たちでは作らないような格闘ゲームなどでもプロゲーマーを輩出しているのは大きいだろう。
その中の1人に、ある人物がいた。
(そういえば……)
ツバキはとある人物の名前を検索するのだが、その予想は案の定だった。
【月坂ハルカ】
過去にとあるプレイが不正行為と言及され、炎上したことのある元企業プロゲーマーの肩書を持つ、月坂ハルカ。
彼女がダンジョン配信に参加するわけではないのだが、ふと……何かを思い始める。
(忍者構文と秋葉原の事件、そこに何かが関係しているとしたら……)
ツバキは、ふと頭に思い浮かんだワードを関連ワードに追加し始めた。
【月坂ハルカ 秋葉原 忍者】
そして、その結果は案の定である。
秋葉原の忍者騒動は、忍者を題材としたARゲームのサプライズイベント……というカバーストーリーになっていた。
それに加え、忍者構文で引っ掛かる文章があり、月坂ハルカが忍者に選ばれた、とも書かれている。
どこまで真実なのかは、ツバキにも分かりかねるが。




